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2-11 トラジック・エデン

 人間と魔族は争っていた。いつから相容れない関係へ至ったのか、文献も、伝聞も残ってない。泥のような固定観念がどこまでも根を張るように。

 繁栄の領土を獲得するため。異なる種族を排他するため。

 そして、穏健を望む者はいつだって被害者だ。

 かつて魔族の幼馴染みを失った勇者は、魔族殺戮の思想をばら撒く王国を変えるべく、魔王討伐の功績を携えて、横暴な政策へ介入しようと試みていた。

 しかし、勇者と魔王が邂逅した時、全てが終わり、全てが始まる。これは勇者の最終回。これは魔王の第一話。

 彼らが辿り着く先は────【トラジック・エデン】。

「みんな、準備はいいか?」

 勇者ことユウキ・レイクスフィアは、これまで冒険を共にした仲間たち(パーティ)へ視線を向けた。

 格闘家のオセは「アンタに心配されるほど、アタシは柔じゃないわッ」と不敵な笑みを浮かべた。

 重騎士のマクベルは「どんな攻撃も、俺が防ぐから安心しろぉ」と親指を立てた。

 射手のラムレットは「援護ならボクに任せるっす!」と弦を震わせつつ己を鼓舞した。

 神官のリアは「回復魔法があるとはいえ、気を抜かないようにしましょう!」と発破をかけた。

 彼らは意を決し、重厚で禍々しい扉をゆっくりと開く。その先はいわゆる“魔王の間”と呼ばれる空間。扉の軋む音は、これまでの冒険で得た悲しみ、苦しみ、分かち合った友情の全てが混ざり、各々はごくりと唾を飲み込んだ。

 魔物によって故郷を失った少女は、愛する者を戦いの中で失った男は、二度と間違ったものを射抜かないと誓った少年は、どん底から這い上がった少女は、自分の過去と旅路を振り返る。そして、勇者・ユウキも彼らと同じく、かつての幼き己を見つめていた。


◆◆◆


「──ほら見て、あれが夏の大星雲だよ。森を抜けた甲斐があっただろ?」

「わぁ……! すっごい綺麗!」

 少年は少女の手を引っ張ったまま、見晴らしのいい丘から夜空を指差した。

 彼らの両眼を輝かせるのは、幾重にも広がる様々な色の星雲たち。この時期にたった数日しか確認できない自然美は、何人もの心を奪ってきたに違いない。

「ここは一番綺麗に見える俺だけの秘密の場所さ」

「ありがとう……。でも、ユウキの大切な場所なのに、私も知っていいの?」

「別にいいんだよ。ヨルには俺の好きなものを知ってほしいし!」

 少年は星明かりで微かに照らされた表情を和ませ、感情を伝播させるように、少女の小さな手を握り返した。やや爬虫類の鱗が侵食した手は、ちょっとザラザラしていて、けれども温かい。

 すると、彼女の頬に一筋の涙が伝い、まるで彗星の軌跡のように零れ落ちた。

「私ね、魔族だからって批難しないこの村が、この村に住む人たちが、この村に映る景色の全てが大好き。今までずっと迫害されてきたから……」

「この村はなんでも受け入れるんだぜ。ヨルだって、ヨルの母ちゃんや妹たちだって、ラミア族の血が入ってるってだけで、大きく括っちまえば俺たちと同じだろ? ここじゃそんなの気にする方が野暮ってもんさ」

「みんながユウキみたいに考えてくれたら、世の中から戦争はなくなるのかな……」

 少女は物憂げに夜空を眺める。

 その姿を見つめながら、少年は学校での授業を思い出していた。

 人類は太古の昔から、魔族と領土や迫害に関する戦争を続けており、少女のように争いを忌避する魔族であっても、容赦なく殺害する固定観念が生まれてしまった。

 彼女たちが命からがら村へ流れつき、早三ヶ月が経とうとするが、当初の警戒心がかなり高かった少女の姿を、少年は昨日のように思い出せる。

 そして、何か思いついたのか「あ、そうか」と少年は目を丸くした。

「俺が世界を変えればいいんだ」

「……え?」

「人も魔族も、見た目が違うだけでみんな同じだろ? だからさ、そんな世界ぶっ壊して、ヨルが安心して暮らせる世界を作るんだ! 決めた、俺の夢だ」

 暗くて少年の顔はしっかり視認できないが、きっと満面の笑みだと思った。少女の頬から、彗星の軌跡が消えた。

「き、きっと大変だよ? ユウキの夢を潰そうとする敵もたくさん現れるよ!?」

「俺が強くなって、そいつらを全員倒す!」

「えっと、じゃあ、王国は魔族迫害が根付いてるから、そう簡単に変えることはできないかもだよ!?」

「俺が勇者になって、何かしらの手柄を立てれば、国の政策に意見を言える立場になれるだろ!」

「うーんと、えっとぉ──」

 少年は、夜空を指していた手で、少女のもう片方の手を握った。不意なことで、少女はひゃいっと可愛らしい声を上げる。きっと頬の赤みも、夜の闇が隠してくれるだろうと信じて。

「なぁヨル、笑ってくれ」

「えっ、え? い、今ここで!?」

「そういう意味じゃなくて……ヨルには笑顔が似合ってる。川に落ちてお互いずぶ濡れになった時の笑顔も、母ちゃん自信作のシチューを食った時の笑顔も、俺がバカなことして母ちゃんに怒られてる時の笑顔も、全部……、全部ヨルの魅力なんだ」

「ユウキ……」

「ヨルが笑顔でいられる世界は俺が作る。だからさ、笑っててくれよ」

 流星が星雲を掠めた。

 二人の吐息が、鈴虫の音色に溶けあう。

「ねぇ、ユウキ」

 少女は強く握り返す。

「その夢、私も真似していいかな」

 少年は返事のように握り返す。

「真似するどころか、その夢を実現した暁には、ヨルが俺の隣にいてくれないと意味ないじゃんか?」

「ユウキ、ありがとう」

 二つの小さな笑い声が、煌めく夜空に吸い込まれる。

 きっとこの空間は、世界で一番平和な空間なはず。

「一つ聞きたかったんだけど、ユウキはどうして私のためにここまでしてくれるの?」

 突然の質問に対し、少年は先ほどまでの威勢を崩し、動揺を隠せない無様な姿で目線を逸らした。

「え? あー、えっと……、それは……っ」

「それは?」

「な、なんでもない!」

 恥ずかしくて真っ赤になる顔色が、朱色に輝く星雲に抜き取られてしまえばいいのに。

 その場を濁した少年は「もう少し大星雲を見ていこう」と提案し、二人は服が汚れて親に叱られることも忘れて寝転んで、草と土の匂いを胸いっぱいに吸い込む。そして、星雲の彼方から滲み始めた橙色の空は、二人きりの時間の終止符。

 あっという間だった時間へ名残惜しさを抱きつつ、二人は手を繋いだまま帰路に着く。

 だが、それは最悪で永遠の帰路だった。

 村に到着するや否や、彼らは村を覆う異変に気付く。

 火薬と血が混ざった生々しい『死』の臭い。朝日に照らされた家族や知人の死体。

 王国の紋章が刻まれた旗を掲げた兵士の大人は、逃げ惑う少年少女を捕え、悪意のこもった表情で舌なめずりするように下衆な笑みを浮かべた。

「この村は『魔族を匿っている』とタレコミが入ったんでな。加担してた連中は、女子供も構わず処刑だ」

 直後、少女は少年を蹴飛ばした。

「逃げて! 夢を叶えるんでしょ!?」

「でも、それはヨルがいないとッ」

「私、嬉しかった! 最期にあんなにも優しい夢を抱いた人間がいたことを知れて、魔族の私でも生きていいんだって救われたの! だからね、その気持ちを他の魔族(ひと)たちに分けてあげて! 優しくて温かい、あなたの夢を叶えて」

「嫌だよ……だって、だってだって! 俺はヨルのことが────」



 ────ユウキ、大好きだよ。ばいばい。

 生きて。



 少年は走った。

 泣きながら、嗚咽を漏らしながら、どこまでも逃げた。少女と鬼ごっこで遊んでいた時に利用していた隠れ道で兵士たちを振り切って逃げた。いつの間にか体が呼吸を忘れ、眩暈を感じて倒れるまで逃げた。

「うわああああああああ」

 そして、全てを思い出して泣き叫んだ。

 照れ隠しせず、星雲の下で好きだと伝えればよかった。秘密の絶景スポットまで手を繋いだように、逃げる時も手を繋げばよかった。

 全てから逃げた自分がどうして生き残ったのだろうか。

 無意識に己の首を己の手で絞めようとして、少女の言葉を思い出す。

「『優しくて温かい、あなたの夢を叶えて』……か……っ」

 少年は、ユウキ・レイクスフィアは決意する。

 少女と、ヨルと約束した世界に辿り着くまで、歩みを止めないと。

 未だ十年も彷徨い続ける帰路の中で。


◆◆◆


「ユウキさん、大丈夫ですか? 回復魔法が必要なら言って下さいね?」

「……すまん、リア。少し昔のことを思い出していただけさ」

 勇者一行は濃い魔力が漂う室内へ足を踏み入れ、玉座に腰をかけたまま、凄まじい威圧感を放つ人物を見つめる。カリスマ性というやつか、吸い込まれるように視線を逸らすことができない。

 言葉にしなくても、その場の全員が“魔王だ”と判断した。まさか、素性が不明だった魔王が女性だったと、内心驚愕するメンバーもいただろう……ただ一人を除いて。

 柔肌を包む鱗。光を吸い込む闇色の髪。

 端正な顔立ちゆえに目立つ傷痕。だが、その顔を見間違えるはずなかった。

「ヨル……なのか?」

「ユウキ。私たちはどこで道を間違えたんだろうね」

 そこにいたのは、かつて死に別れた幼馴染み。

 少女は……ヨルは、悲しく笑った。

「ユウキ、なにボサッとしてんだぁ! 俺の後ろに──」

「援護射撃は任せるっす──」

「防御魔法を──」

 三人の首が宙を舞い、その場に艶やかで夥しい血飛沫が舞う。

「え?」

 魔王の攻撃か?

 格闘家のオセは眼前の光景を疑ったのち、勇者が所持する聖剣から滴る鮮血が視界に映り、腰を抜かしてしまう。

「ユウ……キ? なんでマクベルを、ラムレットを、リアを、仲間を殺してるのよ!?」

 オセが恐怖と怒りの混ざった声で叫ぶが、ユウキはヨルを一心に見続けていた。まるで、仲間の声なんて届いていないように。

 そして、ユウキは返り血を浴びたマントを翻し、玉座のヨルの手の甲へキスをした。

「今からでも遅くない。勇者になった俺と、魔王になった君の力があれば変えられるんだ。魔族が────ヨルが心の底から笑える世界を作ろう」

「ユウキ…」

「ヨル」

 今度こそ、その手を離すものか。


 これは一度袂を分かった少年と少女が、勇者と魔王が二人で夢を叶える物語。

 あの日の夜空から続く、最悪で優しい帰路。

 行き着く先は、きっと悲劇的な楽園。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんな結末が待ち受けているのか、それは本当に悲劇なのか。 哀しくても読み手を引き込ませる文章力に感服。 設定も良いと思います。 続きがとっても気になります。 書籍化しそうな話です。
[一言] 【タイトル】「トラジック」は「悲壮」、暗そうな話というくらいしか分からない。 【あらすじ】ハードな作品を期待させる、演出の力が強い。読者の本文への期待が強くなるので、連載のハードルは高そう…
[一言] わぁ、なんて悲劇……。 魔王になるまでのヨルの経緯も知りたいですが、今後の二人がどう手を取り合っていくのかも気になります。敵だらけだろうなぁ。
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