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暗い目覚め

人は生きている。

同時に人ならざるものが、人のように生きている。


文明は存在する。

だが、歴史を学ぶ者は特権階級に限られている。


戦士は剣を取り、槍を振るう。

極めて少数の者だけが、銃と魔術を扱う。


――そういう世界の話だ。

どれほどの時を眠っていたのだろう。


私は何年、いや何十年、何百年と眠っていたのだろうか。


記憶がまったく残っていないということは、千年単位かもしれない。


いったい、何度目の「生」なのか。


ただひとつ、確かに知っていることがある。


山の頂で目を覚まし、

眼前に広がるその全景が、雄大に行き先を示していたということだ。


 


ラズレックは暗い山道を下っていた。


木々は深く繁り、幾重にも重なった緑が夜気に沈んでいる。

岩の隙間からは水が湧き、静かに流れ落ちていた。


生き物の気配があった。

川辺では魚が跳ね、水面に小さな音を立てている。


ラズレックは、この山を好ましいと感じていた。


やがて昼が過ぎ、夜が訪れた。


 


光はなく、森は闇に沈んでいた。

それでもラズレックの目には、獣道がはっきりと見えていた。


生き物の息遣いを宿した土と木々の感触が、心地よい。


見下ろした眼下に、ぽつりと灯る小さな町の明かりがあった。

まずは、そこへ向かおう。そう決めて歩を進める。


 


一瞬、鋭い光が走った。

直後、鉄と鉄が打ち合う甲高い音が闇に響く。


「追われている……いや、狩っているのか」


ラズレックは目を凝らした。


茂る木々の間を、低い姿勢のまま駆け抜けるひとりの子どもがいた。

両腕には小剣を一本ずつ握っている。


右手の剣から、血が滴っているのが見えた。


その後方から、数人の兵が子どもを取り囲もうと走り寄ってくる。

そのうちのひとりは、右腕を血で染めていた。


子どもは、一直線にこちらへ向かって駆けてくる。

暗い森を、音を抑え、風のように走る。

訓練を積んだのか、それともこの森を知り尽くしているのか。


ラズレックは声をかけた。


「ひとりぼっちの子どもよ。助けがいるか」


子どもは足を止めなかった。

声の出所が分からず、困惑した表情を浮かべながらも、ラズレックの横をすり抜け、闇へ消えていった。


追ってきた兵たちも、ラズレックの近くを通り抜けようとする。


「大人たちよ。この森で走り回るのは危険だ。

何があったかは知らぬが、見逃せ。

あの子は戦士だ。捕まえられるかもしれんが、お前たちも無事ではすまぬ」


その声に、兵たちは思わず立ち止まり、身を潜めた。


「気配の消し方は見事だ。お前たちも良き戦士たちだな。

だが、思い違いをしている。私は子どもの仲間ではない。

お前たちの身を案じて、声をかけただけだ」


ひとりの男が、声の主に気づいた。


「……岩が、しゃべった。

緑に光る眼……巨岩族……」


驚愕の声に、兵たちの視線が一斉に集まる。


「巨岩族だと!? 馬鹿な。そんなものがいるはずがない。

惑わされるな。

一番から四番は女を追え。足跡を見失うな。

五番から八番は、この奇怪な者を排除する。

九番、伝令だ。仲間がいたことを報告に行け!」


命令とともに数人が走り去り、残った兵たちがラズレックを取り囲んだ。


「巨岩族、か……なるほど。目覚めて間もなくてな。この世界で自分を何と呼べばよいか、分からなかったのだ。巨岩族のラズレックと名乗ることとしよう」


ラズレックは落ち着いた声で、隊長らしき男に語りかける。


「お前たち人間のことは知っている。だが、私はお前たちのような繊細な皮膚を持つ人でもない。」


隊長は剣を構えた。


「どこから声を出している。仮面でもない……」


「混乱するのも無理はない。

私は、形を変えることができる」


岩の体が、音を立てて動いた。

位置が変わり、輪郭が崩れ、人の形へと整えられていく。


頭部には、緑に光る眼。

削り出されたかのような鼻と口、耳が形作られた。


「どうだ。戦うつもりはない。

女型にし、声も少し高くした。

話は空気を揺らしている。口は動かぬが、そこは許してくれ」


ラズレックの姿は、なお岩に覆われていた。

兵たちより二つ頭が高く、戦鎧を纏ったかのような威圧感がある。


「その姿で戦う気がないとは笑わせる。

そんな変化をする生物など存在しない。

魔術で我々を惑わせているのだろう」


兵たちは剣を構え、周囲を回りながら隙を探る。


「やめておけ。その剣で、私を斬ることはできぬ。

私はお前たちを知らず、追われていた子どもも知らぬ。

何より――私は、この世界を知らない」


次の瞬間、兵たちは一斉に斬りかかった。


剣はすべて、ラズレックの体に弾かれた。

兵たちは剣を捨て、即座にロープを投げかける。


ロープが首と足に絡みつく。


「無駄だ」


ラズレックは歩みを止めない。

引き絞られたロープは喉を締めることも、動きを止めることもできず、兵たちの身体だけが引きずられていく。


隊長が剣を構え直し、正面から突進した。


剣先は、ラズレックの眼を狙う。


ラズレックは静かに、その男を両腕で挟み取った。


隊長は掴まれたまま、必死に剣を眼に突き立てる。

だが、刃は弾かれ、通らない。


やがて、ラズレックは男をゆっくりと地に下ろした。


「無益なことはやめよ。

私を倒すことは不可能だ」


「お前は何者だ! 何族なのだ!」


「私の名は、ラズレック。

何族でもない。遥かな眠りから、目覚めたばかりの者だ」


ラズレックは足元に落ちていた剣を拾い上げる。

剣は、そのまま右腕へと溶け込み、岩と同化した。


兵たちは息を呑む。


「魔術か……」


「お前たちの魔術は知らぬ。

だが、この剣も元は岩石だ。

そういうものは、私と同化しやすい」


二本目の剣も、同じように消えた。


隊長が問いかける。


「信じる国は。信じる神は」


「知らぬ。今の世を知らぬのだからな」


「違う世界に生きていたのか」


「そうだ。同じ太陽と月があり、戦があった世界だ」


隊長は手を上げ、兵たちに命じた。


「この者と関わる必要はない。追跡を再開する」


「我々を邪魔するか?」と問いかける。


「いや。助けは求められていない」


兵たちは一斉にうなずき、闇の中へ走り去った。


 


ラズレックは再び周囲を見渡す。


遠くに、小さな町の灯りが見えた。


歩き出し、ふと立ち止まる。


「この体型……動きやすいな」


枝を拾い、手を刃のように変えて小枝を払い落とす。

一本の杖が出来上がった。


「杖を持った人に見えればよいが」


杖をひと振りすると、落ち葉が風のように舞った。


「良い武器だ。これなら、殺さずに済む」


ラズレックは、町へと入っていった。

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