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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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序列

ヒロイン、という言葉の意味を銀次は知らず思わず呆けてしまう。

しかしノリコと日比谷は知っているらしく、それぞれ男が放った言葉にノリコは眉根を寄せ、日比谷はあからさまな困惑顔を見せている。

あまり良い意味ではない事を察しながらも、とりあえずこの場を収める為に銀次は話題を戻す方へ舵を切った。



「・・・とりあえず、この世界は今までアンタがいた場所とは違うんだ。色々不便もあると思うが、成仏できるまで協力する。だからアンタもできる範囲で構わないから協力してくれると―――」



「―――はぁぁ。」



銀次の提案を途中で遮ったのは、目の前の男のため息だった。

その気怠げな息遣いが含んでいたのは、あきらかな拒絶だ。



「ねぇ、君。歳はいくつかな?」



「・・・17になるが。」



余りの態度の変化に、思わずぶっきらぼうに返答してしまうが、返されたのはまたしても大きなため息だった。

今度は拒絶だけでなく、侮蔑の視線も添えて。



「あのねぇ。俺38だよ。言わなくても見た目で年上だって分かるよね?なんで年上に当たり前のようにタメ口で話し掛けてるの?

まったく、最近の若者ってのは礼儀がなってないよなぁ。キミもそう思わない?」



「え、ええ。そうかも、知れない・・・です。」


急に話を振られた日比谷はしばしの間あっけにとられていたが、少しだけ考える素振りを見せて言葉を返す。一瞬だけ送られた日比谷からの視線に、銀次は少しだけ頷いた。

話を合わせろ、という意味だろう。



「ねぇキミ、名前はなんていうの?俺は北村 秀人って言うんだ。こう見えてもSEやってたんだ。すごいでしょ。あとさ、よかったらこの辺を案内してくれない?

ほら、異世界なんでしょここ。チュートリアルしとかないと。」



「エス、イーですか。ええ、はい・・・」


日比谷の事が気に入ったのか、北村という男はやたら嬉しそうに話しかける。

時折口走る単語は日比谷でも知らない言葉らしく、頭の上にはてなマークが浮かんでいるのが分かる。

どうやらもっと先の未来から来た人間らしい。

分からないなりに適当に話を合わせながらも、日比谷は上手に北村を立たせ、外を案内しに出ていった。



『めんどくさそう。』



あとに残されたノリコが放った言葉に、銀次も同意せざるをえなかった。

その予感は、早々に的中することになる。




夕暮れ時、夕餉の準備の場にやってきた北村は、歓迎会と称する宴をやりたいと言い出した。

日比谷の話では、歓迎会というのは新しい人員を迎える時に行う宴の事らしいが、銀次は今の時点でそれを行う気にはなれなかった。

なにより、老夫婦は未だに回復には至っていなかったし、木藤もまだ帰ってきてはいない。



「歓迎会はやらねえ。北村・・・サンも含めてまだ体調が回復してない人が多いしな。」



「そいつらは別にやればいいじゃん。俺は別に大丈夫なんだから、今日やりなよ。」



どうしてそこまで歓迎会とやらに執着するのか理解に苦しみながらも、銀次は断る理由が見つからず口ごもってしまう。

今は仁にも余裕があるし、食料だってそこまで困っていない。

けれど急にそのような催し物をしたことはなかったし、先日始めて上棟式なる祝いをやったばかりだった。

未来の常識はよく分からないが、祝い事なんてそんなにポンポンやっていいものなのだろうか。

そう考えあぐねる銀次に、助け舟を出したのは想定外の人物だった。



『・・・目を覚まされたのですね。』



新しい水溜り(いりぐち)の先で見つけたらしい赤子を小脇に抱えた、木藤だった。

空腹に泣き喚く赤子を下手くそにあやしながら、満足そうに北村を眺めている。

だが一方の北村は、ジロジロと木藤を上から下まで眺めている。



「お、戻ってきたんだな。向こうはどんな感じだった?」



『ええ、先ほど。しかしあの場所は崖に囲まれていて、極めて狭い。下に降りるにもかなりの装備が必要です。その為今日保護できたのはこの子一人だけでした。』



受け取った赤ん坊をお美希の隣のバウンサーに寝かせ、急いでミルクの準備を始める銀次に北村が声をかけてきた。



「こちらは?」



「木藤っていうオレの仲間だ。なんでも第二次世界大戦の時代から来た兵士らしい。あ、ここに来た人間ってのはみんな来た時代が違っていて―――」



泣き喚く赤子に気を取られ、敬語を忘れて時代に関する説明を始める銀次に、北村が小言をいうことはなかった。

代わりに、ただ探るような視線を木藤に向けている。

初対面だった頃の自分と同じく、デカくてゴツい木藤に警戒しているのだろうと感じた銀次は、木藤の紹介も続ける。



「こいつは見た目いかつくて恐いんだが、ウチ一番の常識人なんだ。それに実家が大工だったらしくてな。建築の知識もあるだけじゃなくて、農業も詳しいんだぜ!おかげでここの拠点を作るのが随分進んだんだ。」



「拠点を作る・・・?作るってどういうこと?」



『ええ、そのままの意味ですよ。この古桜庵も隣の温室も、このミルクも創ったのは銀次殿の力です。確かに知識は必要ですが、創る力は銀次殿しか持っていませんので。すべてお願いしている状態です』



答えを引き取った木藤は随分と銀次を立ててくる。

あくまで銀次殿が、と強調する木藤に銀次は照れ笑いを隠せなくなる。

そんな二人の会話に北村は急に黙りこくる。



『先日創って下さった肉も沢山ありますし、今晩は自分が夕飯を作ります。銀次殿はどうぞこの子達の面倒を。』


「あ、ああ。ありがとな。助かるぜ。」



銀次を持ち上げながら珍しく微笑みを浮かべた木藤と、何故か俯いている北村の状況を不思議に思いながらも、銀次は哺乳瓶を赤子の口に含ませてやる。


すると大口を開けて泣き叫んでいた口が、音もなく乳首に吸い付けられゴクゴクとミルクを飲み込み始めた。

涙に濡れた眼をまっすぐ銀次に向けたまま、一心不乱にミルクを飲み干す様子に、銀次は得も言われぬ快感を覚えてしまう。

銀次は腹をすかせた赤子にミルクを与えてやるのが好きだ。


空腹を訴える子ども達も、その欲求が満たされたときの反応は多様だ。無心で食事にがっつく者、ニコニコと笑顔で食事を楽しむ者、号泣する者など様々だ。



けれど赤子の場合は大体同じだ。

皆等しく、泣き止んで無心で乳を吸い始め、その目はだいたい銀次の顔の辺りを凝視している。

まるで自分の欲求を満たしてくれる存在を心から欲し、愛しているような。そんな心地を覚えるのだ。

そんな愛らしい様子を間近で見られる、母親という存在が少し羨ましく思えてくる。


この世界にやってくるまでは授乳は女人しかできない勤めだったという反動もあり、ミルクが手に入ってからは積極的に銀次がやることにしていた。


最近ではミルクが必要なのはお美希だけだった為、少し寂しく思っていた所だったので丁度良かった。

新しい赤子の来訪に夢中な銀次の横で、木藤が創造の話を続けている。




『ですので、貴方も何か創って欲しいものがあれば()()殿()()()()()()()()()()聞いてもらえるかも知れませんよ』



「ハハ。そんなにヨイショしなくたって、無理のないモンだったらいつでも創ってやるさ」




手の離せない銀次のとなりで、唇を噛みしめる北村を見ているのは木藤だけだった。

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