第十九話 ー新聞が教えてくれる「二つの世界」ー
新聞配達を始めて2ヶ月。康一の体つきは引き締まり、狭い道での自転車さばきも、もはや職人芸の域に達していた。
帰る頃になると、順や悟が来ていることがちょくちょくある。
順は「キャッチボール付き合え」と、悟は結局帰宅部を選び、哲春の勉強を見てくれていたりしている。
そしてみなちゃんが美咲を遊んでくれてたりもして、何もない佐藤家はいつもにぎやかだ。
康一の最近は、配達を終えた後に販売店でもらう2つの新聞を、家でじっくり読むこと。
朝の全国紙が映し出すのは、高層ビルが立ち並び、目まぐるしく変化する**「都会の論理」。
夕方の地方紙が伝えるのは、過疎化や伝統行事の維持に悩む、この町と地続きの「田舎の現実」**。
康一は、居間の畳に新聞を広げ、読み比べながら首をかしげる。
今日は早く帰って来ている里美に「なぁ、母ちゃん。都会の方は『家が足りん、人が多すぎる』って騒いどるのに、こっちの新聞見たら『空き家が増えた、若者がおらん』って書いとる。これ、なんやおかしないかい?」
夕飯の準備をしていた里美が、手を止めて康一を見ました。
「そうねぇ……。みんな便利なところに集まりたいんやろうけど、どっちも困っとるなら、うまく分け合えたらええのにね」
康一の「もどかしさ」
康一の頭には、配達中に見る風景が浮かぶ。
手入れの行き届かない山、寂れていく商店街。その一方で、全国紙には華やかな新事業やデベロッパーの広告が踊っている。
(日吉なら、この状況を見て何て言うやろな……)
あいつなら、「もったいにゃーなも」と笑いながら、都会の余っている何かを田舎へ、田舎の豊かな何かを都会へ運ぶような、突拍子もない「商売」を考え出すかもしれんにゃぁ。
「……何とかならんかいなぁ、これ」
康一がぽつりと呟いたとき、ふと、あの後藤法規の言葉が耳の奥で再生された。
『権利と義務は表裏一体だ。私は、そういう“秩序”に興味がある。将来は、国や世界の仕組みを正す仕事に就きたい』
法規は先の未来を見据えている。康一は自分にはまだ「目標」も「仕組み」を変える力もない。おぼろげながらこの違和感に、引っ掛かりを感じているのであった。
翌日、学校の休み時間に、康一は思い切って法規に話しかけた。
「なぁ、法規。お前、新聞読んで『都会と田舎で言うとることが全然違う』って思ったことないか?」
法規は読んでいた難しそうな本から顔を上げ、眼鏡のブリッジを押し上げました。
「……ほう。君はそこに気づいたのかね。それは『資本の集中』と『地域格差』という、この国の構造的欠陥だ。しかし康一君、君が配達員という現場の視点からそれを感じ取ったという事実は、机上の空論よりも遥かに価値がある」
法規の黒いオーラが、少しだけ康一に近づくように揺れました。
「興味深い。放課後、君の配達ルートを邪魔しない程度に、その『違和感』を詳しく聞かせてもらえないだろうか」
「おう、ええよ。走りながらでよければな!」
こうして、康一の新たな仲間に法規という「知恵袋」が加わり始めた。
田舎の少年と、少し変わった秀才。二人の視点が混ざり合ったとき、この町の問題に対する「新しい答え」に風がやんわり吹き始めようとしていた。




