壁の中から見えるもの
アヤは、人の集まりが密集した場所を、小さく細い体を活かして真っ先に抜け出した。
弓で射られたり、遠方から魔術をかけられたりしないよう、
あえて人のまったくいない場所は通らず、街の中心部へ向かって走る。
(いったい、何の組織なの。しつこい!)
一直線に走れば、すぐに追いつかれる。
それは、肌で感じていた。
アヤは何度も細い路地へと入り込んだ。
自分の倍ほどの高さの壁であれば、軽々と乗り越えられる身軽さがある。
いつもなら、それで一瞬のうちに撒けるはずだった。
(……こいつら、追ってくる能力が高すぎる!)
アヤは、兵たちの追跡能力が、山よりも街の中でこそ真価を発揮することを、嫌というほど思い知らされていた。
(いったい、何人いるの!?)
ひとり撒いても、すぐに次が現れる。
(やっぱり、顔がばれたのがまずかった。
もう宝石の〈探索種〉じゃない。私自身を追ってきている)
さすがに疲労が積み重なってきた。
街の中で、小剣を交えて斬り合う――それは、アヤも望むところではなかった。
何度も逃げ回るうちに、ひとつ気づく。
兵の動きが、あまりにも規則的なのだ。優秀な指揮官がいる。
(……あー、やっぱり追い込まれた)
逃げ道は、確実に減っている。
アヤは走りながら覚悟を決め、小剣を両手に取り出した。
「それは、感心できないな」
頭上から、声が降ってきた。
山で聞いた、あの声だった。
次の瞬間、小剣ごとアヤの腕を、大きな手のひらが掴んだ。
強く引かれ、壁へ叩きつけられる――そう思い、反射的に受け身を取る。
だが、衝撃はなかった。
壁が、へこんだのだ。
そして、その壁は生き物のように動き、アヤを包み込む。
体の形に沿って岩がせり出し、完全に囲い込まれた。
(やられた。これはまずい)
身動きが取れない。
(……つかまった。やられたな。
壁を動かす……魔術?
いや、上は見える)
アヤを追っていた兵たちは、足を止めた。
目の前に、ラズレックが現れたからだ。
「……また会ったな。その黒い兵服、覚えている」
低く落ち着いた声が響く。
「まだ、追いかけっこはやめられないか」
兵のひとりが唖然とし、「……なんで、ここにいる?」思わず呟いた。
つい先ほどまで、ラズレックは城門で人々の注目を集めていたはずだった。
黒い兵服の集団が、じりじりと距離を詰める。
「お前は、また我らの敵となるか!」
「私は、敵だったことは一度もないのだが」
淡々とそう返すと、
「ならば、そこをどけ!」
ラズレックは言われるまま、反対側の通路へと歩みを移した。
兵たちは、壁の横――アヤの隠された場所には気づかぬまま、走り抜けていった。
壁に挟まれたまま、アヤは上を見上げる。
「……よかったんだか。悪かったんだか」
小さく、そう呟いた。




