2-18 すすめ、第2電戦研!
高校生電子スポーツマンのあこがれ、夢の全国大会に出場できるのは、各校につきひとチームのみ。 ただ一枚の切符を巡り、南星高校第2電脳戦技研究会の面々は、宿敵・第1電脳戦技研究会との校内試合に挑む!
みよ、これが令和のエレクトリカル・スポコンだ!
[1] プランはB
止め処なく流れるグループチャットを逐一確認しながら、ビル陰で息を潜めることしばし。汗ばんだ手のひらを上着に擦り付けた。口の端が僅かに歪む。凝り固まった指の関節を鳴らしてジョイスティックを握りなおし、乾き気味の唇を舌で僅かに塗らした。
――緊張すんな、私。
微かな体の震えは緊張ゆえか、高揚ゆえか、はたまた効き過ぎた空調ゆえか。おそらくは全て。
”ごめん! 突破されたx_x;”
"ドンマイ"
フラグ赤の着信音。定型句で返す。よし今だ。事前に登録していたメッセージを呼び出し、チャットに貼り付ける。
"ならばプランBだ"
いっぺん言ってみたかったんだよね。
”やはりプランBか……いつ発動する?”
”今でしょ!”
”ぶちょ~、指示ヨロ^^”
好き勝手なメッセージがチャットに飛び交う。ノリの良い奴らめ。ロールプレイもまた、この競技の醍醐味だ。私もポストしちゃお。
"問題ない。作戦は順調に推移している"
作戦概要のPDFを一斉送信する。全員分の既読が付いた。”THX!”のコメントがちらほら。極めつけだ。私はキーボードに目線を走らせた。勢い任せのエンター。
”第2電戦研、ファイッ!”
”オーッ!!”
チャット欄が鬨の声と好戦的なスタンプで埋まる。私も心中で雄叫びを上げながら、苛烈さをさらに増した戦場に躍り出た。
「2」 走れ軟弱者
走る、走る――。
初夏。例年に増して照り付ける五月の太陽は容赦なく路面を焼き、眩い。
「いちね~ん、遅れてるぞー! 声出してけー!」
先導する相田 瑞希は、私のすぐ前を走る新入部員めがけひっきりなしに檄を飛ばしている。その体力には感動すら覚えるが、出来ればもう少しペースを落として欲しい。
「カノン! 後輩の背中をもっとせっついてやんなー!」
……見透かしたようにお鉢がこちらに回ってくる。が、検討の余地なし。彼女の要求は即座に棄却する。
私、沢崎 夏遠が殿を務めているのは後輩を見守るためなのだから、責任ある立場としてそんな暴挙に出るわけにはいかない。だからペースをですねぇ、ちょっと落としてもらえませんかねェ!
恨みがましい視線を先導者に投げる。肺の底に水が溜まったような不快感は増すばかりだ。もう息も絶え絶えである。
尤も瑞希との付き合いは長い。むしろせっつかれているのは私だ。私の体力事情を勘案して水を向けているのは明白で、こうして私がギリギリついていけるペースを保っているところからもそれは窺える。体力馬鹿め。くそう。
「部長、なんか顔色ヤバイっすけどだいじょぶです?」
「のーぷろ」
わざわざ併走しに来てくれた後輩に応える声は短い。もはや長文を喋る余力は無く、暑さに粘つく大気に今にも溺れてしまいそうだ。
「ラストスパート! ファイッ」
「オー!」
瑞希の檄が飛ぶ。部員が鬨の声を上げる。
ひょぇ、間抜けな悲鳴が喉を通り過ぎた。口を開ければ魂ごと飛び出していきそうで仕方なく、私は懸命に足を動かす。
残り100m。ただそれだけの距離が、今はあまりにも遠い。
――そも、私は何でこんなことしてんだろう。凝り固まった筋肉をストレッチで伸ばしながらふと思った。ほぼ毎日浮かぶモヤモヤ、n度目の疑問である。
「ねえ瑞希ぃ、やっぱこれさぁ、キツくない?」
「あがががが」
親友で副部長の瑞希に話を振ったが、彼女は後輩に背を押されて苦悶の声を上げるばかりだ。きっと体力の代償に柔軟性を失ったのだろう。しらんけど。
「ジブンも同感っス。文化部みたいなツラして実状はゴリゴリの運動部ですもん! なんスかこれ詐欺じゃん!」
代わって私の意見に語気強く同調したのは、2年生筆頭の幸島 明理である。後輩部員の取りまとめ役で、次期部長の最有力候補だ。私も可愛がってる。
「しゃーないっしょ。健全な肉体と精神を育むものしかスポーツって認めない偉い人が多いんだから」
はしたなく床で大の字になった瑞希が、いつもの愚痴で返す。
私も壁にもたれて楽な体制をとると、一応は恩師に当る教師の顔を思い浮かべた。
「学校に活動認めさせた顧問には感謝してるけど、こんな準備運動が条件ってさぁ」
やってらんねぇの一言に尽きる。瑞希はやれやれとばかりに身を起こした。
「あたしはもう割り切ってるよ。体動かすのも気持ちいいし」
「そりゃ、運動部気質のパイセンはそーかもしんないですケド。ジブンらみたいなインドア派からすると堪ったもんじゃねっスよ。ね、部長」
明理が口先を尖らせる。私も大いに頷いた。
「ねっスねっス。まあ体型維持に役立ってるのは確かだけど……」
朝昼晩の三食に間食を挟んで一日五食の生活をしていても体重の増加曲線が緩やかなのは確かだけど、こう、釈然としない。だって――
「だって私ら、「電脳戦技研究会」だよ?」
われら南星高校第2電脳戦技研究会の、その本懐は「電子スポーツ」であるからして。
[3] 切符は一枚
「ヒェア! 野郎ども! 試合だァ!」
「野郎は先生しかいませんよ」
第2電戦研は部員全員が女子であるため、部室は暗黙の了解で男子禁制である。
まぁ例外も多い。顧問の大迫教諭もその一人だ。恩師として尊敬の念がないではないが、しかしこのデリカシィの無さはない。せめてノックしろ。
「沢崎は細けぇなァ。それよか、次の大会の詳細出たぞ」
「おぉー!」
大迫先生は小脇に挟んでいたポスターを広げる。部員たちは興奮を隠そうともせずに声を上げた。
「全国高校生電子競技大会」。通称、全高電。
今年で4年目を迎える高校生対象の競技会で、全国大会に出場できればテレビ中継もされる。5年前にオリンピック競技に採用されたE-Sportsの注目度は高い。
全国でいい結果を出せば国内外のプロチームからお呼びがかかるかもだし、大会スポンサーから商品が出たりするので競技人気も高い。裏を返せば激戦だ。
「お前らSSAか?」
「はい。第1も?」
「おう」
頭の奥が冷える。「SSA」というのは「Sweet-Song ABC」というゲームの頭文字だ。ジャンルはFPS。その可愛らしい響きと裏腹に、荒廃した地球を舞台に全長5mのロボット「OS」を駆り戦うゴリゴリのSFシューターだ。VR完全対応で、コクピット視点で見る臨場感が凄いと人気のタイトルである。
全高電ではこのうち、チーム対抗戦が指定競技となっている。そして一つの競技に対し、参加できるのは各校1チームのみ。つまり……
「校内試合、ってワケっスね」
明理が意味深につぶやいた。
[4] ブリーフィング
「俺としては、第2さんにはギブアップしてもらったほうがいいと思うんだがね。時間の無駄でしょ? これ」
分厚い眼鏡がぬるりと光を反射する。開口一番に憎まれ口を叩いたのは鷹守 逸平。第1電戦研を束ねる男である。
彼の背後に控える第1の面々は一様に、不躾な視線を送ってきた。
「はン、そう言ってられんのも今のうちよ。吠え面かかせてやる」
「部長、それこっちが小悪党みたいなんでやめて欲しっス」
腕組みして不遜に告げた私に、明理の苦言。いやいや、やはりこれくらいの気概がないと。舐められたら"負け"だ。
私の背後に居並ぶ第2の面々も、敵愾心をありありと込めた視線を敵方にくれている。士気が高くて大いに結構。
「茶番は結構。こっちも忙しいんだ。さっさと済ませましょうや」
鷹守はこれ見よがしに嘆息した。
「このっ…………よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
振り上げた拳をを握手に変えて。憤懣遣るかたない私と涼しい顔の鷹守で握手を交わし、両陣営は別室に分かれた。
これより10分のブリーフィングの後、市大会出場の切符をかけた試合が始まる手筈だ。
「――というワケで。今日はとにかく奴らをボコす」
「おいおい」
私怨十割で切り出した私に、瑞希は呆れ顔だ。私は咳払いした。そう悠長にもしていられない。
「めんご。時間ないし手短に。レギュはフラッグ戦で、ステージは《廃都市》」
「《廃都市》か……レーザーは運用難しそうっスね」
思案顔の明理が呟いた。彼女は砲兵だ。OSには高射程・高威力のレーザー砲を装備している。平坦な地形なら猛威を振るうレーザーも、遮蔽物だらけの都市ではその真価を十分に発揮できない。そう考えてのことだろう。
「明理は地形破壊極振りでいこう。狙撃屋が陣取れそうなポイント崩して、乱戦に引きずり出す」
「とすると、どこ崩すかは慎重に考えないとっスね。レーザーはインターバル結構あるし、出オチありうるっていうか」
明理の懸念は的を射ている。確かにそうだと頭をひねっていると、瑞希が提案してきた。
「じゃあ、まず斥候を出すってのは?」
「斥候?」
「そ。涼子は乱戦の連携まだ荒いし、いい感じにビビってるから斥候いけるっしょ」
瑞希が網月 涼子の肩を抱いた。今年入ったばかりの1年生で、土壇場の判断力は目を見張るが、若干弱気なのが玉に瑕。確かにまだポジションが定まっていない。
「斥候っていうか、体のいいオトリですよね……」
涼子は半笑いになった。うん、判断力も問題ない。私は曖昧に微笑んで誤魔化した。
「それで行こう。瑞希の案を採用する!」
そういうコトになった。
<つづく!>