第十七話 ーじいちゃんの自転車と、拓馬の父の気づきー
入学式を終え、里美とともに家に戻ると、玄関先には拓馬と、申し訳なさそうな顔をした拓馬の父ちゃんが立っていた。傍らには、ピカピカに輝く最新の自転車が置かれている。
「里美さん、康一。……本当にすまなんだ、これがせめてものお詫びなんさ。最新のやつを用意したもんで、これで勘弁したってほしい」
拓馬の父ちゃんがそう言って頭を下げた。
しかし、康一はその新しい自転車をちらりと見ただけで、静かに、けれどはっきりと言った。
「……おじちゃん、ありがとう。でも、この自転車はもらえんわ」
「えっ……? 康一、遠慮せんでええんやで」
驚く拓馬の父ちゃんに、康一は物置の陰に置かれた、事故で歪んでしまった古いママチャリを指差した。
「俺、あっちの自転車がええんさ。じいちゃんがずっと大事にしとったやつやから。ボロいけど、手入れして乗るんが当たり前やと思っとるし……。新しのうをもろたったら、じいちゃんに悪い気がするんさ」
拓馬の父ちゃんは、一瞬言葉を失った。
改めて、歪んでしまったそのママチャリをじっと見つめる。
よく見ると、サビ一つないチェーン、丁寧に磨かれたフレーム、そしてガタが来ないように締め直されたネジの跡。それは、おじいちゃんが使い、そして康一が引き継いでから、どれほど大切に、慈しむように手入れされてきたかを雄弁に物語っていた。
「……そうか。そうなんやなぁ」
拓馬の父ちゃんは、自分の浅はかさを恥じるように、ぽつりと呟いた。
中学生だから新しいのが嬉しいだろうと、安易に「物」で解決しようとした自分。けれど、康一が守りたかったのは、おじいちゃんとの思い出であり、その自転車と一緒に過ごしてきた時間だったのだ。
「すまん、康一。おじちゃんが間違っとった。……この自転車は、おじちゃんに責任を持って直させてくれ。元の通り、いや、元よりもっと走りやすくして、必ず返すと約束する」
拓馬の父ちゃんは、今度は最新の自転車ではなく、歪んだママチャリを、まるで壊れ物を扱うように丁寧に軽トラックの荷台へ積み込んだ。
隣で見ていた拓馬も、康一の横顔をじっと見つめていた。
「康一……ごめんな。俺、お前があんなに大事にしてたなんて知らんで……」
「ええよ。直るんやったら、それでいい。なっ、拓馬」
康一は、ギブスをしていない方の手で、拓馬の肩をポンと叩いた。
夕暮れ時、三日月が昇る前の空は、日吉丸と一緒に見たあの積乱雲の白さとは違う、穏やかな茜色に染まっていた。
日吉が教えてくれた「生き抜く力」とは、ただ奪い取ることではなく、今あるものを大切に繋いでいくことでもある。
康一は、少しだけ誇らしい気持ちで、去り行く軽トラを見送った。




