十二貴族
「どうしても無理なことのようだ」
ラズレックは、早々にそう言った。
アヤがすぐに言い返す。
「ラズレック、諦めるな」
ラズレックは静かに首を振った。
「この子には、柔らかい皮膚と体温が必要だ。私にはないものだ。
人に任せるしかない。頼むぞ、アヤ」
アヤは子どもを腕に抱いている。
「結構きついぞ……ジェスタはどこにいった」
周りを見ても、ジェスタの姿はなかった。
ジェスタは、子どもを見つけた場所に戻っていた。
そこに残されていた荷の中から、紋章の入った剣を手に取る。
(この紋章……)
この国において、その意味は重い。
ノーディア帝国では、貴族の数は十二と定められている。
貴族になりたければ、他の貴族を奪うしかない。
そして、力のない貴族は生き残れない。
――奪い、奪われる。
それが、この国の秩序だった。
(あの子は……)
ジェスタは考える。
貴族の子か、あるいは――
貴族の座を奪われた者の子か。
遠くで、子どもの泣き声が響いた。
ジェスタは踵を返し、アヤの元へ戻った。
アヤはジェスタを見るなり叫んだ。
「早く、交代してくれ!」
「あら、抱き方が悪いのよ」
ジェスタは平然と言い、荷の中から持ってきた布を広げた。
「ちょうどいい抱っこ紐があったわ」
器用に子どもをアヤの体に固定していく。
「これでよし」
「代わってよ」
「いやよ」
即答だった。
周囲で見ていた旅団の者たちが、思わず笑った。
ノーディア帝国への道のりは順調だった。
最初に入った街は大きくはないが、堅牢な防壁に囲まれた要塞都市だった。
ラズレックは防壁の外で姿を消し、壁の内側へと先に入った。
アヤとジェスタは旅団に紛れ、そのまま門を通る。
子どもがいることで、里帰りの親子として扱われ、特に怪しまれることはなかった。
街の中に入ると、ジェスタが言った。
「アヤ、その子を連れてこの街の貴族のどころへ行くわよ」
「えっ。この子、貴族なのか?」
ジェスタは頷く。
「この国の貴族は、常に他の貴族と争っているの。
たぶん、この子は引き取られる」
アヤは眉をひそめる。
ジェスタは続けた。
「争いに敗れた貴族の子は、知り合いの貴族に引き取られることがある。
“元貴族の子”として育てられるのよ。
そして――
復讐の理由として利用される」
「……ろくでもないな」
「ええ。でも、この国ではよくあることよ。
逆に――
もしこの街の貴族にとって“敵側の子”だった場合は……」
ジェスタは少しだけ肩をすくめた。
「引き取られた後に、消されるかもね」
アヤはため息をついた。
「どちらにしても、いい未来じゃないな」
「道は、その子が切り開くわ」
ジェスタはあっさりと言った。
「もし危ないなら、すぐにわかる。様子が変わるから」
そして歩き出す。
「さあ、行きましょう。ラズレックがいると話がややこしくなるから」
貴族の屋敷に着いた。
門の衛兵に、子どもと紋章入りの剣を見せる。
衛兵はすぐに中へ走り、執事を連れて戻ってきた。
「この子を預けたいとのことですが……この紋章をご存じですか」
ジェスタは首を振る。
「知らない。親は死んでいた。
この街の貴族様に預けるのがよいと思っただけよ」
執事は静かにうなずいた。
「よい判断です。この子はこちらで引き取りましょう。褒美を――」
「いらない」
ジェスタは即答した。
「この子が幸せになることを願うだけよ」
アヤはジェスタを見た。
ジェスタが小さく「大丈夫」と目で伝える。
アヤは子どもを執事に預けた。
しばらくして、ラズレックが合流した。
「引き取り手が見つかったか」
「ああ」
「早いな。様子を見てくる。場所はどこだ」
そう言うと、ラズレックはすぐに姿を消した。
アヤがジェスタに聞く。
「なんで、大丈夫だと思ったんだ」
ジェスタは答える。
「衛兵が、私たちを残して執事を呼びに行ったでしょう。
本当に逃がしてはならない子なら、まず私たちごと拘束するはずよ」
ラズレックが戻ってきた。
壁を通って中を見てきたらしい。
「あの子は、すでにきれいな服を着せられていた」
アヤは、少しだけ肩の力を抜いた。




