ぜんざい
細かく削られた氷を
スプーンで崩して
その下にある
黒糖のぜんざいに浸し
あずき色に染まったそれを口へ運ぶ
父は病身で食べきれやしないのに
立ち寄った道の駅で
好物のぜんざいを食べた
こんもりと盛られた氷を
プラスチックの
小さなスプーンいっぱいに掬い
時おり 服の上にこぼしながら
ある夏の日のドライブ
高速を下りれば
すぐ海の脇を走る
「暑いから、ぜんざいにしよう」
と父は言った
母が
どうせ食べきれないで残すでしょう、と
嗜めることは一度もなかった
私は観光シーズンで混みあう
道の駅の駐車場に車を停め
パーラーで
ぜんざいを一つ買って
古びたベンチで待つ父に渡す
母は隣で
いつの間にか買ったソフトクリームを
食べていた
腫れぼったい指先で
小さなスプーンをつまみながら
父は
しゃくしゃくと
しゃくしゃくと
淡く白い氷を掻き崩した
溶けかかった氷と
柔らかく煮た金時豆
そしてつやつやとした白玉を
せっせと口に運ぶ
私は立ったまま
その姿を見下ろしながら
自分のために買った
アイスコーヒーを飲んだ
突き刺すような日射しの
暑い日だった
ストローに口をつけると
アイスコーヒーの
涼やかな苦味が喉を通り抜ける
母は垂れ落ちるソフトクリームを
美味しそうに舐めていた
最初こそ懸命に食べていたのに
次第に
父の一口と二口の間が遠くなり
スプーンは器と口の行き来をしなくなって
父の手元には
所々に残る氷の粒と
金時豆がいくつも浮かぶ
薄まったぜんざいが案の定残されていた
紙ナプキンで口を拭うと
かさついた唇で
父は「ごちそうさん」と言った
もう終わり? と私が
問うことはなかった
「美味しかった?」と
私が聞くと
「まぁな」と 父が返す
よかったね、
そう呟いて
私は片付け始めた
(よかった、
美味しかったなら
よかった
きっと
叶えたいことすべて
叶うわけじゃないから)
嘘みたいに真っ青な空に
貼り付けたような入道雲が
微動だにせず浮かんでいた
すべては毎年の
繰り返される出来事のように思われた
小さくなった父の体は
すっかり冷やされ満たされていた
飲み干すように平らげていた
あの日と
同じように
*ここでいう「ぜんざい」は沖縄ぜんざい。沖縄ではぜんざいは温かいものではなく、甘く煮た金時豆の上にかき氷をのせたものが主流