ヴァル=ノーデン自治領
黒い兵服の男たちは消えた。
「あいつら、消えるのも早いなあ。本当に優秀なやつらだよ」
アヤは両手を腰に当て、深くため息をついた。
「ラズレック。じゃあ行くわよ」
アヤはラズレックを見上げて言った。
「どこへ行くのだ」
「どこでもいいの。あんたの見た目は目立ちすぎるんだから、目立たないところへ行くの。
壁の中はダメよ。あの絶望感はうんざりだからね」
周囲に人が集まり始め、このままではまた動けなくなりそうだった。
アヤはラズレックの手を引き、走り出す。
(本当に皮膚じゃないんだ・・・・・・。
手を握ってるのに、剣を触ったみたいにひんやりしてる)
「ラズレック。あなた、城に入る許可を得て入ったの?」
「いや。許可は出ていない」
ラズレックは平然と言った。
「申し訳ないが、私はこの世界を知らねばならない。
自分の立ち位置が分からねばどうしようもなくてな。
ルールが分からない以上、好き勝手に振る舞ってどうなるか試す必要があると思った。
私にとって城壁は無いに等しいので、勝手に入らせてもらった」
アヤはぴたりと足を止めた。
「・・・・・・それ、私以上に被害が出るな」
ラズレックは意味が分かっていない顔をしている。
アヤは息を吸って言った。
「まず、城門の兵は、勝手に中に通した罪で牢に入る。悪くすると死ぬ。
なぜなら、お前は兵の姿をしていて・・・・・・人じゃないからだ。
時期も悪い」
アヤは早口になる。
「このヴァル=ノーデン自治領は、ノーディア帝国とリュネス王国の国境にある。
戦争が近いとも言われてる。
だから今は、いかなる者も簡単に通しちゃいけない時期なの」
「なぜ入れぬのか分からぬ。傭兵となり稼ごうとする者も集まるであろう。
そのひとりということではないのか」
アヤは、ラズレックの口が動いていないのに声だけが響くことに、ふと不気味さを覚えた。
「・・・・・・魔術がどういうものか分からない、っていうのは本当みたいだね」
アヤは続けた。
「ラズレックは巨岩族と名乗ったけど、巨岩族を見たことがある者なんて、まずいない。
巨岩族かどうかはともかく、お前が人じゃないのは誰でも分かる。
生き物じゃないものが動いてる――それは魔術」
そして、少し声を落とす。
「強力な魔術っていうのは、大きな火薬庫みたいなもの。
一人いるだけで、国が揺れるの」
ラズレックは顎に手を当てた。
「なるほど。魔術がそういうものであれば、私がここにいるということは、城門の門番にとって大きな失態になるな」
言い終えると、アヤに引かれていた手を握り返す。
「では、ここの領主に説明に行こう。門番には罪がないと。私のせいで誰かが罰せられるのは筋が違う」
その言葉に、アヤは驚愕した。
「・・・嘘だろ。会えるわけないだろう。」
そしてラズレックは、当然のように方向転換した。
「ちょっと――!」
アヤは転びそうになった。
そのまま不自然な体勢で、文字通りラズレックに引きずられながら、
街の中央にそびえる城へ向かって歩き始める。
「ラズレック・・・世間知らずも、ここまでとは・・・・・・」
「アヤ。私との旅の一部だ」
ラズレックはふざけていなかった。
アヤは、心の中で呟く。
(大変な旅の仲間になった・・・・・・)




