第十二話 順が初めて泣く──“強さがほどけた日”
順は、誰より強くて、誰より気丈で、誰より“泣かない子”だった。
泣いたら母が困る。
泣いたら弱くなる。
泣いたら誰も守れない。
そう思い込んで、ずっと涙を封じてきた。
でも──
その日だけは違った。
■放課後──康一が帰ってこない
その日は、夕方になっても康一が帰ってこなかった。
悟は冷静に言う。
「康一、また海行ったんやろ」
拓馬は焦っている。
「でも今日は波高いで!?あいつ、危ないやろ!」
順は胸がざわついていた。
「……なんでなん……なんであいつはいつも一人で行くん……」
悟が順を見る。
「順、落ち着け。探しに行くで」
三人は走り出した。
■海──夕暮れのテトラポット
海は荒れていた。
風も強い。
波がテトラポットにぶつかり、
白い飛沫が上がる。
「康一!!」
順の声が響く。
悟が指差す。
「順、あれ……!」
テトラポットの影に、
康一が座り込んでいた。
濡れた服。
冷たい手。
でも、笑っていた。
「順、悟、拓馬……来てくれたんか」
順は駆け寄り、
康一の肩を掴む。
「康一!!なんでこんなとこおるん!!危ないって分からんの!!?」
康一は困ったように笑う。
「ごめんにゃ…心配して来てくれたんかれ、アジ、やんが(たくさん)釣れたもんでにゃ……」
順の胸がぎゅっと締めつけられた。
――またや。
――またあたしが気づかんかったら、
――康一はどっか行ってしまう。
その瞬間、
順の中で何かが切れた。
■順の涙──“守れなかった”悔しさ
順は康一の胸に顔を埋め、声を震わせた。
「……あんた……あんたさぁ、ほんまに……心配させんといてよ……!」
康一は驚く。
「順……?」
順の肩が震えている。
「怖かったんさ……あんたが……どっか行ってしまうんやないかって……
父ちゃんみたいに……急におらんようになってくんやないかって……!」
悟と拓馬は息を呑んだ。
順は泣かない子だった。
どんな時も強かった。
誰よりも前に立っていた。
その順が──
康一の前で泣いている。
康一はそっと順の背中に手を置いた。
「順……俺、どっこもいかへんわれ(どこにもいかないよ)」
順は首を振る。
「嘘や……あんた、海に落ちたり、変な夢見たり、いつも危なっかしいんさ……あたし、守りきれん……!」
康一は優しく言った。
「順、守ってくれてありがとうい。でもな……順が泣くほど、俺は弱ないで」
順は涙を拭い、
康一を睨む。
「……あんたが強いのうは知っとる!でも……あたしは……あたしは、あんたにおってほしいんさ……!」
その言葉は、
順の心の奥にずっと閉じ込めていた本音だった。
悟は静かに言う。
「順……お前、ずっと我慢しとったんやな」
拓馬も小さくうなずく。
「順……泣いてええんやで。俺らぁもおるし」
順は涙をこぼしながら、
康一の胸にしがみついた。
「……あたし、もう……一人で強がるん、嫌!……」
康一は優しく抱きしめた。
「順、ありがとう。これからは……俺も順を守るで」
順は泣きながら笑った。
「……あんたに守られたら、あたしの立場ないやん……」
悟と拓馬も笑う。
夕暮れの海風が吹き、四人の影が寄り添うように揺れた。
■順の涙が意味したもの
順が泣いたのは、弱さではない。
“強くあろうとしすぎた心がほどけた瞬間”だった。
そしてその涙は、四人の絆を本当の意味で結びつけた。
康一の胸の奥で、黄金色の光が静かに揺れる。
――めぐりびと。
――守るだけやない。
――守られることも、大事なんや。
その感覚が、康一の心にそっと刻まれた。
いつもの太陽が優しく見えた。




