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ネフライト王国では、昔は皆が魔力を持っていたが今はほとんどの者が魔力を持たない。



アドニスは一週間前に、ヴェレ山の中腹にある森の中の、木造の2階建ての空き家に移り住んできた。


その昔存在したと言われる大魔女ルネス、通称『白の魔女』その生まれ変わりが、最近まで住んでいたという噂の家だ。


アドニスは王宮で野草の研究をしていたが、この家を改装して、こちらを拠点にして研究をすることにした。

依頼があった時のみ王宮へ出向くことにしている。



アドニスは遅めの朝食をとり、森ヘ探索に行く。


(白の魔女の精気を吸って生えたという花が、本当に存在するなら見てみたいもんだな。)


川岸に咲く白い花を片っ端から調べる。


(小さな白い花って噂だ。白の魔女の生まれ変わりがここに住んでいたなら、この周辺にあったりしないかな。)



川の流れに逆らうような、不規則な水しぶきの音が聞こえる。

「なんだろう、動物かな…?」

場所を突き止めるために、耳を澄まして視線を巡らせる。


「もう少し、下流の方かな。」


アドニスは音のする方ヘ、進んでいく。


川が蛇行して曲がっている外側は、少し流れが早くなっている。


その流れの早い場所で、密生している長めの草にしがみついている人がいる。


青みの紫の髪に、(きら)めくアメジストのような瞳と陶器のような白い肌を持つ美しい容姿の人だ。

その人の美しさに目を奪われ、一瞬思考が停止した。


アドニスは我に返り駆け寄ると、溺れそうになっている人の脇の下に手を入れた。


「頑張れ、引き上げるよ。」


服が水を吸ってかなり重たい。


着ているものはシンプルなシャツとパンツだが、水を吸って重たくなり、引き上げるのが重労働だ。


アドニスはふと、側頭部に付いている物に目が行く。

「可愛い、お耳を付けている。仮装でもして遊んでたのかな…」


アドニスは自分に可笑しくなった。


(違う、違う…こんな事を考えている場合じゃなかった。)

ようやく川岸に引き上げた。


アドニスは全貌が明らかになって、ようやくわかった。


「女性かと思ったが…男だったんだ。重いはずだね。」


体が岸から上がり安心したのか、朦朧状態だった男は完全に意識を手放した。


アドニスは濡れた服を全て脱がせて、自分のシャツを着せた。

(運ぶにしても、水を吸った服は重たいから置いていこう。)


男は均整の取れた体つきをしている。


(ふふ…上半身しか見えていなかったとはいえ、男性を女性と間違えるとは……)


アドニスは、男を肩に担いで家に連れて帰った。



ベッドにそのまま寝かせると、台所へ向かい体力が回復する効能がある野草をケースから2,3取り出した。





男が目を覚まし、ベッドから上半身を起こした。


「ここはどこだ?」


アドニスは怖がらせないように微笑んだ。


アドニスの髪は薄いピンクで、瞳はとろけるはちみつのような色だ。優しげな容姿のアドニスの微笑みを見て、男は警戒を解いた。


「ぼくはアドニスっていうんだ。君は?」

アドニスは台所から、顔だけ振り返って声をかける。


先ほど選んだ野草を擂粉木(すりこぎ)を使って()ったあと、飲みやすいようにスープに混ぜて温める。


「私は、ミラダ・シルスタ・ネーベルだ。」


「ミラダって可愛い……えっと、素敵な名前だね。君が飾りで付けているその耳も、とても似合っている。」


アドニスは、ミラダが付けている耳を微笑ましく眺めた。


美しい(かんばせ)に、可愛らしい耳がとても似合っている。



「耳?!」


アドニスの視線の先が、頭の上の方を見ていることに気付いた。

「とっても可愛い、よくできているね。質感が本物みたいだ。」


ミラダは自分の耳を触って舌打ちした。


「無意識に出てた。」


「この耳は本物だ…私は、獣人だ。」


アドニスは完成したスープを手にミラダに近づく。

「獣人は初めて見た。じゃ、その耳は本物だったんだね?」


「私は出来損ないだからな耳だけこうなってしまう。中途半端に獣化するのは私ぐらいだ。」


ミラダは自分を卑下するような言い方をして、俯いて奥歯を噛み締めた。



アドニスは、ミラダの髪の色と同色の獣の耳を凝視する。


(犬か…狼?)



「触ってみたい…いい?」


「変なやつだな、こんなみっともない物に触りたいのか?両親ですら触らない。」


「じゃあ、ぼくが初めてか…いいんだよね?」


ミラダの瞳が揺れた。


(そうか、本当に繊細な問題なんだな。)


アドニスがミラダのために作ったスープをベッド脇のサイドチェストに置いて、手をのばす。


ふわりと優しく触れる。


アドニスがミラダを安心させるように微笑んで優しく耳を撫でる。



ミラダの肩がぴくんと跳ねるように震えた。

美しいアメジストの瞳が濡れたようになり、目元が赤らむ。


ミラダは今まで、不意にこの耳を出してしまい何度も嫌な目にあってきた。 

厳格な父には、この中途半端な耳が我慢できないようで、過去には切られそうになったり、蔑むような目で見られたりしてきた。

こんな風に、優しく触られたりしたのは初めてで心が震える。



「アドニス……初対面だが…親愛を伝えたい。」



(そうか、やはり彼は犬科の獣人か。ぼくに甘えたいのかな。)


アドニスの蜂蜜のような瞳が、優しく包み込むようにミラダを見た。

「おいで、いいよ。」


アドニスがミラダが届きやすいようにベッドに腰掛けて、手を差し出した。









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