第十八話 ー 康一の選択 ー
数日後。康一のギブスはまだ外れていないが、足は元気そのもの。
担任の山田先生から「お前の脚力は宝の持ち腐れだ。陸上部で走らんか!」と熱烈な勧誘を受けたが、康一は真っ直ぐに先生の目を見て断った。
「先生、ありがとうい。でも、俺……夕刊の配達をやることに決めたんさ。朝刊と二刀流」
「配達? 部活より仕事か?」
「はい。自分の力で稼いで、母ちゃんを助けたいんさ。それに、毎日町中を走れば、これも一種のトレーニングになるやり?」
山田先生は呆れたように笑いましたが、康一の迷いのない瞳を見て「……お前らしいな。わかった、その代わり遅刻はするなよ」と背中を叩いてくれた。
修理された相棒と、初めての仕事。
放課後、校門を出ると、ピカピカに整備された「じいちゃんの自転車」が待っていた。拓馬の父ちゃんが約束通り、歪みを直し、細部まで注油して届けてくれたのだ。
康一は、新聞販売店で左手でも持てる分量の夕刊をカゴに積み込んだ。
「よし、行くか。じいちゃん」
かつておじいちゃんがこの町を走っていたように、康一はペダルを漕ぎ出す。
一軒一軒、場所を覚え、ポストに新聞を投げ込む。
最初は片手での運転に苦労しましたが、日吉丸たちと魚を捕り、松の実を売っていたあの時の「何でもやってみる」精神が、康一の体を突き動かす。
配達の途中、海が見える坂道で、法規が難しい顔をして歩いているのに出くわす。
「おや、康一君。その姿は……労働に従事しているのかね?」
法規は足を止め、康一の自転車をまじまじと見つめた。
「おう、法規。夕刊配っとるんや。部活の代わりにこれやることにした」
「……賢明な判断だ。公共の情報を伝達する行為は、民主主義の根幹を支える重要な社会的役割だ。君の脚力が、この町の『知のインフラ』を支えていると言っても過言ではないな」
「相変わらず難しいこと言うなぁ! でも、そう言われると悪い気ぃせんな。じゃあな、まだ先があるんでな!」
康一が勢いよく坂を下っていくと、法規はその後ろ姿をじっと見送っていた。
その黒いオーラは、夕日に照らされて、より深く、力強い輝きを放っているように見えた。
配達を終え、汗を拭いながら家に戻ると、台所から里美さんの夕飯を作る良い匂いがしてきた。
「ただいま、母ちゃん。今日から夕刊、配ってきたで」
里美さんは驚いた顔をして振り返りましたが、すぐに優しく微笑む。
「そう。康一が決めたことなら、母ちゃんは応援するよ。でもな、あんまり無理して、その腕をまた痛めんようにしなさいよ」
康一は、おじいちゃんの自転車のサドルをポンと叩いた。
「うんありがとう。でも大丈夫。こいつと一緒に、この町を全部見て回るつもりやから」
康一の中学生活は、グラウンドではなく、この町の坂道と潮風の中で、力強く動き出した。




