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馬車は待合場を通り越して、森の中腹のアドニスの家の近くまで走る。
アドニスが心配げにミラダを見る。
「じゃあ、何もされてないんだね。」
「そうだ、される前に上着を捲って私の大胸筋を見せつけてやったら、かなり驚いて腰を抜かしていた。まあ。近衛兵だけは当身を食らわせて逃げてきたが。」
それを聞いてホッとしたアドニスは笑みが零れる。
「これ、ミラダの分の『白の魔女』の花だよ。土と一緒に育苗ポットに入れたから、これを栽培すればうまくいけば増えていくんじゃないかな。」
「ありがとう。」
ミラダがホッとしたように微笑んだ。
「アルマはこうなることを予測していたみたいに、しっかり計画していたんだね。」
アドニスが怪訝な表情をする。
「言ってませんでしたか?私もこの花のためにネフライト王国に潜入してましたから!」
アドニスが目を丸めた。
「スパイ?」
「そうです!白の魔女の花を持ち帰るという任務で、去年から潜入してました!でも今回はミラダさまに花をもたせましょう。領地としてはどっちが持ち帰っても、結果は一緒ですからね。」
「お前、獣人国のスパイか?」
「私はミラダさまが来ていることは知りませんでした。なので失礼があったとしても大目に見てくださいね。私のことはさておき、アドニスさまはどうします?このままネーベル領に一緒に来ますか?」
「ぼく?」
「この花をネーベル領で咲かせて欲しいのです、一緒に来ませんか?」
ミラダが遠慮して言い淀んでいるところへ、アルマが遠慮なく誘う。
「行きたいけど……勝手に隣国に行くなんて許されるのかな…家族にも迷惑が掛かりそうだし…」
「私としても、このまま離れたくないのだが……」
ミラダが、身を乗り出し対面に座るアドニスの手を握る。
「ミラダさま、今こそネーベル領でも屈指の麗しい容姿を活かしてアドニスさまを籠絡して領に持ち帰ってください。」
ミラダが麗しい顔を顰める。
アルマが窓から外の景色を確認した。
「この先、国境警備隊のいない『迷宮の森』から隣国に抜けます。『迷宮の森』の入り口に、アドニスさまが国に帰りたいと言った場合に備えて、馬車を2台準備してあります。」
「アドニスさまが一緒に来てくれるなら、ネーベル領に着くまでの間、馬車に二人きりにしてあげますので、存分にいちゃつけますよ。」
「いちゃつくって……」
アドニスの頬が赤くなる。
「ネフライト王国には、ネーベル領主から話をつけてもらいましょう。だから心配いらないですよ。まずは3年ほど留学という体で来られたらどうですか?」
「アルマ……準備が良すぎるね。私も最初から連れて行くつもりだったんだね。」
「そうですね、野草に詳しい人がいた方がいいですからね。ミラダさまがアドニスさまの心を掴んでおいでのようで助かりました。自主的に来てくださるに越したことはありませんからね。」
「私は、アドニスの意思を尊重したいのだが…」
アドニスはアルマの提案を魅力的だと思った。
かなり用意周到にしていることから、任せても大丈だと考える。
何よりミラダとこのまま離れたくない
「このまま、ミラダと離れたくないし…花の栽培もしたい。一緒に行くよ。」
ミラダが目を見開いて、握っていた手に力を込める。
アルマが二人を見て微笑んだ。
馬車が迷宮の森の入り口で止まった。
御者が扉を開ける。
馬車から下りると、目の前に馬車が2台停まっている。
「じゃ、私は一足先に行って色々準備しておきます。育苗ポットはなにかあったときのために、半分ずつ運びましょう。お二人はもう一台の方の馬車でゆっくり来てください。」
それだけ伝えてアルマ馬車に乗り込むと、慌ただしく去って行った。
「ミラダさまは、こちらへどうぞ。」
御者がもう一台の馬車のドアを開ける。
「ありがとう、行こうか。」
ミラダが先に馬車に乗り込んで、後から乗って来たアドニスの手を引っ張って膝に乗せる。
「道すがら、私のことを話すから私を知ってくれ。」
そう言ってアドニスを至近距離で見つめる。
アドニスがミラダの首に腕を絡めて、耳元で囁く。
「イチャイチャも…していいんでしょ。」
ミラダの瞳が揺れる。
「アドニス…愛している。」
「ぼくもだよ。」
二人はどちらともなく唇を合わせた。