第十一話 順の家庭事情──“強くあろうとする母の背中”
順は明るくて強くて、誰かを守るためなら誰にでも噛みつく子だ。
でもその強さは、生まれつきではない。
“必要だったから身についた強さ”だった。
■順の家──母と娘、二人きりの暮らし
順の家は貧しくはない。
むしろ、母はよく働き、家の中はいつもきれいで、温かい匂いがしていた。
けれど──
父はいない。
順が幼稚園の頃、両親は離婚した。
理由は順には知らされていない。
ただ、母が泣きながら
「順は私が守るからね」と抱きしめた日のことだけは、
今でも鮮明に覚えている。
母は昼は事務の仕事、夜はパートに出ることもあった。
「順、ごめんね。ちょっと遅くなるけど、冷蔵庫にごはん入れといたからね」
順は笑って言う。
「大丈夫やで母ちゃん。あたし一人でも平気やよ」
でも本当は、母の帰りを待つ時間が一番寂しかった。
■──“泣かない”と決めた日
順が“強い子”になったのは、父が家を出ていった日の夜だった。
母が泣きながら順を抱きしめていた時、順は思った。
――あたしが泣いたら、母ちゃんもっと泣く。
――あたしが強くならなあかん。
その日から順は、泣かない子になった。
怒ることで、
笑うことで、
大声を出すことで、
自分の弱さをごまかした。
そして、
“誰かを守る”という役目を自分に課した。
■順と康一──“守る相手ができた日”
順が康一と出会ったのは、まだ小さかった頃。
康一は、いつもぼんやりしていて、優しくて、泣き虫で、でもどこか不思議な子だった。
順はすぐに思った。
――この子、あたしが守らなあかん。
それは義務でも、責任でもなく、自然に湧いた気持ちだった。
康一がいじめられても気づかない時、順は怒鳴り込んだ。
「康一に触るな!!」
康一が海で落ちた時、順は誰よりも早く走った。
「康一!!なんであんたはいつも危なっかしいん!!」
順の“強さ”は、康一のために磨かれていった。
■順と悟──“似てないのに似ている二人”
悟は順を見て、最初は「うるさい子やな」と思った。
順は悟を見て、「なんかムカつく」と思った。
でも、二人はどこか似ていた。
悟は“期待されない子”。
順は“期待されすぎた母の代わりをしようとする子”。
どちらも、家の中で“役割”を背負っていた。
だから悟は、順の強がりの奥にある寂しさに気づいた。
順もまた、悟の飄々とした態度の奥にある孤独に気づいた。
康一を中心に、二人は少しずつ距離を縮めていく。
■順の本音──“本当は甘えたい”
順は誰にも言わない。
でも本当は──
母に甘えたい。
父に会いたい。
泣きたい。
弱音を吐きたい。
けれど、母が一人で頑張っている姿を見ると、どうしても言えない。
「母ちゃん、あたしは大丈夫やよ」
その言葉は、順が自分に言い聞かせている言葉でもあった。
■康一の光が、順の心を溶かす
順は気づいていない。
康一の“光”は、順の心の奥にある“泣きたい順”を少しずつ溶かしている。
康一の無邪気な笑顔。
素直な言葉。
気づかぬ優しさ。
それらが、順の心の鎧を少しずつ外していく。
順はある日、康一の前で初めて涙をこぼすことになる。
それは、順の物語が大きく動き出す瞬間になる。




