第十話 悟の家庭事情-お前は普通でいい
■悟の家の事情──“静かすぎる家”と“期待されない子ども”
悟はいつも飄々としていて、やる気がなさそうで、でもテストは必ず満点。
その裏には、拓馬とはまったく逆の“家庭の重さ”があった。
■佐伯家──“完璧な父”と“空気のような母”
悟の父・佐伯誠一は、市役所の助役。
町では「真面目で優秀」「頼りになる」と評判の人だ。
家の中でも、誠一はいつも冷静で、怒鳴り声を上げることは一度もない。
だが──
優しさも、ほとんどない。
「悟、宿題は終わったか」
「……終わった」
「そうか。なら静かにしていなさい」
それだけ。
褒められたことも、叱られたことも、ほとんどない。
悟の母は、いつも穏やかで優しいが、どこか“影”のように薄い。
「悟くん、ごはんできたよ」
「……うん」
母は笑うが、その笑顔はどこか寂しげだった。
悟は、家の中で“空気”のように扱われていた。
■悟の才能──「期待されない天才」
悟は小さい頃から頭が良かった。
数字も、文字も、一度見れば覚えてしまう。
だが父は言う。
「悟、お前は普通でいい。目立つ必要はない」
母も言う。
「悟くんは、静かにしていればいいのよ」
悟は気づいていた。
――俺は、期待されてない。
拓馬とは真逆だった。
拓馬は“勝て”と言われ続けた。
悟は“何もするな”と言われ続けた。
どちらも、子どもには重すぎる言葉だった。
悟はいつの間にか、“やる気がないふり”を覚えた。
本気を出せば、父に「目立つな」と言われる。
だから、眠そうにして、だるそうにして、「興味ない」と言うようになった。
でも──
テストだけは満点を取る。
それは、
唯一の反抗だった。
「俺は、普通やないでな」
「俺は、ちゃんと頑張っとるトコ見てほしいで」
そんな小さな叫びだった。
■悟と康一──“初めての興味”
悟は人に興味を持たない子だった。
誰と話しても、心が動かない。
でも康一だけは違った。
康一の“気づかぬ強さ”・“底抜けの素直さ”。
悟は初めて、「この子を知りたい」と思った。
ある日、悟は康一に言った。
「康一、お前……なんでそんなに優しいん?」
康一は笑う。
「優しいんやなくて、怒る理由がないだけや」
悟は胸が熱くなった。
――ああ、こいつは本物や。
悟はその日、家に帰ってから初めて母に言った。
「今日、友達できた」
母は驚き、そして泣きそうな顔で笑った。
「……よかったね、悟くん」
悟はその笑顔を見て、
胸が少しだけ軽くなった。
■悟の“本当の願い”
悟は誰にも言わないが、心の奥にひとつだけ願いがあった。
――俺も、誰かに必要とされたい。
康一と出会って、その願いが少しずつ叶い始めていた。
悟は気づいていない。
康一の“光”が、悟の心の奥に眠っていた“孤独”を溶かしていることを。
そして悟自身も、康一と未来に深く関わる“重要な存在”になっていくことを。
この頃は誰も想像していなかった。




