2-10 異世界では、もふもふの愛され体質に!〜第二の人生は、梟騎士団でお世話係をします〜
不慮の事故で死んでしまった森ひなた。もふもふの加護を授けられ異世界転移したが、いきなり獣に襲われる。梟騎士団長ルーカスと相棒ふくろうに助けてもらった縁で、ふくろうのお世話係として働きはじめた。
嵐の翌日に保護した赤ちゃんふくろうが、聖獣だと発覚。ルーカスとひなたは、報告の為に国王陛下と謁見する。その時、世継ぎの出来なかった王妃の懐妊、さらにお腹の王子が聖獣の相棒だと判明して大騒ぎに。
王妃の懐妊、聖獣をよく思わない者たちが動き始める。ある日、とうとう聖獣とひなたが拐われてしまって──!
「我の羽根だ。ヒナタを守ってくれる」
「ヒナタ、好きだ。もう、絶対に離さない」
拐われたひなたと聖獣は、どうなる?
これは異世界転移したひなたが、大人の余裕があるのに情熱的なルーカス団長と、もふもふに溺愛されて幸せになるハッピーエンドストーリーです。
今日は、絶対に残業しない──!
必ず定時で上がって、大好きなふくろうカフェに行く。だって、たった今、隣の席の先輩に失恋した。反対の隣にいる後輩と結婚すると聞いて、笑顔でお祝いの言葉を告げた私のライフはもうゼロ。いや、むしろマイナスに振り切れた。
オートモードで仕事をこなしていく間に自己紹介。
私、森ひなたは、社会人二年目。そして、隣の先輩に片想い歴二年だった。
先輩のロングのもふもふパーマが好き発言に、ふわふわでは?と思いつつも、髪にもふもふパーマをかけた日曜日。先輩に可愛いねと言われるかも!なんて妄想していた自分を全力で止めてあげたい。あっ、後輩ちゃんは、さらさらストレート。ちーん。
後輩ちゃんも先輩も悪くない。でも、とにかく、死ぬほど癒されたい。梟カフェ『ホーホーカフェ』に行って、推しの白ふくろうのホワイト君で癒される!絶対に!
定時上がりを死守してホーホーカフェに向かう。
信号待ちをしていたら、暴走したトラックが目の前に迫ってきて──目の前が真っ暗になった。
「ひなた、ひなた──…」
誰かに呼ばれて目蓋を持ち上げる。
止まり木に梟。一瞬で目覚めた。しかも、『ホーホーカフェ』で私の最推し白梟のホワイト君。
真っ白でもふもふな羽根と、森の賢者と呼ばれる思慮深い顔。それにエサをねだるくちばしの動き。うん、控えめに言ってすべて推せる。
「ホワイト君?」
「うん。そうだよ。ひなた、目覚めてよかった」
夢だと瞬時に理解した。ホワイト君が話せるわけがない。でも、推しと話せるなんて最高な夢!と思ったところで、違和感に気づいた。まわりは真っ白で何もない。さらに私は光の玉のようなものになっている。
「ひなたは、さっき地球で死んじゃったんだよ。覚えてる?」
暴走してきたトラックにぶつかって死んだのだろう。光の玉だけど、頷いた。
「ひなたが死ぬ瞬間、僕に会いたいって想いが伝わってきたんだよ。あのね、僕は異世界の神様をやっているんだ」
「えっ?」
「定期的に他の神様が治める世界の視察に行って、自分の世界をより良くする糧にするんだ。僕のいた『ホーホーカフェ』は、梟好きが集まる場所だと聞いたから、視察中だったよ」
ホワイト君の言葉に驚きすぎて、言葉が出てこない。
「僕ね、ひなたのこと気に入っているんだ。ひなたの体がないから、元の世界に戻すことはできないけど、僕の世界ならひなたの魂と体を再構築することができる──つまり、異世界転移だね。このまま生を終えて、地球で輪廻転生を待つこともできる。ひなたは、どうしたい?」
いきなり過ぎて混乱する。私は光の玉になっているし、ホワイト君は梟カフェの時より神々しくて、自分が死んだことを急に実感した。先輩に失恋したけど、大切な家族や友達はいて……。もう会えないと気づいたら、胸の柔らかなところをキュッと握られたみたい。ふるりと震えた。
「あっ、大切なことを言い忘れていたよ。ひなたが僕の世界に来るなら『もふもふの加護』を付けるね。僕の世界にいるふくろう達と話せるし、仲良くできるよ」
「ホワイト君の世界に行きます!」
ふくろう達と仲良くできるなんて、最高すぎる。秒で決断した途端、光の玉が眩しいくらいに光り出した。
眩しさが収まり、目を開くと森にいた。煌めく星空が綺麗で、灯りひとつ見えない。ガサッと音がして、視線を動かす。巨大な狼が現れる。
「ひっ……!」
獲物を狙うギラついた目に腰が抜けた。鋭い牙と涎を垂らしながら近づいてくる。尻餅を着いたまま、引きずるように後ろに下がった。本当に怖い時は、声も出ない。ガタガタ震え、死の覚悟をさせられる。
「落雷──!」
突然、目の前が光ったと思ったら、雷が落ちた。
「きゃいいん!」
驚いた巨大な狼は去る。姿が見えなくなると、安堵の息を盛大に吐く。異世界転移した途端、また死ぬかと思った。一日に二回も死にたくない。よかった。
「大丈夫だったか?」
優しく声を掛けられた。地面にへたり込んだまま見上げると、騎士のような制服を着た大柄な男性が、腕に大きなシマフクロウを乗せている。日本で見ることのない青髪と緑色の瞳の異世界配色も気になったけど、大きなシマフクロウに目が釘付けになった。
「えええ?! 大丈夫じゃないです! シマフクロウに会えるなんて、まったく大丈夫じゃないです──っ!」
初めて見る天然記念物のシマフクロウ。翼を広げると180cmを超える世界最大級。森の賢者と呼ばれる知的な顔と見つめられて、ホワイト君に感謝を叫んだ。
あれから数ヶ月。
私は、ホワイト君の世界──オウル王国で梟騎士団の赤ちゃん梟のお世話係として元気に働いている。
私を助けてくれた大柄な男性は、梟騎士団の団長を務めるルーカスさん。梟騎士団は、梟を相棒にして戦う騎士。オウル王国の梟は人より魔力を豊富に持つ。相棒として契約すると、梟と話せるし、梟の魔力を使って魔法を使うことができる。私を救った落雷も、シマフクロウのフードルの魔力とルーカス団長の雷魔法。
梟は、とても気難しくて懐かない上に、赤ちゃん梟はストレスに弱い。梟騎士たちが業務の合間に交代でお世話をしていたから、『もふもふの加護』で梟に懐かれる私はとても歓迎された。でも、梟のお世話経験はなかったから、お世話のやり方を覚えるのに必死な毎日。
「みんな、おはよう」
「ヒナタ、ヒナタ! おはよう。お腹すいたよ」
調理場で作った赤ちゃん梟のご飯をもって行くと、もふもふパラダイス。どの赤ちゃんも可愛くて仕方ない。梟は夜行性が多いけど、梟騎士団の梟たちは、赤ちゃんの時から梟騎士と相棒になって困らないように生活リズムを整えていく。
赤ちゃん梟たちにご飯を食べさせて、体重を測ったあと、梟舎の掃除をする。それから、みんなのことを丁寧にブラッシング。もふもふの羽毛を優しくブラッシングすると、赤ちゃん梟の目がとろんと細くなって気持ちよさそう。はあ、本当にかわいい。とっても癒される。異世界はもふもふ天国。
「ヒナタ、我のブラッシングの時間だぞ」
演習場の訓練を終えると、フードルが一番にやってくる。すう、と音もなく肩に止まり、撫でろというように頭を差し出す仕草が可愛すぎる。
「フードル、お疲れさま。今日はいつもより長めの演習だったね」
「うむ。ルーカスも気合いが入っていたな」
演習場のある方向に視線を移すと、ポニーテールのヘアゴムを嘴で器用に外された。フードルは、梟騎士団の梟の中で一番大きいのに一番の構ってちゃんの甘えん坊。フードル以外のことにうつつを抜かすとヤキモチを焼いてくる。くう、なんてかわいい梟め。
「フードル、またヒナタの髪留めを取ったのか……。ヒナタ、すまないな」
頬を緩めてフードルを撫でていたら、ルーカス団長の声が頭の上から降ってきた。ルーカス団長も足音があまりしなくて梟みたい。
「むむ。よそ見をしていたヒナタが悪いのだ。少し森の見回りをしてくる」
決まりの悪くなったフードルが、私のヘアゴムを咥えたまま飛び去る。知的で凛々しいのに、子どもみたいなフードルに、ルーカス団長と顔を見合わせて笑った。
オウル王国に来て、もうすぐ一年。
まもなく豊穣の嵐の季節。豊穣の嵐は、大地に恵みの雨が降り、嵐が波を起こして豊かな海にする。そして、豊穣の嵐がくる日は、家で大切な人と過ごすのが慣わし。
「豊穣の嵐の日は、どうするのだ?」
「私は、赤ちゃん梟が心配だから、梟舎にいるつもりだよ」
「むむ。我もヒナタと過ごしたい」
演習終わりのフードルをブラッシングしながら答えると、甘噛みして見つめられた。あざと可愛い仕草をフードルにされると、破壊力が半端ない。一瞬の躊躇いもなく、頷いた。
豊穣の嵐、当日。
ガタガタと窓ガラスを揺らす音がする。台風に似ていると思う。梟騎士団も家族や恋人と過ごしているのだけど、なぜかルーカス団長も梟舎にいた。
「大切な人と過ごすのが豊穣の嵐だからな。俺がいると迷惑か?」
その言葉に戸惑ってルーカス団長を見つめると、眉尻を下げて緑色の眼差しに見つめ返される。なんというか既視感がある光景。フードルにそっくりな仕草に思わず笑ったら、にこりと微笑まれた。
「世話も二人の方が早い。それに、とっておきの甘味も用意してきた」
赤ちゃん梟とフードル、それからルーカス団長。豊穣の嵐の日、私は異世界でも大切なものができていたことに胸が熱くなった。
豊穣の嵐が過ぎ去った翌朝。フードルが森の奥から白フクロウの赤ちゃんを連れ帰ってきた。ホワイト君を小さくしたみたい。
「フードル、この子はどうしたの?」
「森の奥にある神木で我を待っていた。あの森の主は、我だ。昨日まで、このような梟はおらぬ。きっと聖獣であろう」
オウル王国は、初代王と相棒の梟が創った。その梟が白フクロウであること、白フクロウが現れた時代に繁栄してきた歴史から聖獣と言われている。
「だっこちて?」
私に向かってよちよち歩いてきた白フクロウが可愛すぎる。頬が緩むのを感じながら抱っこすると、嬉しそうに目を細めた。しばらく撫でていると、くうくう寝てしまう。
「ルーカス団長、可愛いですね」
「そうだな。もしも聖獣なら、オウル王国に聖獣が現れるのは百年ぶりになる」
ルーカス団長の言葉に驚いて、私の腕の中で眠る聖獣かもしれない白フクロウをじっと見つめた。