2-16 パパ、もうすぐ素敵なカレシを紹介するから!
魔王ガトルヌスの一人娘、キラシェリー。
誕生日に七歳の立派なレディーとなったキラシェリーは、父親である魔王にお願いを告げる。
「素敵なカレシを見つけるから、旅に出るわ!」
それはもはや、お願いというより決定事項であった。
魔王による嘆きの雷鳴が轟く中、お気に入りのイケメン執事アンラック(不幸体質)を連れ、お小遣いの入ったお財布と愛読書「運命の出会い百選」を持っていざカレシ探しへ!
娘が心配でたまらない魔王ガトルヌスが愛らしい小動物(全て強面)に姿を変えてこっそり後を付けようとしたり、イケメン執事アンラックがそれに気付いて阻止したり。
水面下でのドタバタ騒ぎも盛りだくさん!
そんな中、キラシェリーは運命の出会いを繰り返す。
素敵なカレシを作って、パパに紹介するために!
暗雲が立ち込めている。
比喩ではない。いや、比喩でもあるのだが。
「い、今、なんと言ったのだ……? 我が娘、キラシェリーよ」
現在、魔王城上空はまさしく暗雲で覆われている。
それもこれも、魔王の情緒が著しく乱れているためだった。
「え? パパ、キラの誕生日プレゼントに何でも願いを叶えてくれるって言ったでしょ?」
「ち、違う! その後だ、その後!」
玉座から立ち上がり、全身を震わせて凄む様子に誰もが恐れ、ひれ伏している。
魔王ガトルヌスはただでさえ巨大な体躯に強面で、大人でさえ泣き出す恐怖の権化たる存在だ。
そんな彼が凄めばどうなるかなど赤子でもわかる。失神者が続出である。
しかしそれほどの恐怖を前にしても、全く怯まない存在がいた。
それが魔王ガトルヌスの一人娘、キラシェリー七歳である。
陽が沈みかけた空の色をした美しい髪がふんわりと肩下で揺れており、太陽色の大きな瞳をキラキラと輝かせた美少女だ。
キラシェリーお披露目の際は、父に似なくて心底良かったと魔大陸中の者が涙したという噂である。
さて。そんな美少女キラシェリーは、現在進行形で天候をも荒れさせている父親の前で腕を組み、仁王立ちでふんすと鼻を鳴らした。
「素敵なカレシを見つけるから、旅に出るわ!」
「な、な、何だとぉぉぉぉっ!?」
激しい稲光と共に轟音が鳴り響く。どうやら魔王城の真横に落ちたようだ。
「そ、そんなものより、世界の半分はどうだ? な? キラシェリーよ」
「そんなものって何よっ! 世界の半分こそ『そんなもの』じゃないっ!」
プレゼントに世界の半分を提案する父も、それを「そんなもの」呼ばわりする娘も大概なのだが、今の魔王とその娘にツッコミを入れられる者などこの場にはいない。
「い、いや。まだお前には早いと言いたいのだ。運命の相手は、必ずキラシェリーの下にやってくる。そう、美しい黒馬に乗ってな!」
「はぁ……パパ? 私はね、もうそんな絵本に出てくるような夢物語を信じる年じゃないのよ?」
「す、すまぬ」
そうは言ってもキラシェリーはまだ七歳になったばかりである。
しつこいようだが、この場にツッコミを入れられる者などいないのだ。
「困った時にはいつでも駆けつけてくれて、ワガママを何でも聞いてくれて、記念日にはいつも黒百合の花束を贈ってくれて、毎日私の好きなところを十個ずつ囁いてくれて、切れ長な目とスッと通った鼻筋を持つ、一見クールで中身は情熱的な背の高い細マッチョなカレシがほしいだけだもの。絵本の王子様に夢見る子どもじゃないのっ」
「そ、そうか」
この場に、ツッコミを入れられる者はいないのである。
「しかしだな。ならば、余計に世界の半分を貰った方が手っ取り早いではないか。お前の誘いを断る者などいなくなるのだぞ? 我にかかれば容易いことぞ」
「そんなのイヤっ! 私のことが好きなのかな? どうなのかな? ってドキドキしたいし、私のためを思って自分の気持ちに嘘を吐いて、時に拒否されてショックを受けてみたいの! もちろん、最後には全てを許して愛し合うのよ! そういう普通の恋がしたいの! ぜーったいに邪魔しちゃイヤ!」
「普通の恋、だと……?」
「うん! だから今から旅に出るの。準備だって完璧よ? アンラックも連れて行くし!」
キラシェリーがサッと手で指し示した先には、闇夜色の髪をサラリと揺らす彼女専属執事のアンラックが隙のない礼を見せていた。
彼はとにかく不幸体質なのだが、それを補って余りある仕事をしてくれる彼女のお気に入りだ。
それに、キラシェリーにとって彼の不幸体質は好都合でもあった。
ちなみに、彼を専属に選んだ理由は顔の良さである。高身長なのもポイントが高い。
「お金だって、ずっと貯めてたのを使うんだから」
キラシェリーがサッと肩がけのポシェットから取り出したのは、デーモンの顔がプリントされた子ども用のお財布である。キモかわいいと城下町で人気のキャラクターだ。
両手でブンブンと振られたお財布からは、ジャラジャラという音が聞こえてくる。
中身は全て金貨だ。三枚で豪邸が建つ。
「キラは今日から七歳なのよ? もう立派なレディーなの! だからパパ、心配しないで!」
ガサゴソとポシェットにお財布をしまうと、キラシェリーはニッコリと父親に向けて微笑んだ。
「帰ってきたら、素敵なカレシを紹介するからっ! 楽しみにしてて!」
「ノォォォッ!!」
いくつもの稲光が降り注ぐ中、キラシェリーはご機嫌で自分の従者を引き連れて城の外へと向かう。
なお、父である魔王の叫びと引き止める声は激しい轟音に掻き消され、キラシェリーの耳に入ることはなかった。
☆ ☆ ☆
優秀な従者アンラックの魔法により、一瞬で郊外にやってきた二人。
キラシェリーは早速、己の従者に無理難題を指示していた。
「アンラック! パパが追跡してきたら阻止して!」
「かしこまりました、キラシェリー様」
しかし、魔王ではなくキラシェリーに忠誠を誓っているアンラックは二つ返事で了承した。
本来、魔王による追跡からは誰も逃れることは出来ないはずのだが、有能なアンラックに不可能はないのである。
「ありがと。さーて、まずはこの先にある町でイケメンを探すわよ!」
ウキウキで声を弾ませるキラシェリー。だが、アンラックの表情は暗い。
「あの。今さらですが、私が一緒に行っても良かったのでしょうか。私がいない方が、キラシェリー様の望みは叶うと思うのですが」
本人の言う通り、かなり今さらな発言である。
言われたキラシェリーもきょとん顔を披露していた。大変愛らしい。
「キラシェリー様は、私とは真逆の幸運体質ではありませんか。私がいない方がお望みのイケメンにすぐ出会えるかと」
「なぁんだ、そんなこと気にしていたの?」
申し訳なさそうに告げるアンラックの憂い顔もまた美しい。さすがは、キラシェリーのお眼鏡に適った容姿である。
そんな彼の頬にそっと小さな手で触れたキラシェリーは、ふわりと笑って口を開いた。
「キラとアンラックが一緒にいると、やっと普通になるでしょ? ラッキーでイケメンと結ばれたらつまらないわ。キラは真の運命の出会いをしたいの!」
キラシェリーはポシェットから愛読書である「運命の出会い百選」を取り出した。
かなり分厚い本だが、魔法のポシェットの容量は無限にあるので問題はない。
パラパラとめくっては、はぁと熱いため息を吐いてうっとりとする。
キラシェリーはこの時間がとても好きだし、いつでも何時間でも自分の世界に浸っていける。
しかし今回はすぐにパタンと本を閉じたかと思うと、ビシッと人差し指でアンラックを指差し、強気に言い放った。
「それに! キラがいなかったらアンラックはあっという間に事件に巻き込まれて大怪我しちゃう。絶対にキラから離れちゃダメよ?」
「キラシェリー様……」
キラシェリー自身はその不幸体質を利用しているだけなのだが、根本に彼を大切にしようという気持ちがあることをアンラックは知っている。
たとえそれが好みの顔ゆえであっても、アンラックはこんな自分を拾って側に置いてくれるキラシェリーに深く感謝しているのだ。
だからこそ、彼は魔王ではなくキラシェリー自身に忠誠を誓っている。
「我が主様は本当にお心が広い。愛らしさは日に日に増していますし、美しい髪には今日も天使の輪が輝いております。太陽のような瞳に、私はいつも見惚れすぎてしまわないようにするので精一杯です」
「んふっ! アンラックったら、今日もたくさん褒めてくれるのね。もっと言って!」
表情を変えずに告げる褒め言葉でさえ、キラシェリーは心の底から喜ぶ。
表情に出ないだけで、本心で言っていることがキラシェリーにもわかるからだ。
町の方へと歩みを進めながら、アンラックは日課にもなっているキラシェリーへの褒め言葉を十個ほど上げ続けた。
「わぁぁぁっ! 危ないっ! 避けてくださいぃっ!」
「えっ?」
突然、背後から慌てたような叫び声が聞こえてきた。
キラシェリーが振り返ると、一台の箱馬車がものすごいスピードでこちらに突っ込んでくるのが目に入る。
どうやら、馬が暴走しているようだ。御者台に座る初老の男性が必死で手綱を握っているが、どうにもならないことは一目瞭然だった。
「キラシェリー様、失礼いたします」
「わ、ぁ!」
護衛も兼ねているアンラックは一言そう告げると、流れるような動作でキラシェリーを片腕で抱き上げる。
そのまま高く跳び上がると、もう片方の腕で魔法を放ち、暴れる馬の動きをピタリと止めてみせた。
「アンラックったら、見た目に反して力持ちなのね。隠れ細マッチョ? 素敵ね!」
「お褒めに与り光栄です」
そのまま音もなく着地したアンラックは丁寧にキラシェリーを地面に下ろすと、胸に手を当てて礼をした。
「ああっ、大変申し訳ありません……! お怪我はありませんか!?」
その時、馬車のキャビンから一人の青年が下りてきた。
美しい金髪に青い瞳。整った顔立ちに高身長。
物腰も柔らかく、声も程よく低くて心地好い。
「運命の出会い、その二十五だわ……!」
キラシェリーの胸はときめいた。
こちらに歩み寄る王子様系イケメンの青年を見つめ続けながら、キラシェリーは思った。
(パパ、もうすぐカレシを紹介しに帰れるかもぉっ!)
キラシェリー七歳。
初恋は、暴れ馬車とともにやってきたようである。