2-17 ナイト・ミュージアム・デスゲーム
アプリ懸賞で当選したナイト・ミュージアム脱出ゲームに参加した
タカシ、ケンヤ、ミキの幼馴染3人組。
ただのアトラクションと思ったそれは、一方通行のデスゲームだった ――!
比較的低予算で済む目新しいアトラクションとして、脱出ゲーム、というものが催されるようになったのはいつからか。
季節ごと、或いは流行りのアニメとのコラボといった形で通年あちらこちらで開催されている。そんな脱出ゲームを正に今開催している会場の入場口前で、タカシは深々とため息をついた。
「なんで俺がこんなのに付き合わなきゃならんのか …」
「諦め悪いぞータカシ」
と、ぐったり項垂れるタカシの肩を抱きこみながら笑うのは、同じ大学に通う幼馴染、ケンヤだ。その腕を鬱陶しそうに外し、タカシはさらに愚痴る。
「大体、急に呼び出しといて、呼びつけた奴が遅刻とか …」
「ごっめーん! バイト長引いちゃってー!」
バタバタとした足音を立てて駆け寄ってくる女性の姿に、タカシはため息を、ケンヤは片手を挙げて応じた。
「でかい声出すなよミキ。恥ずかしい」
「なーによ、どーせあんたら以外いないじゃない」
「お前が遅刻しまくったから皆とっくに入場しちまったんだよ!」
「まーまー、お2人さん。言い争って無駄な時間食うの、やめよーぜ。結構入場時間ギリなんだからよ」
ケンヤが手馴れた感で間に入ると、ひとまずタカシとミキのにらみ合いは解除される。
手馴れるのも道理、この3人は幼馴染という腐れ縁であり、期せずして揃って地元の同じ大学に通っている間柄なのである。まあ流石に専攻は別だが。
「せーっかく当たったチケット回してあげたのにー。感謝が足りないぞー」
揃って入場口に歩き出しながらミキが手に持ったスマホを見えるように振れば、ケンヤがそーだそーだと同調する。
「それに、脱出ゲーム好きだろ、お前」
「俺が好きなのはソフトゲームであって、リアルじゃねーよ。大体、何の懸賞だよ、夜の博物館脱出ゲーム参加権って」
「えー? 何だったっけ?」
「オイ」
入場口に立つ受付嬢にスマホを差し出しつつ、ミキはタカシへと振り返った。
「アプリでさー、興味ある懸賞に自動エントリーしてくれるのがあってさ、それで当選通知が来たヤツだから」
「え、それ大丈夫なん? 個人情報とか」
ギョッとするケンヤに、ミキはあっけらかんと笑う。
「大丈夫大丈夫ー。元々カードとかないしー。便利だよー」
「お客様。あの …」
恐る恐る、という声音で会話に割り込んできた受付嬢の声に、3人は一斉に「はいっ」と彼女に向き直った。その揃った動きに一瞬びくりとした受付嬢は、すぐに営業スマイルを取り戻し、
「たいへん申し訳ありません。このアトラクションは5人一組で参加していただくものでして …」
「えー!?」
ミキが驚声を上げるが、タカシは即座に踵を返し、ケンヤに襟首をつかまれて「ぐえっ」と呻いた。
「なんとかなりません? 有効期限今日までなんで」
受付け上はミキに迫られて引きつつ、
「ですがそれが参加規約ですので」
と拒否の姿勢を変えない。
「そんなぁー!」
諦めのつかないミキが入場口前でぴょんぴょん跳ねても受付嬢の営業スマイルに変化はない。さすがに脈なしと判断したケンヤはタカシと共にミキの肩に手を置いた。
「諦めろ、ミキ。ルールを確認していなかったお前が悪い」
「ケンヤの言うとおりだ、諦めろ」
「だってー!」
と、幼馴染3人がわちゃわちゃしているのをよそに、突如自分の耳に手を当てた受付嬢がうろたえた声を上げた。
「え!? え、ホントにいいんですか? あ、でも、あ、はい、そういう事なら、はい、判りました」
客そっちのけでスタッフ連絡にかまけ始めた受付嬢を見て唖然とするミキと、周囲を見回してカメラを発見し、ケンヤにそれを指し示すタカシ。
「結構ちゃんと見てんのな」
「入場の制限ギリだからじゃね?」
「なる」
そういう、やや微妙な間の後に改めて幼馴染3人組に向き直った受付嬢は、こほんと空咳を1つ吐いて、にこりと微笑んだ。
「失礼いたしました。只今上席から本日最後のお客様という事ですので、今回特別に御3名様でご案内するように申し付かりました。ただ、この件に関しましては御内密にお願いいたします」
「ありがとうございますっ!」
と素直に飛び上がるミキとは逆に、男2人は肩を寄せ合ってバツ悪げに囁き合う。
「―― なあ、俺たちってさ …」
「ああ。チケット有効期限ギリはともかく、参加人数やら受付時間ギリギリやらで1つ間違えば … いやもう完全にメーワクな客だよな」
「だよなあ。どーする? 今ならまだミキ引きずって帰れば間に合うぜ?」
「ケンヤ … お前、あれ止められる?」
「―― さっき止めてすまんかった。俺もあん時Uターンするべきだった」
「今さら …」
タカシとケンヤは、目の前で喜びを隠そうともせずスマホ画面の読み取りをしてもらっているミキを死んだ魚のような目で見やりながらそう零した。
そして喜色満面で振り返り、2人の手を引っ張るミキから目を逸らしたタカシは、替わりに目が合った受付嬢の言葉に小さく頭を下げた。
「このアトラクションの出口は、こちらではなく反対側の出入り口となります。そのドアに入られた後の逆進はできません。制限時間や細かなルールは最初のルートにてチュートリアル解説が入ります。お聞き逃しのない様お願いいたします」
そして受付嬢は深々と頭を下げた。
「それではどうぞお気をつけてお楽しみ下さい。―― 楽しめるものなら」
「―― は?」
受付嬢の不穏な言葉はタカシにしか届かなかったのか、振り返った彼を尻込みしていると思ったらしきミキが強引に引っ張っていく。
「ホラ、ビビッてないで行くよ!」
「いや、ビビッてる訳じゃ …。ちょ、引っ張んな!」
受付嬢は、仲良さげにわちゃわちゃとエントランスに入っていく3人を見送った後、営業スマイルをすっと引っ込めた。
「なーんせ大人限定ナイト営業だもんね~。中の仕掛けってば力作過ぎて制限時間一杯一杯だって話だし。楽しんでる余裕なんかないだろうしねぇ。玄人の本気舐めちゃダメよ~。頑張ってね~」
てきぱきとクローズ作業しつつクスクス笑って、受付嬢は最後に照明まで落としてその場を立ち去った。
明日の休みは買出しだー、と呟きながら。
エントランスに何故かポツンと立っているドアを開けると、正面に向かってまっすぐ伸びる廊下が、そしてその両側がすべて水槽となっており、抑えられた照明のため、まるで水の中を歩いているような演出になっていた。それに思わず歓声を上げた3人は、両側に忙しなく視線を向けながら進んだ。
「ひゃー、キレイ!」
「金かけてんなー」
「この博物館、こんな水槽あったか?」
などと口々に感想を述べながら色鮮やかな魚群を眺めていると、どこからか少し幼い感じの声が流れてきた。
「やあ! ナイト・ミュージアム脱出ゲームへようこそ~! 今からルールの説明をするよ! 最後までちゃんと聞いてね! 後悔するよ!」
幻想的なこの場にそぐわぬはしゃいだ声に、3人が苦笑を交わす間に、音声は説明を続ける。
「制限時間は40分! そしてまずルール1つ目! 逆走はダメ! おしおきがあるからねー! 2つ目! 各部屋の課題をクリアしないと次のドアは開かないよ! ズルしたらやっぱりおしおきね! 3つ目! お手つきは3回まで! これもオーバーしたらおしおきがあるよ! 途中で出会った別パーティとの協力はOK! でも1つ目の部屋だけは前のパーティが出なくちゃ開かないよ! 説明は以上! さあ、頑張って生き残ってねー!」
始まりと同様に唐突に終わった音声に顔を見合わせた3人は、水中散歩を楽しみながら10メートル程先のドアへと足を進めた。
なんとなしに先頭になったケンヤがドアノブを回そうとして手を止めた。
「あ、前のが終わってないっぽい」
言われてミキもタカシもドアに寄ってみれば、かすかに悲鳴のような声が聞こえる。
「ムズイのかな?」
とミキ。
「おしおきってヤツ? どんなんだろ?」
そう続けたケンヤに、
「夏だからなー。冷気バシューってやつ? バラエティとかでよくやってるアレ」
とタカシが返して笑い合っていると、ケンヤが手にかけていたドアノブが不意に回った。ケンヤは疑う事なくそれを手前に引く。
「お、開いた ――」
一瞬、目前に突きつけられたのは、巨大な爬虫類の凶悪で赤く濡れた鼻面。
ゴフッという生臭い吐息を1つ残して消えたそれは、ケンヤにしか見えていなかった。何故なら、ミキはまだ水槽に目を奪われていたし、そしてタカシは逆側の水槽を ――。
「嘘だろ、メガロドン ――?」
視界すべてを覆わんばかりの巨大鮫にじろりと睨まれて絶句していたのだ。
何かがおかしい、と思った時には、くぐってきた入り口のドアは跡形もなく消えていた …。
―― さあさあ頑張って生き残ってね!
これはナイト・ミュージアム脱出ゲーム。
後戻りはできないよ!
キャハハハハハ ……。