第十四話 母ちゃんの仕事
康一たちの母親は、朝早くから出掛け、いつも夜遅くまで仕事している。
家族のだれもなにの仕事をしているのか、どこに行っているのかさえも知らない。
ただ筋向いの京子おばちゃんと一緒に帰ってくることが多い。
京子おばちゃんは、ご主人と娘さんの三人暮らしで、余所から来たらしくこの辺の言葉をしゃべらない。
標準語らしい。娘のみなちゃん(美奈絵)はおかずなどを持ってよく来てくれて、哲春が作ったおもちゃや美咲が描いた絵、美咲が歌う自作の曲をとにかくホメる。ホメる。べたボメする。
「みなちゃん来ると元気になるんさ、みなちゃんホントのお姉ちゃんやったらええのに」
美咲はよくなついている。
佐久間美奈絵は康一の二つ上、中学2年生だ。大きな黄色いヒマワリのような色をしている。
康一に「こうちゃん、もうすぐ中学だね。部活動は何かするの?」
康一は「うん、市場の手伝い活動か、山師の枝打ち活動かなぁ」
美奈絵は、けらけら大爆笑し涙を拭きながら「こうちゃんのそういうところ、さいこうだね。」
何もない、佐藤家は美奈絵が来るとぱっと花が咲いたように明るくなる。
みんな楽しく笑い過ぎて、康一はのけぞって柱に頭を打ち付けた。
瞬間、康一の視界は深い碧色に沈んだ。
けれど今回は、誰の声も聞こえなかった。
美咲の叫びも、美奈絵の笑い声も、すべて水の向こう側にあるように遠い。
康一はひとり、静かな世界に立っていた。
足元には波紋のような光が広がり、空気はぬるく、どこか懐かしい匂いがした。
「……ここ、どこ?」
返事はない。
代わりに、金色の粒がふわりと浮かび上がり、康一の周りをゆっくり回り始めた。
その光は、美奈絵の笑顔の色と同じだった。
「マナ……?」
言葉にした瞬間、光が一つだけ康一の胸に吸い込まれた。
胸の奥がじんわり温かくなり、誰かの声が響く。
――マナをわけてあげて。
「え……?」
声はすぐに消えた。
けれど、確かに聞こえた。
次の瞬間、碧色の世界が波のように揺れ、康一は現実へと引き戻された。
「こうちゃん、大丈夫?」
美奈絵が心配そうに覗き込んでいる。
康一は息を呑んだ。
さっきの世界のことを話そうとして、やめた。
美奈絵は何も知らないように、いつものひまわりみたいな笑顔で笑っている。
「……うん、大丈夫」
胸の奥には、まだ温かい光が残っていた。
美奈絵は気づかない。
美咲も哲春も気づかない。
あの碧色の世界に触れられるのは、どうやら康一だけらしい。
(あーまたへんなゆめか、でも今度は誰も出てこなんだな)
(マナってなんやろ、わけてってどないするんやろな。みなちゃんの事とはちがうきいがするな。礼儀正しくすることは何やったっけな?マナーか。違うなぁ、まあえっか。)
康一の母、佐藤里美はいつも佐藤家を東に進み裏通りを通って西に戻り、佐久間家の裏側にある入口(隠し扉になっている)から入室し地下に降りる。
佐久間家主人の遼が出迎え扉を開ける。
「里美様おはようございます」
総勢8名の職場全員が立ち上がり挨拶を交わす。
数多くのモニターには世界中の情報や映像が写しだされ最新鋭のパソコンが設置されている。
このオフィスは秘密裏に製作され、ごく少数の者しかここの存在を知らない。
京子が「万由子様よりお電話が御座います」
「京子ちゃんありがとう、つないで頂戴」
と里美が受話器を取ると大きい音量で「ねえちゃん!佐藤家はどう?うまくいってる?」
「万由子!声が大きい。そっちはもう夜中でしょう。静かに!うちはいつもどおりだけど、どうかした?」
里美の妹、万由子は「うちも佐藤家、真似しようと思って!」
「あなたは、私みたいに待てないでしょう!つい手が、つい口が、出てしまう。難しいと思うなぁ。っていうか七瀬はまだ生まれたばかりでしょう。しっかり見てあげてね。忙しいからまた今度ね」
海鷲の街には似つかわしくない作りのオフィスの喧騒が今日もまた始まるのであった。
康一たちが母ちゃんの仕事について知ることになるのは、まだまだ先の事となる。
元気の”源”太平洋諸島の神秘的なエネルギー”マナ”を取り入れてみました。
あまり詳しくないので使い方が違っていたりしたら教えていただければと思います。
里美の生い立ちや仕事などは、すこしづつ回収する予定です。




