第十六話 新しい出会い―それぞれの進む道
中学生活スタート
康一は中学生になった。
制服は里美が近所の卒業生にもらったお古だ。
少しサイズが大きいが康一は気に入っていた。
校門で順、悟、拓馬と出会った。
康一と拓馬は手にギブス。
「あんたらかっこええな!」と順が茶化す。
ハモッて「そんな事あるわけないやろ!」と答え、全員で笑いあった。
校舎に貼りだされたクラス分けには、見知った名前はいたものの3人ともいなかった。
順と悟、拓馬は同じクラス。ちょっと寂しい気はしたが、新しい出会いがあるだろうというぐらいで気にはしていなかった。
1年2組の教室に入ると席次は、12番目男女が横に並ぶが前後にはいない。
西側窓から3列目の一番後ろだ。
担任は、山田先生。地理や歴史と社会の専門で陸上部の顧問でもある。
全員が揃ったところで全員で体育館に移動する。
入学式である。今日は康一の母親が来てくれていた。
朝一「母ちゃん忙しのに来んでええよ」と康一は言ったが
「何言いよん。あんたらの中学の入学式は必ず行くって決めてあったんやで、行くにきまっとるやん」
と言い、着替えをすました里美を見て、兄妹はかっこええなぁと思った。
入学式が順調に進み、教室に戻った。
ちょっとしたオリエンテーションだ。
教科書の受け渡し。明日以降の時間割、その後自己紹介に進む。
前の席の子が少し変わっていて面白かった。
ー後藤法規ー
彼は康一に「君少し机が定位置よりズレている、正しくしたまえ」
「うん??君?たまえ??」言葉づかいが康一のツボにはまり、腹を抱えて笑ってしまった。
「これ直したらええんかい?」というと今度は法規は不思議そうな顔をして「どこか壊れているのか、どこを直すというのだ?」(この地方の直すというのは修正する・正す・しまうという意味がある)
康一は笑いをこらえながら、机を少し動かしてみせた。
「ほら、これでええやり」
法規はじっと康一の手元を見つめ、真剣な顔でうなずいた。
「なるほど。つまり君の言う“直す”とは、位置を正すという意味なのだな。興味深い方言だ」
「方言て……そんな大げさなもんちゃうやり」と康一はまた吹き出しそうになる。
法規は胸を張り、まるで学者のように言った。
「言語とは地域性を反映する重要な文化的資産だ。軽んじてはならない」
「いや、急に何の講義なん!」
康一が突っ込むと、周りの数人もクスクス笑い始めた。
法規はきょとんとしたまま、しかしどこか誇らしげに言葉を続ける。
「私は後藤法規。趣味は読書と……語彙の探求だ。以後よろしく頼む」
「語彙の探求って! なんじゃそりゃ!」
康一はついに机に突っ伏して笑ってしまった。
その様子を見て、法規は少しだけ頬を赤らめたが、どこか嬉しそうでもあった。
(なんか変わったやつやけど……おもっしょいな)
康一が笑いすぎて涙を拭っていると、法規は少しだけ姿勢を正し、まるで別人のように落ち着いた声で言った。
「机の位置がずれていると、後ろの者の視界を妨げる可能性がある。
つまり、君の行為は他者の学習権を侵害しかねないのだ」
「……が、学習権?」
康一は一瞬だけ笑いが止まり、ぽかんと口を開けた。
法規は淡々と続ける。
「権利と義務は常に表裏一体だ。
私は、そういう“秩序”に興味がある。
将来は、国や世界の仕組みを正す仕事に就きたいと思っている」
その言い方は、まだ中学一年生とは思えないほど筋が通っていて、妙に説得力があった。
「……なんや、急にかっこええこと言うやんか」
康一は照れ隠しのように笑いながら言った。
法規は少しだけ首をかしげた。
「かっこいいかどうかは重要ではない。
正しいかどうかが重要だ」
その瞬間、康一は思った。
(変わっとるけど……こいつ、なんかすごい奴なんちゃぁうんか)
康一がぽつりとつぶやいた。
「でも、一番後ろの席なんやけどな」
その瞬間、法規の表情がピタッと固まった。
みるみるうちに耳まで赤くなる。
「そ、それは……っ」
法規は咳払いを一つして、急に視線をそらした。
「席の位置と、秩序を守る姿勢は……ま、全く別問題だ。
私は……その……“原則”について述べただけであって……」
言い訳の途中で言葉が詰まり、さらに赤くなる。
康一は思わず吹き出した。
「なんどう、急に弱なるんやな。さっきまで偉そうに“権利がどうの”言うとったのに」
「い、偉そうではない。論理的に説明しただけだ」
法規はぷいっと横を向いたが、耳は真っ赤なままだ。
その姿が妙におかしくて、康一は肩を震わせながら笑った。
(変なやつやけど……なんか憎めんな)
法規は小声で付け加えた。
「……後ろの席でも、秩序を守る意識は持つべきだ。
位置に関係なく、だ」
その言い方が妙に真面目で、どこか筋が通っていて、
康一はふと感じた。
(こいつ、将来ほんまに“なんかの先生”とか“偉い仕事”するんちゃうか)
「わかったわかった。おれは康一。またいろいろおしえてくれよ」
康一には見える彼を包む光沢のある黒が、どこかで見たような感が、ほんの少しだけ胸に残った。
校門の桜が舞う中、待っていた3人の顔は希望に満ちていました。
「遅いよ、康一! 教室で何しいよったん?」
順が、少し短くなったスカートをひるがえして笑います。
「私、ソフトボール部に入ることに決めた! 小学校の時からずっとやりたかったんさ。康一、あんたが手が治ったら練習に付き合えいー。私の豪速球、取らしたるよってな!」
その横で、拓馬が自分の足元を力強く踏みしめました。
「俺は、陸上部やな。山田先生が顧問やろ? あの先生の指導、厳しそうやけど、俺、あそこで一番速くなりたいんや。手が不自由でも、足は鍛えられるからな」
康一は二人の熱量に圧倒されながら、静かに立っている悟を見ました。
「悟は? 運動部入るんか?」
悟は少し困ったように笑い、眼鏡を指で押し上げました。
「僕は……運動はちょっと苦手やし、静かに何かに打ち込める文化部がいいなと思っとるんやけど……何がええかな。康一、何か心当たりない?」
悟にぴったりの文化部は?
康一は、ふと教室での法規とのやり取りを思い出しました。
「そうや、悟。僕のクラスに法規っていう、めちゃくちゃ言葉に詳しい変わった奴がおるんさ。あいつ、**『文芸部』とか『将棋部』**とか、そんなん好きそうやった。一緒に行ってみたらどうなん?」
「文芸部か……。自分の考えを言葉にするのは、嫌いじゃないかも」
悟の瞳に、少しだけ興味の光が宿りました。
康一の視線の先
3人の話を聞きながら、康一は自分のギブスを見つめます。
順はソフトボール、拓馬は陸上、悟は文化の道。
「みんな、もう自分の居場所を見つけようとしとる……」
康一の胸には、法規が言っていた「秩序」や「権利」という言葉と、彼を包んでいた不思議な黒い光沢がこびりついて離れない。
(俺は……する事決まっとる。この手が治ったら、俺は……)
そんな康一の背中を、順がバシッと叩きました。
「何黄昏れとんの! 帰って母ちゃんに入学式の報告せな。里美さん、あんたの晴れ姿見て泣きそうになっとったんやで!」
「……わかっとるよ!」
康一は照れくさそうに笑い、4人でいつもの帰り道を歩き出しました。
校門の桜が今にも笑いそうに揺れていた。




