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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

50年越しの婚約破棄

作者: 山田 勝

 我が若い頃の話だ。


 母上は弟ばかり可愛がっていた。


 輝く金髪に碧眼に笑うと皆が魅了された。そして、何でもそつなくこなした。



 それに対して、我は祖母に似ていた。ブラウンの髪に瞳、厳しく王妃教育を母上に施した王太后の色だ。恨みを感じたかも知れぬ。


 家庭教師ですら弟につきたがった。


『アールトン殿下は物覚えがとても良い・・これは学者の頭脳だ』

『いや、王の器・・・それに対してルドルフ殿下は・・・』


 母上が裏から手を回したのだろう。

 我には7人の使用人しかつかなかった。


『王太子殿下、学問はこの爺が見て差し上げます』

『殿下、剣術は護衛騎士の私が』

『ダンスはこの婆と孫のルーシーが』

『乗馬は馬屋番の私が』

『お食事とおやつはメイドの私達にお任せを』


 父上は、母上を溺愛していたから

 いつも、三人でいた。いや、アールトンの婚約者候補の令嬢も含めて4人だったな。


 我は寂しくて、寂しくて、俗な言い方をすればグレた。


 使用人達に当たり散らし。

 ますます人望がなくなってきた。


 ちらほら、王太子を廃そうとの噂話が我の耳に届くようになってのう。


 護衛騎士と爺に不満をぶつけた。


『何で基本しか教えないのだよ!』


 二人はただ頭を下げ『申訳ございません』と繰り返すだけだった。


 婆やとルーシーもステップや初級のダンスだけだ。


 彼女らも『申訳ございません』としか言わない。


 料理をつくってくれるメイドたちにも不満をぶつけた。


『何で麦粥と魚なのだ!アールトンたちはホロホロ鳥を食べているじゃないか』


『申訳ございません』


 馬屋番にも文句を言った。


『どうして、僕にはそんな平凡な馬なんだ!アールトンは白馬で駿馬じゃないか?障害も軽々乗り越えるよ!』


『申訳ございません』


『皆、申訳ございませんとしか言えないの?』



『畜生!馬鹿にしやがって!』


 我は使用人全員を叱責して部屋を飛び出た。


 そしたら、王宮の中庭に人だかりが出来ていた。


 漆黒の剣士が来ていたのだ。

 今にして思えば、我には知らされていなかった。


 漆黒の剣士とは吟遊詩人にも歌われる剣士で、髪と瞳が黒、髪は奇妙に束ねて、初老の剣士、背は低いが・・・誰も勝てないと評判の剣士だ。

 ややわん曲したロングソードを使い。

 幾多の戦場を巡り。高難易度のクエストをこなしてきた男だ。


 アールトンに稽古をつけていた。


 我はズルイと思ったものだ。


 しかし、漆黒の剣士はアールトンに対して。


し』


 と言ってアールトンの持っている木刀を弾く。弟の剣術の師は上級剣士だったから意外だった。よほどの実力差があったのだろう。


 アールトンは誰にでも愛される笑顔を披露して稽古を辞退しようした。


『漆黒の剣士殿、有難うございました。これから学問がありますので失礼します』

『何だ、もう終わりかのう』


 我は剣を持って、前へ出た。


『我と勝負をしろ!』

『悪し。拙者、無益な殺生をしない故、指南なら請け負う。ボンは剣で結構、拙者木刀を使う』


『舐めやがって!』



 だが。


『悪し!』


 構えから剣を出す前に剣を木刀で弾かれた。不思議な技だ。速いがそれだけではない。動きが見えない。反応出来ないのだ。


『さっきのボンと同じで終わりかね?』

『まだ、まだ!拾うから待て!』

『戦場じゃ待ってくれないかのう』


 この男、王太子の我に敬意を表さない。


『悪し!』『悪し!』『悪し!』『悪し!』『悪し!』『悪し!』『悪し!』『悪し!』



 何回言われ剣を弾かれ拾ったか分からない。



「「「プゥ~クスクスクスクス~~」」」


 笑い声も聞こえた。


『歯を見せたやつぁ、このボンと同じこと出来るのかよ?並べ、歯を折ってやる』


 漆黒の剣士の威嚇に、皆は呆れ退散を始めた。


『いや、そこまでは、行こうか・・』

『結果は同じだ』


『やはり、アールトン殿下だな』


『アールトン、行きましょう』

『はい、母上』

『父がもっと良い師を呼び寄せよう』



 父上、母上から見放された・・・


 そして、もうどうでも良くなった。

 食事が麦粥なのも、馬の毛並みが茶色なのも、爺やの学問も、護衛騎士の剣術も・・・皆の嘲りも。


「はあ、はあ、はあ、はあ」


 力が抜けた。


 すると。


「良し!これで指南は終わりとする!」


 パチ!パチ!パチ!パチ!


 周りを見渡すと拍手をする騎士と貴族たちがいた。我専属の使用人達もだ。

 その中に、ルーシーが手を合せて涙を流しながら我の無事を祈っていた。


 意味が分からない。我は出来損ないではなかったのか?


 漆黒の剣士に尋ねた。

「何故・・・やめたの?」

「これは指南でござる。成果が現れたから、やめたのだ。良い構えだ。力みが抜けている。指南故、殺し合いではござらん。この構えを体で覚えておくのだ」


「はい・・・あの漆黒の剣士殿、アドバイスを・・・」



 すると漆黒の剣士はウンウンうなりだした。


「拙者の師匠は徳川に仕えてから、剣とまつりごとは同じと酔狂なことをいっていたが、今、分かった。弟子を育てるのは至難だ。ボンの年頃の子に変なことをいったら将来に影響してしまう。う~ん」


 トクガワ?何だろう。


「だからよお、基本しか言えない。教えられない。後は目で盗め。自分で考えろ。学問も武芸も、芸事も仕事も、遊びも閨も全て同じと思えるように頑張りなされ。全ての道はつながっている。剣と政はつながっていると思えれば人生迷うことはないぞ。王太子殿!」


 爺や婆やも護衛剣士も馬屋番もだから基本しか教えてくれなかったのか?



「はい、漆黒の剣士殿、有難うございました」


「それにしても公家にしては頑強な体だ。食生活に気をつけられているのう。粗食こそ体を頑強にする。良い料理番がおられるな」


 まさか・・・メイド達は少ない予算で健康に良い物を考えていたのか。

 我は何で文句を言ったのか?


「王太子殿に我が祖国の言葉を贈らせてもらおう。日の本では『普通』は『あまねくく通じる』と読む。普通は褒め言葉、普通が一番難しい」


「有難うございます。肝に銘じます」


『こちらこそ学ばせてもらったのう。ガハハハ』



 その場に集まった騎士、貴族は我の派閥になった。


 それからだ。我はルーシーに婚約を申し込んだ。


『ダメです。殿下、私の身分は低いです』

『ルーシーの親は司祭だ。認められるだろう』


 女神教会派閥も味方についた。




 そして、アールトンは急逝した。

 欲しい人物だと今でも思っている。



 18歳になった我に父上と母上は。


『退位する。妃と旅行に行く』

『ええ、そうするわ。ルドルフ、貴方なら大丈夫よ』


 と告げて外国に旅だったが、南国に赴いた時に、その場所が気に入り生涯そこで住まわれる決断をされた。10年前に亡くなられた。長生きだった、やはり南国は体に良いようだ。


 また、我国唯一公爵家のコールマン公爵夫妻も即位の時に自ら申し出た。


『陛下、ご即位おめでとうございます。お祝いに領地と臣民を差し上げます。どうか、王国を富ませて下さい』


『わ・・私どもは政治から離れ、領地の片隅で過ごさせて頂きますわ。決して政治に興味を持ちませんわ・・・』


『痛み入る。使用人たちは引き継ぐ。どうか、素晴らしい余生を過ごして下さい。領地の一部の租税を生活費として渡そう』




 それからは、我は全ての事象はつながっていると政を行い。

 息子に王位を譲ることが出来たのだ。


 そして、昨年、ルーシーが亡くなり。我ももうすぐ女神様の御許で逢える・・・

 心残りはない。



 ゴホ、ゴホ・・・・



 ・・・・・・・・・・・



「ゴホゴホゴホ・・・ゴホ!」


「お爺さま!休んで、侍医!早く」

「先王陛下!さあ、ベッドへ」



 ・・・今日、諸国の王から、『万能王』と讃えられたお爺さまのお話を婚約者と一緒に聞いた。

 王太子教育、王太子妃教育の一環だ。



「さあ、メルシア、行こう」

「はい、グフタフ様」


 手を差し出しエスコートをする。


 王太后のルーシーお祖母様が昨年亡くなられてから、すっかり体調を崩された。



「メルシア、この話どう感じた」

「・・・そうですね。ルーシー様は素敵な方ですね。しかし、それまで先王陛下に婚約者がいなかったのかと、アールトン様の婚約者候補はどうなっているか気になりますわ」



 私だって先王陛下の話が主観的であるのは承知している。

 年代記も調べはした。


 しかし、嘘ではない。過去の予算を調べたら、10年前まで、南の保養都市に年金が送られていた。先々々代の王、王妃に年金として渡していたのだろう。


 しかし、元王族にしては少ないメイドを1人雇える予算だ・・・


 それにお祖父様の純愛も疑問が生じる。

 理想の夫婦と言われていたが、私は秘密を知っている。


 今でも、お祖父様の予算は愛妾を1人養えるぐらいは余計に支払われている。

 令嬢用のドレス、化粧品をお祖父様の予算で調達されている。


 考えるのはやめだ。誰でも闇は背負っている。



「少し考えながら散策をしたい。皆は、少し離れてついて来てくれ」

「「「畏まりました」」」



 父は偉大な祖父の重責から、決め事に慎重になり『優柔不断王』と揶揄する宮廷雀もいる。

 退位は早いとも目されている。

 次は私が試される番だ。


 婚約者も選ばせてくれた。偶然だが、メルシアはルーシーお祖母様と遠縁にあたり。赤茶髪と淡い青の瞳がそっくりだ。ルーシーお祖母様の若い頃に似ていて、お爺さまは大喜びし、お祖母様は微笑んでいた。


 婚約者を決めるガーデンパーティに令嬢が多く招待されていたが、すぐに目に入ったのがメルシアだ。一目惚れだ。


 私の姿もお爺さまの若い頃に似ているから並ぶと大喜びだったな。


「グフタフ殿下・・・」

「ああ、すまない考え事をしていた君を放っておいた」

「いいのですよ」


 伴は遠く離れている。ここは、北の離宮に近い所だ。

 木々がそびえ。小鳥がさえずる。


 変な雰囲気になった。キスは・・・いいのだろうか。18歳で婚約者とキスもしていない。


「メルシア」

「はい、殿下・・」


 メルシアは木を背にしている。


 そっと、顔を近づけると、メルシアは若干驚いた顔をして、目を閉じた。


 その時。折角のチャンスの時に、女性、老婆の声が耳に届いた。


【ルドルフ殿下ぁ!】

 ルドルフ、お爺さまの名だ。


「誰だ!ハシゴをそのままにしていた奴はぁ!」

「すみません。新米の庭師です!」


 老婆の後ろから使用人達が追いかけている。

 老婆は・・・ピンクのドレスを着ていて顔は白粉で真っ白だ。白髪は・・・ロール?縦ロールだ。いつの時代だよ。


 もしかして、お爺さまの秘密に関わる人か・・・愛妾?


 私は手で使用人達を制して、話を聞くことにした。



「はあ、はあ、はあ、お待ちしておりました!迎えに来て頂けないかと、大変な話ですわ。アールトン殿下は、王妃殿下にそそのかされて、謀反を起そうとしておりますわ」


 少し、理解が追いつかない。この老婆はまるで50年前の政治情勢の世界から抜け出したようだ。合せてみるか。


「ほお、何故、分かったの?根拠がなければ動けないな」


「私、アールトン殿下に近づきました。すっかり心を許しております。ええ、お父様、お母様に婚約者を鞍替えせよと言われて仕方なく近づきましたわ。しかし、心は貴方様にありますわ!」



 お爺さまの気持になるのだ。もしかして、お爺さまに婚約者がいて、弟君に取られたのか?



「じゃあ、アールトンとキスをしたのは?」

「オホホホホ、それは敵を欺くためでございます」


「なら、アールトンと一緒に我を笑ったのは本心か?」

「ま、まさか、心を魔族にして笑いました」


 ここで祖父が荒れたのは、婚約者を寝取られたからかと頭によぎった。



「そればかりか、アールトンと寝たでしょう?それは・・」

「無理矢理でございます。王宮の一室で無理矢理ですわ。殿下は泣いて逃げられて・・・でも、ご安心を妊娠はしておりませんわ」


 この女の言う事が嘘か本当か分からなくなった。

 メルシアは私の袖を強く握る。


「まあ、貴方は使用人の孫だったわね。そこをどきなさい!ダンスの時間はおわったわよ。この墓掘り職人の娘が!無礼であろう。司祭との隠し子、母は墓掘り職人の娘、それがルーシーの正体ですわ!」


 メルシアを後ろに隠したが、メルシアはそれを拒否して横に並ぶ。

 珍しく怒っているようだ。


 墓掘り職人、この王国でも差別される傾向がある。ルーシーお祖母様が?いや、出自はどうでも良い。


 侮辱された気持になった。いや、侮辱だろう。言ってしまった。



「コールマン公爵令嬢!我は真実の愛に目覚めた。よって!婚約破棄を申し渡す!」


「ヒィ、やはり殿下は愚人だったのですか?・・・アールトン殿下!アールトン殿下はどこに?ルドルフ殿下は没落しますわ!」


 市井の読み物で婚約破棄ものがある。たいてい宣言をした方が没落する。



「ギリヤ、メボリル、義弟は?もう、誰でも良いわ!出てきて!王弟殿下でもいいわ!護衛騎士はどこに行ったの?」



 男遍歴だろう。次々に男の名を言い出した。

 この老婆がお爺さまの婚約者だったとしたら・・・さぞ辛い過去だったのだろう。

 しかし、ドレスや髪の手入れを考えたら優遇されている方ではないか?

 予算はお爺さまの予算か・・・


 やはりお祖父様に愛妾はいなかった。


 お祖父様はルーシーお祖母様と真実の愛を全うされていたのか。不都合な事は話さないが、やはり、嘘は言わない。


 老婆はしばらく泣き叫んだ後、自害を申し出た。


「腰の剣をお貸し下さい。婚約破棄をされた令嬢は生きてはいけませんわ・・・コールマン公爵家の長女として自害いたそうと思いますわ」


「分かった」


 短剣を渡した儀礼用だ。


 老婆は空を見上げ。ノドに短剣を突き立てた。


「殿下・・・止めないのですか?」


「貴婦人の覚悟、見届けます。ルーシー?」

「はい、殿下の意向のままに・・」


 メルシアものってくれた。


 ブルブル震えて、老婆は泣き出した。


「グスン、グスン!」


「コールマン公爵令嬢、短剣は差し上げる。これを我と思い余生をすごせ」


 この言葉を皮切りに周りの使用人達が動いた。


 恐らく、今でも北の離宮では公爵令嬢として扱われているのだろう。


 この処遇がお爺さまの温情か。それとも、恋をしていたのか分からない。

 しかし、一時期、本当に愛していたのは確かだろう。


 人は深い業を背負っている・・・


「行こう。メルシア」

「はい、ルーシー様の一念をはらした気持になりましたわ」


 気だるい午後の出来事であった。


 偉大な普通王の第一歩を踏み出した日でもあった。





最後までお読み頂き有難うございました。

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介錯してやるのも情けではなかろうか(予算もったいなくね?)
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