2-14 地域の広報キャラクターをデザインした、ある一介の公務員 ~彼の功罪とは~
地方某市の市役所職員は、趣味の同人活動が職場に発覚した事で、副業禁止違反を問われ窮地に立たされる。
彼を救ったのは、市の広報キャラクターのデザインを任せたいという、市長の一声だった。
広報キャラクターとなると、地域の特徴を体現させるのが望ましいが、高度成長期にベッドタウンとして開発された某市には、これといった特徴がない。そこで彼が思いついたのは、昭和の末頃から増え続けている、ブラジル系労働者の存在だった。
ブラジル系の女性をモチーフとした広報キャラクターの好評を受け、外国人労働者の受け入れ拡大を図る政府により、その手法は全国へと広がっていく。
主人公はパイオニアとして多くの人の支持を集め、国内外のマスメディアへ登場する事で一躍、時の人となる。
一方、反発する移民反対派からは〝国賊〟として誹謗され、さらにはテロの脅迫にまでさらされる様になり……
市役所職員となって二年目となった三月の、ある日の朝。
僕は出勤してすぐ、課長から呼び出された。課長は典型的な体育会系の脳筋で、僕にとってはどうにも苦手な人だ。
「お前が副業をしているという通報が市にあったんだが、事実だな?」
「副業?」
「しらばっくれるな! 何とかマーケットとかいう、オタクとかの集まる気色悪いイベントに店を出していたんだろう! 証拠写真もあるんだぞ!」
課長はプリントアウトされた一枚の写真を、僕に突きつけた。
そこには、東京ビッグサイトで昨年末に開催された同人誌即売会で、サークル参加して同人誌を販売している僕が映っていた。
明らかに隠し撮りだ。会場の禁止事項なのだが、今ここで、それを言ってもはじまらない。公務員は副業が禁止されており、僕は服務規程違反を問われているのである。
「いや、これはあくまで趣味でして…… 利益も出ていませんよ」
「困るんだよ! 市民の中には、行政のアラ探しをして、苦情を言い立てる手合いもいるんだから! いい歳して下んない事やってないで、さっさと卒業しろっての!」
課長は一方的に僕を怒鳴りつけてくる。
趣味をとやかく言われる筋合いはないが、一応は金銭で販売という体裁を取っている以上、今後の活動は難しくなると、僕は観念した。
また、上司の心証以上に、〝通報した市民〟というのが気にかかった。僕が市職員で、かつ同人イベントにサークル参加しているのを知っている事になるからだ。
プライバシーを職場で語った事はないし、僕が参加したイベントは、地元から新幹線で二時間はかかる、東京での開催だ。
アンチからネガティブな感想を受ける事はしばしばあったが…… 職場を調べ上げ、嫌がらせでも仕掛けてきたのだろうかと、僕は疑った。
「まあ、それはそれとしてだ。お前、カネを取って売れるレベルの漫画が描ける訳だな」
「一応は」
これでも僕は大学の頃、アルバイトで漫画家のアシスタントをしていた経験がある。
だがプロデビューをしたところで、一生食えるのはごく一握りという厳しい世界という事は解っていたので、卒業時に地元へ戻り、公務員となる道を選んだのだ。
堅実な生業を得た上で、クリエイターとしては同人活動を細く続けて行こうと思っていたのだが…… どこかの誰かの、恐らくは悪意ある通報で、それも難しくなってしまった。
「今時の漫画とかアニメ風の絵で、あちこちの自治体がイメージキャラクターを起用しているだろう。市長がよ、ああいうのを、うちの市も出来ないかとか言うんだわ」
「は?」
意外な話の流れに、僕は思わず耳を疑った。
「外部に依頼すりゃ予算が必要だけどな、市民の血税をそんな下らん事には使えん。職員の自作なら費用もかからんから、お前にやらせろという話になったんだよ」
アニメ/漫画調のイラストを広報に起用する自治体が増えているので、うちの市も流行に乗りたいが、先立つ物がなくて二の足を踏んでいたという事らしい。
だが、この部署は教育課で、市広報を担当する様な処ではない。僕に担当させようという話は、一体どこから出たと言うのか。
課長が上層部へ僕を売り込んだとも思えないのだが……
「ちょっと待って下さい。僕が即売会に参加していた事が問題になったという件、どこまで話が広がっているんです?」
「お前が何とかマーケットとやらで漫画本を売ってるという通報、実は、市長へ直に来てな。で、上司の俺が市長に呼ばれたって訳だ」
「そうでしたか……」
「公僕にあるまじき行為として、厳正な処分が適切と考えますと頭を下げたら、〝画才のある職員がいるなら積極的に活用したい〟とか言い出しやがってよ。良かったな、命拾いして」
課長は吐き捨てる様に言うと、僕をジロリと睨んだ。
この人はアニメや漫画のたぐいが大嫌いで、最近の教科書や教材にそういったイラストが活用されている事を、口汚く批難する事がしばしばあった。当然、市のイメージキャラクターに、その様な画風を使う事にも反対なのだろう。
「ところで、どういうキャラクターがいいんです?」
「俺はそういうのが全く解らんのでな。今日は金曜だ、土日の間に適当に描いとけ」
課長としては、市長の指示で無ければ、一切関わりたくなかった案件なのだろう。
業務である以上、土日の休日に私的な時間を使えという指示は筋が通らない。だが、事の発端が、同人活動を副業禁止規定違反と叱責された事なので、拒否出来る様な状況でもなかった。
*
帰宅した僕は、どの様なキャラクターにした物かと考えた。〝適当に描いとけ〟と言われた以上、お任せという事になる。
経緯はどうあれ、任されたからには、市を象徴する様なキャラクターにしたい。だが困った事に、我が市は高度成長期に開発されたベッドタウンで、誇れる様な特徴が見当たらないのである。
他自治体の例を見ると、地元の名物や偉人、伝承などをモチーフとした物が多い。一方、我が市に何があるかと言えば、コンクリートの集合住宅が建ち並ぶ巨大な団地と、中産階層が住む分譲住宅地やマンション街、そして全国のどこにでもある様な大型のショッピングモールがあるだけの、何ともつまらない街である。
住民の大半は隣接市の製造業で働いているので、職場は我が市ではない。その為、彼等の従事する産業を、我が市自身の事としてとりあげるのも難しい。我が市にも昭和末期に工場を誘致する動きがあったそうだが、残念ながらバブル崩壊で頓挫して現在に至っている。
歴史が浅い街なので、郷土芸能とか伝統の祭礼、民間伝承といった物も当然にない。
あえて言えば、隣接市の企業に就職する為、住民が全国から集まってくるのが、めぼしい特徴となっている。特にバブル期からは、国内だけでなくブラジルから日系人が働き口を求めて移住してくる様になっていた。
当初は帰国前提の出稼ぎが多かったのだが、今では定住指向が多数派で、日本で生まれ育った次世代も、受け入れ初期の頃の人は三〇代となっている。
「そうか、ブラジル系住民をモデルにしてみたら……」
日系ブラジル人が多いのが我が市の特徴というなら、彼等をモチーフにした広報キャラクターというのも一案だろう。
ふと心配になったのが、近年、行政が起用したキャラクターに対し、フェミニズム活動家から抗議の声が挙がり、問題となるケースが時折ある事だった。
胸が大きかったり肌の露出が多いのが、男性の性的嗜好を意識していてけしからんというのが主なクレームなので、その様なデザインは避けた方がいい。
それを踏まえて描き上げたのは、褐色の肌にスレンダーな体型、髪型はショートカットという、ボーイッシュで長身な二〇代前半の女性というキャラクターだ。
出来映えは気に入ったが、もう一つ気になる事が出てきた。地域のキャラクターなのだから、日本人にしろというクレームがこないだろうか。
そこで、対になる日本人キャラクターも作成してみた。幼げな容貌の、男子中学生くらいの少年だ。
二人がペアとなる理由付けは…… 親の再婚による連れ子同士の姉弟とすれば自然であろう。
女性側がリードする立場になるので、そういう意味でも、フェミニストからのクレームはつきにくいと考えられた。
「よし、これで行こう」
*
翌週の月曜。
描き上げたデザイン案を課長に見せると、苦虫を噛みつぶした様な顔で、市長にメールで直接提出しろとの事だった。こういう画風が心底大嫌いという事が、一目でわかる。
市長に画像データをメールで送ると、一時間程して、執務室に呼び出された。
市長は昨年末に、政権与党の県支部から推挙され、引退する前市長から禅譲される形で就任した。隣接市にある企業の創業家出身の、三〇代半ばのバツイチ女性…… ぶっちゃけ、出戻りのお嬢様だ。
社会学の博士号を持つが、市長就任まで政治の実務経験は全くない。マスメディアに登場した事もなく、一般人には全くの無名だった。
なぜその様な人物を政権与党が推挙したかというと、実家の資金力と、政治家の男女比改善が近年の課題となっていた為だ。
選挙は一応あったが投票率が低く、対立候補も泡沫と言っていい無名の市民活動家だった為、あっさりと当選している。
就任して間がない為、これと言った業績も失策も、特にはない。
市長は僕のデザイン案を一目で気に入った様で、すぐにGOサインを出してくれた。
「素晴らしい! ブラジル系住民とは、目の付け所がとてもいいよ。クレームもあらかじめ予測して対策しているとはね。君、政治センスがあるよ」
「この街で際立つ特徴は、彼等の存在くらいですから……」
「少子化の進む日本では、外国出身労働者の定住化、地域社会参加の促進は国全体の重要な政策課題だからね。我が市でも積極的に取り組むべき事なのだよ」
実際、僕はそこまで深く考えた訳ではなかったが、大きな行政課題の一つである事は確かだ。
この街に日系人労働者が多く住む様になってから、既に三〇年以上経過しているが、日本人社会との融和は今ひとつ進んでいない。言語の壁や慣習の違いによるトラブルは大分減ったという物の、一体化にはほど遠いのが現実である。
「人口が減れば、地域が衰退してしまうのは明白だからね。我が市は彼等をもっと積極的に導入して、参政権を持つ〝国民〟として組み込んでいく。しかし当然、元々の地域住民の理解も不可欠なんだ。そこで、漫画というコンテンツの力に期待しているんだよ」
ご満悦そうな市長の笑顔に、僕はすっかり飲み込まれていた。