二人の秘密に目を瞑り、ただ見送り、幸せを祈ろうじゃないか
オレかい?
駅馬車の亭長を長年務めているよ。
まあこんな仕事をしていると、人を見る目だけは肥えてくるもんだ。
「時間です、出発します!」
「ああ、ちょっと待ってやれ。もう一人客だ」
大きな荷物を持った赤いワンピースの女が急ぎ足で来るところだ。
彼女のことはよく知っている。
幸い席も空いている。
ヘレンもいい女になったもんだ。
ガキの頃は駅馬車で待つ客に弁当を売ってたんだぜ。
それが今や立派なレディだからな。
月日の経つのは早い。
「亭長さん、すみません」
「一〇日に一本しか出ない行先だ。乗り遅れると困るんだろう?」
「そうなんですよ」
「いいから早く乗りな」
「はい」
忙しげに乗り込むヘレン。
既に乗車している若い男がホッとした顔をしているじゃないか。
わかっているさ、ヘレンといい仲だってことは。
……何事にも目端が利き、準備怠りないヘレンが発車ギリギリの時間まで現れないなんてな。
ヘレンも珍しく迷ってたんだろう。
あの若い男カーチスとともに行くことを。
カーチスは所作が奇麗で女性に優しい紳士だ。
色男だしな。
見た目からしてカーチスとヘレンはお似合いだ。
でもヘレンは、自分がカーチスに相応しくないと思ってるんじゃないかな。
ヘレンもガキの時分は駅馬車の客の釣銭を誤魔化したり、財布をスったりしていた。
まあオレも何度か現場を押さえたね。
ヘレンは過去の行為で自分を卑下してるんだと思う。
そうしたヘレンを知ってる者はオレだけではない。
カーチスにバラされて幻滅されるのが怖かったんだろう。
でもお前は頑張ったよ。
読み書き計算を学んで、淑女学校にも通って。
本当にいい女になった。
最初は他人に騙されないために勉強し、上流階級の男に近付くためにマナーを覚えたのだとしてもだ。
大店に雇われるまでに信用されるようになった。
それはお前の努力に他ならない。
しかしあの大荷物からすると……どうやら店は辞めてきたようだ。
一〇日に一本だけ出る、隣国との国境行きの馬車。
ヘレンよ。
お前はこの国を出て過去を隠し、愛に生きることを選んだんだな。
自分を偽ることに罪悪感があって、最後まで悩んだんだろう。
でも気にすることはないんだぜ。
カーチスだって結婚詐欺師だからな。
いや、亭長であるオレの元には手配書が回ってきてるからよ。
いくら痩せて身綺麗にして紳士を装っていても、あの若い男がカーチスだということは一目でわかるよ。
オレくらいの眼力を持っているとね。
まあでもカーチスにだって事情があるんだ。
子供の頃に、自分の実家の店を汚い手段で潰されてよ。
潰した男の娘に取り入って復讐したんだと。
結婚詐欺がいいことだとは思わないよ?
でもまあ標的の商会は法律すれすれで成り上がって、親娘して威張り散らかしてたやつらだ。
一泡吹かせたカーチスは、密かに英雄扱いだったぜ。
「出発します!」
「おう、行ってこい」
出発前、最後に見たカーチスとヘレンは幸せそうだった。
幸せを築くために努力しようという顔だった。
カーチスを通報しないのかって?
しないよ、そんな野暮なことは。
オレは単なる駅馬車の亭長だぜ?
憲兵でも賞金稼ぎでもないんだから。
若い二人が新天地に旅立とうとしているんだ。
黙って祝福するのが大人の男ってもんじゃないか。
いや、黙っていることこそが祝福か。
まったく渋い男の役を振られたもんだぜ。
カーチスはヘレンに何と名乗っているんだろうな?
またカーチスもヘレンの悪事を知ることはないんだろう。
いい男やいい女には秘密があるもんだ。
それでいいのかって?
いいに決まってるだろ。
全てわかり合うことが正しいとは限らないじゃないか。
ヘレンが間に合って微笑み合った二人。
あれは混じりっけなしの愛だぜ。
薄汚い感情や思惑を経てようやく辿り着いた境地、だな。
オレは亭長だから、旅立つ二人を応援するんだ。
土埃を上げて馬車が遠ざかる。
お前達は絶対に幸せになれるよ。
見る目だけは自信のある、オレが保証する。
ヒューマンドラマっぽいとは思いましたが、扱っているテーマが愛なので異世界恋愛に。
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