2-02 俺のターンはジ・エンド!?~乙女ゲームで俺だけデュアルシステムな件~
俺、白城 凛は、恋愛シミュレーションと猫を愛する18歳、高校三年生。所謂オタクだ。ひょろっとしたジミメンで運動神経も並な俺は、目の前で轢かれそうになったコネコを助けるためにトラックに轢かれこの世を去る。気付いたら、夢中になって周回プレイを楽しんでいた恋愛シミュレーションゲーム「ルミナス・セレナーデ」の世界に女主人公として転生していた。可愛い女の子と百合でウハウハライフと喜んだのはわずか数か月、俺は気付いてしまった。百合は愛でるもの、女同士では男として果てることができないと。男として発散できず消化不良で悩む日々の中、俺はデュアルプレイシステムの男主人公に身体をチェンジする方法を知る。やっと見つけたアイテムはシステムバグで手にした瞬間散り散りになってしまった。月に一度だけ男に戻れるようになった俺は、その“カケラ”を探しに奔走する……って、一筋縄で行くわけないよな!?
「さあ、これからは俺のターンだ」
俺は着ていた服を脱ぎ棄て、全裸になり自分の身体を丹念に観察した。
胸筋から腹筋までの、隆々とした不要な部分が一切ない筋肉の凹凸を己の指でなぞり、腹の先にある見慣れたモノに触れ、確かめる。
俺を男だと確信させてくれるその部分は、誰に見せても恥じないほど存在感を放っていた。
「一カ月ぶりの再会……俺よ、久しぶりだな」
久しぶりの自分の分身であるそれをゆるりと握り、根本から先に向かって指を這わせ、先端をさわさわと撫でまわす。
軽く触れた程度でピクピクと反応してしまう己自身が少々可愛いと思ってしまうド変態の男。
それが俺、リンだ。
いや、ちょっと待ってくれ! だめだ、まだブラバするな!
こうなってしまった理由くらい気にならないか? 俺だってこんな変態めいたこと────自身を慰める行為はあとで楽しむが────を毎日やっているわけじゃないぞ? 一カ月ぶりという少し前の俺の台詞、読んでないだろお前ッ!
これには深い深いワケがあるんだよ、思春期男子の性欲ナメんな?
今の俺は健康な17歳。超カワイイ女子に囲まれて生活している。毎日エロいことを考えても、俺は月イチしかコイツに会えない。まさに生殺し!
しかも整った顔と、憧れてもそう簡単に作り上げられない筋骨隆々とした肉体の両方が同時に手に入ったとすれば尚更だ。誰でも自身の身体をまじまじ眺めて確かめたくなるって!
男の俺でもホレボレするほど鍛え抜かれた完璧な肉体を鏡に映す。その場でくるりと一周して男であることを再び確かめ満足し、その場に女が居たら完全に落ちるだろうイケてる笑顔を浮かべると、用意していた衣装に袖を通した。
着替え終わり自室の窓を開け、念のために周囲を警戒しながら身を乗り出し、そのまま闇に紛れて学園寮の屋根に登ると、ゆっくり街全体を見渡した。
深夜0時を知らせる鐘が街中に響き渡る。
空には今にも落ちてきそうな数の星と、もうすぐ空を覆いつくすのではないかと思う程の大きな満月が輝き、まるで昼間のように明るい。
鐘が鳴り終わると俺は始動する。もう何度目の満月だろうかと夜空を見上げ、ため息をつく。この世界で生活することにも慣れたが、満月の夜にしか活動ができないというのはとにかく厄介だ。
あらかじめ手に入れておいた新衣装「NINJA」を着た俺は、月を背に閉鎖的な学園を見下ろしながら、自身が格好良いと思うポーズを取る。今夜は腕組みをして街を見下ろすオーソドックスなスタイルにした。
なにせ、「NINJA」は厨二病が疼く美しいフォルムをしているため、何でもないポーズの方が映える。
銀色の重厚な額当てに顔の半分を覆いつくすマスク、着物をアレンジした動きやすい衣装は黒であるにも拘わらず全体に光を反射しないマット感があり闇に紛れやすい。そんな隠密性能特化のくせになぜか己を主張する赤いマフラーが付属していたところに一目ぼれした。加えて高い防御力と攻撃力を兼ね備えたゴツい手甲、肩から胸にかけては内側に鉄が縫い込まれていて斬られても致命傷にならず防御力は抜群。もちろん鎖帷子もしっかり装備している。
少々締め付け感がある以外は羽根のように軽く、まるで何も着ていないかのような最高の衣装だ。
興奮して一人語りが早口になる。
俺がこんなコスプレ衣装を着ているのには、自分の欲求を満たす以外にも理由がある。己の身体を正しい形にするために必要な、“カケラ”と呼ばれるアイテムを探すためであり、この世に存在してはいけない俺自身を隠すためでもあった。
「しかし、この世界の満月のデカさは規格外だな」
まもなく一番高い場所に昇るはずの月は、裾の方がまだ遠くに見える山肌をかすめている。
この世界はシステムで動いているため、深夜の時間帯に誰かが歩いていることはない。ノンプレイヤーキャラクターがシステム通り決められた時間に眠りにつくことは既に調査済みだ。
おかげで俺の存在が世の中に知られる心配はなく、羞恥心を捨てて思う存分コスプレを楽しむことができている。
コスプレしなくてもイケてる見た目の俺が、コスプレしたらもっとイケてる俺に。
しかも、この剣と魔法の世界では身体能力が異常に高く、平凡な元高校生が少々ハメを外したくなるのも仕方ないことだろう。
しばし己に浸っていると、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。
「キャー! イヤァァ!」
俺が知る限りこの時間に起きているNPCは居ない。間違いない、イベントの発生だ。
欲しいアイテムが手に入るかもしれないと、小さな悲鳴を頼りに屋根伝いに走り、跳躍しながら風と一体になる。
跳躍したほうが華があるからな、特に今日は衣装に付属していた赤いマフラーをどうにかしてなびかせたい! 流星のように縦横無尽に走る俺を追従する一筋の赤、なかなか絵になるよな! ヒーローは常に格好良くなくっちゃ。
前世ではコネコ一匹助けるのに身を挺するしかなかったが、今の俺は誰よりも速く強いため恐れるものはない。
「この辺りから聞こえたような……」
耳をすませ、辺りの様子を覗う。
「嫌、こっちに来ないでッ」
この声は、ゲームのメインストーリーにかかわってくる女子「レナ・シルヴァンテ」のものだ。
はて? 彼女は男勝りで大抵のことは自ら成し遂げるタイプだよな。その彼女が助けを乞う?
レナはストーリーに絡むキャラのため見た目は極上なのだが、ツンデレが過ぎて攻略するのが少々面倒くさい。低身長のスレンダーボディは少し触れた程度で悲鳴を上げ……俺はここでハッとする。
もしかしたらすごく……感度がいいのか? これは早く確かめておかねば。
鼻の下を伸ばして窓から中を覗くと、シャワーでも浴びていたのかタオル一枚で身体を隠しながら壁に張り付いている彼女が見えた。
あんな薄布で隠したつもりなのか、よし俺が抱いてやるから待って……
…………。
前言撤回ィィィ!
血液が集まり始めた股間の滾りは一瞬で霧散した。怪物がレナの前に居る。言葉に出すのも悍ましい、八本足のアイツのボディは象ほどの大きさがある。
どこから入ったんだよぉ、アレさぁ~? 転移でもしなきゃ部屋に入れねーじゃねえか。
悲鳴を上げたいのは俺の方だよ。さっきまでテンション上がってヒャッホー言ってたけど、スマン!
何度でも言おう、あれは無理だ。
もう悲鳴さえ上げられなくなったレナの犠牲は忘れないと誓い、その場を去ろうとしたところで気が付いてしまった。
アレ後頭部に刺さっているのは“カケラ”じゃないのか?
嫌々もう一度窓から部屋を覗き込むと、蜘蛛の吐き出す乳白色の糸に全身を覆われたレナが意識を失いそうになっているところだった。
野郎、なんてことをしてくれたんだ。せっかくのレナの裸が堪能できないじゃないか!
よく見ようと目を凝らすと、やはりあれは“カケラ”だと強く感じる。非常に不本意ではあるが、窓を派手に割り、部屋に侵入する。
レナの意識がまだあるうちに派手に登場した俺を印象付ければ、助けられた記憶が美しく残って「あの方にお会いしたい」「恋しちゃった」ってなるだろ? ならない方がおかしいだろ?
飛び込んだ勢いのまま、帯刀していた日本刀を腰から引き抜くと、一気にヤツの頭と銅をつなぐ節に叩きこむ。良く研がれた刀で斬られた部位は、斬られたヤツが気付く間もなくするりと地に落ちた。
部屋中に体液が飛び散ったが、それは仕方がないと諦めて欲しい。
ピクピク動く毛だらけの足が非常に気色悪い死体に近付き、埋まっていた“カケラ”を思いっきり抜くと、次にレナの身体に巻き付いた糸を切ってやる。ぐったりとしたレナはしばらく潤んだ目で俺を見ていたが、ショックが大きかったのかそのまま意識を閉じた。
流石に意識のない女を襲う趣味はないが、身体を隅々までじっくり観察して脳内に焼き付け、部屋でゆっくりお楽しみタイム……と思ったところで、脳に何かが刺さったような衝撃が走る。痛みで目がかすみ出した。
「だめだ、このままこの部屋に居たら……世間的に俺は死ぬ」
慌てて転移魔法陣をスクロールで呼び出し、自室に戻る。
レナを放置しておくのは申し訳ないが、朝になれば全て元通りになっているはずだ。今まで騒ぎを起こしても翌日にはすっかり修正されるこの事象を、俺はゲーム世界の『ご都合』と呼んでいる。朝にはレナの部屋も綺麗に修繕されているはずだ。
握っていたカケラは、いつの間にか俺の身体に吸い込まれて掌の中で鈍く光を放っていた。
脳内にカケラのカウントが刻まれる。
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残り九個のカケラを探すのに一体どれほど時間がかかるのか……俺が活動できるのは満月の夜だけ。しかも普段はNPCと同じで、夜になると強制的に眠くなり寝てしまう。
少なくとも全て集めるのに十カ月は必要ということか。
ズキン!
考えることを止めろとシステムに言われているかのように頭痛が酷くなり、意識が曖昧に……嫌だ、せめてレナの身体を覚えているうちに自分を慰め……
ハッ!
目が覚めると朝だった。
どうやらそのまま倒れていたらしく、緩くなった衣装を脱ぎ、目の前の姿見で自分の姿を見る。
銀髪に力強い黄金の瞳。整った顔立ち、すらりと長い手足と身長にイケボ。そしてたっぷりとした大きな柔らかい胸に引き締まったウエスト。
鏡に映るのはデュアルシステムの……女の方のリンゼル・レイヴンハートだった。