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森の道

次の日、アヤがラズレックに話しかけた。


「ラズレック。旅の商人に化けて聞いた話として、帰ってきた者からの報告はいい話じゃなかったよ。

兵は、私兵だった。ノーディア帝国の貴族の私兵だ。

どうやら、そこの息子が地面に首を出したまま死んでしまったという話らしい。

ノーディア帝国も私兵だから、問題になったら切り捨てるつもりらしい。当然、うまくいけばそのまま侵略の足がかりにする気だ。」


ラズレックは静かに応えた。


「あの男が原因なのだな。それを、さらに広げようとしているのか。」


ラズレックは立ち上がった。

アヤも立ち上がる。


「ラズレック。行くなら、私を連れていけ。」


ラズレックはアヤに目線を合わせた。


「ティル河周辺の者に影響が出る前に収める。

アヤ、クラウディアに伝えてほしい。動くな、と。

相手が私兵ならば、これから起こることは自治領側も『知らなかった』と言える。

直接でも、フリッツ経由でもよい。」


アヤの表情を見て、ラズレックは続けた。


「ついてきたい顔だな。

だが今回は、姿を変えて一気に距離を詰める。おそらく、お前では追いつけぬ。」


アヤは不安そうに唇を噛んだ。


「安心せよ。新たな火種は残さぬ。人殺しはせぬ。

ただ――恐怖は、刻まれるかもしれぬがな。」


アヤは小さくうなずいた。


「わかった。じゃあ、私はクラウディアのところへ行く。」


ラズレックは村の長のもとへ行き、これから立つことを告げた。


「残念じゃな。」

長は言った。

「今度は坑道の外で、ゆっくり話をしたい。また帰ってきておくれ。」


周囲の者たちも名残惜しそうだった。


「すぐ戻るさ。帽子とマントは置いていくがな。」


そう言うと、ラズレックの姿はその場で大地へと溶けるように消えた。

坑道に残された者たちの驚きの声を、ラズレックは知ることはなかった。


ラズレックは地中深くに潜り、目的地へ向かって一直線に、猛烈な速さで移動した。

地表にいる者たちには、何の異変も感じられなかった。


兵は、東の街ミラティスの外で野営していた。

この街を直接攻めるのではなく、補給を整えたのち、ティル河流域へ向かう算段だった。

私兵である以上、補充はない。無駄の許されぬ部隊だった。


ラズレックは高台から、その全貌を見下ろしていた。


「この先の森の道だな……」


翌日、兵たちは動き始めた。

森へ足を踏み入れる。


部隊が森の中ほどまで進んだとき、斥候が戻ってきた。


「この先に崖があります。道が途切れています。回り道もなく、森を抜けるしかありません。」


隊長バルツァーは判断した。


「やむを得ん。馬を降りて進む。」


隊列が乱れながら進軍する。


しばらくすると、別方向から声が上がった。


「こちらも崖だ!」


斥候は青ざめた。


「そんな……馬鹿な……」


バルツァー隊長は引き返せと命じた。

だが、後方からも報告が上がる。


「後方も崖です!」


「崖に囲まれている?! 来た道すら消えているというのか!」


「ありません……」


バルツァー隊長は歯を食いしばった。


「我々は、魔術に捕捉されたということか……

これほど大規模な魔術など聞いたこともない。一人ではないのか……?」


大地が、小刻みに鳴動した。


「私は、土の偉大な魔術師。

お前たちは、私に用があるのだろう。」


大地そのものから響く声だった。


兵たちは恐怖に駆られ、木に登る者も現れた。




森が暗くなってきた。

獣の遠吠えが聞こえる。


バルツァー隊長は言った。


「獣も、この崖は越えられない。安心せよ。」


そう口にしながらも、このままでは兵が恐怖で使い物にならなくなると理解していた。

自分自身も、隊長という責務がなければ、とっくに叫び声を上げていただろう。


「松明を掲げよ!」


その命令が出た瞬間だった。


松明を持った兵が、足元から沈んでいった。


「うわあああっ!」


悲鳴が闇に響く。

それを皮切りに、次々と兵たちが地面に吸い込まれていった。


逃げようと木に登った者は、木ごと沈んだ。

人も、馬も、首を残して沈んでいく。


悲鳴を上げる者。

恐怖で気絶する者。

祈りながら沈んでいく者。


バルツァー隊長も、腰まで沈みながら周囲を見た。

地面から、兵たちの頭だけが生えているかのようだった。

どの顔も、恐怖に歪んでいた。


暗闇の中から、ラズレックが現れた。


「隊長がお前だな。話せるか。」


大地から首だけ出ているバルツァー隊長に、ラズレックは問いかけた。


「なぜ、兵を出してきた。」


バルツァー隊長は震える声で答えた。


「お前が殺した男は……我が主人の長男で、跡取りであった。」


ラズレックは静かに言った。


「大事な跡取りを、兵として前線に立たせるなと伝えよ。」


バルツァー隊長は歯を食いしばった。


「我が家は武門の貴族だ。勇猛でなければならぬ。

それが……首から下を埋められ、残虐に殺された。

一人だけ戻らなかった。不名誉な噂が流れ始めたのだ。」


ラズレックは淡々と返した。


「不名誉が何かは知らぬ。

だが、お前たちには大事なのだろう。」


少し考え、続ける。


「ならば、こう伝えよ。

この異様な状況の中で、私に唯一反撃した男がいた。

それがお前の息子であった、と。

その名を聞いて、私は恐ろしくなり、全員を助けた、と言えばよい。」


「銅像でも、この森に向けて建てればよかろう。

要は、名誉が守られればよいのだろう。

あとは、うまく言え。」


バルツァー隊長は黙り込んだ。


ラズレックは続けた。


「人の立てる世迷言など、百年ももたぬ。

生きて兵を引き返すか、

それとも、ここで死ぬこともできるぞ。」


バルツァー隊長は、深く息を吐いた。


「……従おう。」


ラズレックはうなずいた。


「賢い選択だ。

次はない、と主人に伝えろ。

私はどこにでも現れる。

安全な場所など、どこにもないともな。」

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