2-05 勇者の魔力がゲロヤバイ!
歴代最強と呼ばれた【勇者】がいた。
彼は見事に【魔王】を打倒したが、続いて出現した裏ボスとの戦いに敗れてしまう。
が、誇り高き【勇者】はそのまま倒れることをよしとはしなかった。
【転生の秘術】を用いて新たな肉体を得た彼は、リベンジすべく再び立ち上がる。
そんな【勇者】の姿に、神々もまた惜しみない助力を約束したのだが――。
これは雄々しく戦い続ける【勇者】と、その活躍によって悶絶を強いられ続ける神々の、ゲロヤバで愉快な物語である。
空が割れ、大地が爆ぜる。
その裂け目から這い出すのは漆黒の泥――【昏冥】だ。
ぐつぐつ。どろどろ。
不気味に泡立ちながら、この世界を侵食していく病原体。
奴らは触れるもの全てを喰らって取り込む。
ゆえに剣は届かない。
ゆえに魔法も通じない。
(そう……普通なら、な)
生憎と俺は普通じゃない。
前世では倒しきれなかった【昏冥】を滅ぼすためだけに【転生の秘術】を用いるような男が、まっとうであるはずがない。
「制限解放!」
左腕を天へと突き上げて、俺は叫ぶ。
その手首には、三つの宝玉がはめ込まれた武骨な造りの腕輪。
再び戦いへと赴く俺へのはなむけとして、神々が授けてくれた魔法具だ。
解放の呪文によって、宝玉のひとつがまばゆく輝き始める。
蓄積されていた俺の魔力が、深紅の光となってほとばしっていく。
だが、これでは足りない。
「重奏昇華!!」
ふたつめの宝玉を解放する。
銀の光が深紅と絡まりあい、ばちばちと火花を散らして荒れ狂う。
猛々しいその有り様は、まるで獲物を狙う肉食獣のようだ。
その手綱を握りしめるように右手を添えて。
出し惜しみすることなく、俺はみっつめを解放する。
「至尊の三冠!!!」
ぎぃん、と空間が軋む音が響いた。
あふれ出した最後のひとつは、光ではなく漆黒の闇。
ねっとりとした禍々しい魔力が、先んじたふたつを呑み込んでいく。
押し寄せる【昏冥】たちが、初めてひるむ様子を見せた。
あまりにも異質な俺の魔力におののいたのか?
あるいは――同じ匂いを感じて狼狽したか?
いずれにせよ、もう止められないぜ。
「召喚要請!」
今生の俺がまともに使える唯一の魔法。
【召喚術】が、桁外れの出力で発現する。
◆
『お、【召喚要請】はいっちゃいましたぁーっ!?』
天上界にて。
愛らしい【伝聞の女神】の声が、あわあわモードで響き渡る。
居並ぶ神々たちが一斉にざわつく。
『ままっ、待つのじゃ! まだ、取り乱す時間じゃあ、ありゃせん!』
束ね役たる老神が、必死に威厳を保ちながら諫めようとする。
が、無理。
『ッざけんなよッ、ジジイ! 【全解放】してるじゃねーかよッ!』
『並みの天使や精霊の【召喚】でないことは、確定的に明らか』
『いやいや! 大天使や精霊王を呼ぶつもりなのかもしれぬぞ』
『彼の者の気質からして、それは希望的観測にすぎるでしょう』
『生まれ変わってもクソ真面目だもんねー。あの勇者クン』
『【神の召喚】で間違いない、かと……』
ざわめきがため息へと変わり、諦めの空気が充満していく。
まだ若年の神たちにいたっては、しくしくめそめそと泣き出す始末だ。
『――【指名】は?』
『今のところは、まだ……』
『ならば【当番表】だなッ! 次は、えーっと……【技芸の女神】の番だッ!!』
『はァ!? バカ言わないでよ! どう見ても文化系の神の出番じゃないでしょ!?』
『出番じゃなくても当番なんですぅー。お約束は絶対なんですぅー』
『うっとおしいわよ【法の女神】! ガキっぽいのは見た目だけになさいな!』
『えーっ? オバさんのヒステリーとか、見苦しすぎぃー』
『むキィーっ!!』
『これこれ、内輪もめするでない』
『ですが真面目な話、この局面で召喚するなら体育会系の神のいずれか、かと』
【博識の神】の指摘は至極まっとうだったが、それゆえに非難囂々となる。
『だから不公平だと言っとるではないか! これでは【当番表】の意味がない!!』
『そーだそーだ! 我らにばかりイヤなことを押しつけるな!!』
『そう言われましても、武勇に優れた方々であればこそ求められるのであって……』
『ただでさえ脳筋なんだから、ちゃんと務めくらい果たしてよねッ!』
『んだとゴルァ!?』
喧々諤々。
不毛な言い争いがエンドレスに発展しかけたその時。
『【ご指名】きました――【竜鱗の神ヴァルフレア】さま、ヨロシクですぅ!!』
『んNOおおおオオおぉぉぉぉォォォぅ!?!?』
美髯をたくわえた偉丈夫の男神が、悲痛な声と共にのけぞって。
無情にも、一瞬で、漆黒の渦の中へと呑み込まれていった。
◆
漆黒の魔力の渦の中から、超常の存在がその姿を現す。
雄々しき巨体。コバルトブルーに輝く鱗。鋭い牙と爪。
まさに威風堂々。
全ての竜の始祖たる【竜鱗の神ヴァルフレア】の降臨である。
だが、その瞳に本来の理知的な輝きはなかった。
『ヴォげオロろろロロおおォォォォッ!!』
猛々しい咆哮と共に、口元からあふれ出す魔力の飛沫。
全ては俺の未熟さのせいだ。
未だ、このように荒ぶった御姿でしか召喚することができない。
なればこそ、全てを疾く終わらせなければなるまい。
俺はありったけの魔力を捧げて、神へと奇跡の行使を願う。
「――【神竜撃燐焔獄】ォッ!!」
巨竜の喉元がぐっと膨れあがり、射殺すような眼差しが【昏冥】の波濤をとらえた――次の瞬間。
『エッげオロろろッゲおロロロロおおオオオォォォォ~~ッ!!』
黒みがかった蒼焔の息吹が、爆発的な勢いで解き放たれる。
剣も、魔法も、全てを喰らって無効化するはずの【昏冥】が、為す術もなく燃えあがり、煙すら残さぬ勢いで霧散していく。
やがて――全ての【昏冥】を燃やし尽くした【竜鱗の神ヴァルフレア】は、溶けるようにしてこの世界から退去していった。
「神よ。ご助力、ありがとうございます」
深々と頭を垂れて謝意を示しながら、俺は改めて思う。
やはり自分が立ち向かうしかないのだ、と。
◆
やり遂げた男の帰還に、神々は涙をこらえることができなかった。
『お水っ! お水をどうぞっ!!』
『いきなり飲むなッ! まずは、ゆすげ……ぐちゅぐちゅペっ!だぞッ』
『バケツ! 早くバケツを持ってきてちょうだい!』
『清潔な蒸しタオルを! 冷たく濡らしたのも必要かも!』
『背中……さすってやる……』
『ようやった。そなたは我ら神々の誇りじゃぞい』
『お、エえぇ……ッ』
口元を汚し、涙目になりつつも、使命を果たした【竜鱗の神ヴァルフレア】。
そんな彼をねぎらいながら、【始まりの神ゼニス】は心中呟かずにはいられない。
(毒を以て毒を制す――とはいえ、ああまでゲロマズな魔力っちゅーのはヤバすぎるのう)
◆
歴代最強と呼ばれた【勇者】がいた。
彼は見事に【魔王】を打倒したが、裏ボス的存在である【昏冥】との戦いに敗れてしまう。
が、誇り高き【勇者】はそのまま倒れることをよしとはしなかった。
【転生の秘術】を用いて新たな肉体を得た彼は、リベンジすべく再び立ち上がる。
その献身的な姿に、神々もまた胸を打たれ、惜しみない助力を約束する。
そう――この時はまだ、誰も気づいていなかったのだ。
復活した【勇者】の魂が【昏冥】によって汚染された結果、その魔力がゲロを吐くほどに耐えがたい劇物と化してしまっていたことに!
これは毒を以て毒を制する【勇者】と、その活躍によって悶絶を強いられ続ける神々の、ゲロヤバで愉快な物語である。
<つづく?>