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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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伍組目の来訪者

上棟式が無事終了し、銀時と日比谷はさっそく出来上がった古桜庵の内装について考えていた。


真新しい館は新築独特の木の匂いと清潔感に溢れていて、どんな客人を迎え入れるにも恥ずかしくない景観だ。

二階の個室には温室で使っていた寝具も運び込んだし、一階の台所以外は日比谷の考えたきっずすぺーすという名の造りらしく、段差も少なく子供用のテーブルや以前作った絵本、でんでん太鼓なんかが置いてある。


確かにおもちゃと、テーブルはある。

しかし、それ以外の場所には何もないのだ。離れて見ればみるほど、どうにもがらんどうとしていて、銀次にはどうにも居心地が悪い。

真っ白な壁の一角だけ、ヤケクソに展示している火鼠の旗が物悲しく見える。


今の古桜庵は良く言えば整然としているが、悪く言えば、圧倒的にモノが足りない。

明らかに何もない箇所が多すぎるのだ。



「私、インテリアってちょっと苦手なのよねぇ。いいアイデアが出せなくてごめんね~」



淡白な室内を眺めながら、インテリアどころか炊事も野良仕事も苦手な日比谷が間延びした声で謝罪する。

ジロリと睨んだ銀次に取りなすように笑った日比谷はちょっとだけ真面目な顔を作ったが、どうにも説得力がない。

その片手につまんでいるきなこ餅さえ無ければ、もう少し誠意のある謝罪に見えたのだろうが。



「俺より先の時代から来てるってぇのに、何にも思い浮かばねぇってのはないだろ?ほら、なんか部屋にあると便利なモノとかねぇのかよ。」



「そりゃあ家に置けば便利なモノはあるわよ?電話とかテレビとか収納とかソファとか。・・・でもテレビなんて置いた所で配線もないなら観られないだろうし、ソファは乳幼児が勝手に登ると危ないし。

それにやたら収納を増やしても銀次の求めてる部屋のイメージが一気に変わっちゃうかも知れないじゃない?

ほら、あくまでこの家の持ち主は銀次なんだから。慎重に決めた方が良いと思うな。」



「ぐっ、それはそうなのかも知れねぇけどよ。」



家の持ち主、を強調してくる日比谷に丸め込まれて、銀次は目の前のきっずすぺーすに寝転がるお美希を見下ろした。

さっきまであー、くー、と機嫌のよい声をあげて天井を見渡していたお美希だったが、もう眠ってしまったらしい。


起きている間は柔らかく暖かい床がご満悦だったらしく手足をバタバタ振りまわしていた。

年齢の低いお美希に喜んで貰えるのはもちろん嬉しかったが、移動範囲の増える上の年齢にもなると、やはりもっと工夫が必要ではないだろうか。

そう思い悩んだ銀次は古桜庵の外へ歩きだした。


次なる意見を求めて足を向けたのは、黒い池の辺だ。

木藤は朝から地獄の見回りに出て不在な為、もう意見を聞くなら彼女しかいない。



「お、おう、メシは食ったか?」




『・・・・うん。』




だだっ広い池の前に体操座りをしたノリコが、ボーっと景色を観ている。

日中することが無ければ、大抵ここでボーっとしているか温室で鉄蟻を眺めるのが彼女の日課だ。


鉄蟻はついに昨日脱皮を済ませたらしく、新しい手脚とピカピカの目を備えて水槽の向こうからこちらを見ていた。

その時は興奮気味に日比谷と何かを話していたが、今日の機嫌は分からない。


ほうって置いて欲しい日かも知れない可能性を考えて、銀次は控えめに挨拶を投げたが、敬語だったり無視されなかった所を見ると、どうやら今日は大丈夫な日らしい。

続く言葉を慎重に選んで、銀次はとりとめのない話でまずは場を濁す。



「いつもそこで何を観てるんだ?」



『空。・・・前より雲が無いところが増えてる。』




すっと空を差したノリコにつられて視線を上げると、確かに灰色の空の至る場所に水色の切れ間がのぞいていた。

そういえば、以前はこんな晴れ間はなかった気がする。

最初銀次が来た時は、隔離世は昼夜問わず厚い雲に覆われ、冷たい風が吹き荒ぶような感じだった。

それがいつからだろうか、雲の隙間からは晴れ間が出はじめ、気温も少しばかり上がってきているような気がする。

もしかすると、この隔離世にも季節があって、温かい晴ればかりの天候もあるのだろうか。




「そういえば昨晩も月が見えてたっけか・・・」




『うん・・・・』




「・・・・。」



突如終了してしまった会話に慌てて、銀次は本題を投入することにする。




「新しい古桜庵なんだが、なんか物が足りない気がしてな。何か置いて欲しいモノとかねぇか?」



『・・・・――――。』




ノリコはじっと考える様子を見せて―――――見せたまま喋らない。

銀次はまた無視されたのかと思っていたが、不自然な沈黙の中ですぐに違う事に気付く。

ノリコは空から降りた天使の梯の麓、遠い地平の先を凝視していた。



白っぽく波立つ砂塵の向こう、何かが動いているのが見えた。

若干視力の弱いノリコにはそれが何かはわからなかったが、銀次の目にはその存在が何であるかがしっかり捉えられていた。


一帯の色にそぐわない明るい赤の上衣と、黒っぽいズボン。

ヨタヨタとこちらに向かって歩く人間の姿が、確かに見えた。



「人がいる!ノリコ、中に入って日比谷に伝えてきてくれ!俺はちょっと・・・話してみる。」



『うん・・・!』




駆け出したノリコを見送ったあと、銀次は池の畔からもう一度近づいてくる人間を観察する。

先ほどよりも近づいた人間の挙動は、疲れているのか若干足取りがおぼつかない。

そして厚く覆われた衣服から除く肌の色は、生きた人間の色味を持っている。

色持ちと気付いた時点で生者だという事はわかったが、銀次にとっての一番の懸念はこの人間がイシザキの手の者ではないかという所だった。



鬼を使役するイシザキなら、他の生者の仲間がいてもおかしくない。

いつまでもこの土地から離れない銀次に気付いて、刺客を送った可能性もある。


銀次は万が一の事を考え、古桜庵の扉に閂を掛けて打刀を装備すると、池の畔から対岸に向かって木の板を造りだした。

餓鬼達の成仏で仁が大量にある今、もっと上等な橋を作っても良かったが、何かがあった場合には最悪この板を蹴り落として向こう岸に残って戦う事もできる。


万全の警戒の元、慎重に対岸に渡り終えると、先方の人間もこちらに気付いたらしく進む速度が上がる。


そうして対面した来訪者の顔を、銀次はやや拍子抜けしながら眺めていた。






「すみません、山登りの途中で遭難してしまいまして。先ほどまで一緒にいた妻ともはぐれてしまいました。どうか救助を呼んでいただけないでしょうか?」



ぜぇぜぇと肩で息をするのは、歳の頃は六十前後だろうか。

目元にガラスをくっつけた不思議な装飾品を身につけ、動くとシャカシャカ音のなる衣と大きな布製の背負子のような大きなカバンを背にしていた。


見た目のわりに潑溂とした雰囲気を漂わせる老人は、銀次と同じ生きた遭難者だったらしく、心底困り果てた様子で頼み込んできた。


未だここが現し世でないことに気付いていない様子を気の毒に思いながら、銀次はどう伝えたものかと考えあぐね、それから老人が放った言葉をもう一度思い出して硬直した。



「・・・じいさん、嫁さんとはさっきまで一緒にいたって言ってたな?」



「ええ、そうなんです。この平原を手を繋いで歩いていたのに、振り返ったらいなくなっていて。」



「・・・それはまずいな。すぐにその場所まで連れて行ってくれ!」



老人が来た方角は西。

銀次がやって来た北側とも、河原のあった東側とも異なり、銀時達の探索が進んでいないエリアだ。

おそらく、老人の妻は鬼がいる方角の水たまりに落ちてしまっている。

まずい。非常にまずい状況だ。


地面にへたり込みそうな老人はもう走れそうにない。

こうしている間にも鬼が老婆を痛めつけている可能性に、銀次は背筋を凍らせた。

時間がない。

呆気にとられる老人を背負って、猛然と来た道を走り始めた。



「だだだいじょうぶです!自分で歩けますから!」



「ダメだ!それじゃあ間に合わねぇ!じいさん、嫁さんとはぐれたのはどれくらい前だ?!」



「ええっと、30分くらい前だと思います・・・!そこからまっすぐここに向かってきて。ああ、目印もちょっとずつ置いてます。マーブルチョコを一粒ずつ、数メートルおきに。ああ、あれです」



「まーぶる?チョコだって?赤い。青もある。この先ってことか!」



銀次に背負われ揺さぶられながらも、老人は的確に行く先を示してくれる。

その目印となるチョコ、という物を辿りながら銀次は全力で足を前に進めた。


そうして走り続け舌を噛んだ老人が呻き始めた頃、一つの水たまりの前に辿りついた。

妻を見失い、動揺したのだろう。いくつも散らばったチョコがその入口を不気味に飾り立てていた。

真っ黒な禍々しい口を開いた水溜りの前で老人を地面に下ろし、絶対に水面に触らないように念押しする。



「あちこちで見かけたと思うが、この水溜りに触れると別の世界に引き摺りこまれてしまうんだ。絶対に触らないでくれ。」



「別世界ですって・・・!?そんなものが・・?」



ほんのひと抱えほどしか無い大きさの水溜りを凝視したまま、老人は呆気に取られている。

誰でもそうなってしまうくらい何でもない水溜りに見えるのだ。初見の者が落ちて登れなくなってもおかしくない。


だからその証拠を見せる為、そして老人の妻の元へ向かう為に。視線を老人に残したまま銀次は分かりやすく後ろ向きに水溜りを踏んでみせた。



「こんな風に―――」



体が重力を失った瞬間、目に飛び込んできたのはやはり赤だった。

赤い空と生臭い風。

けれど古桜庵の周辺にあった黒い木々は見当たらず、見晴らしは良かった。

平衡感覚を取り戻した草履の裏に触れたのは、ゴツゴツした石と砂利の感覚だ。そうして落ちてきた地獄で、視界を取り戻した瞬間――――



ガキィン!!


上から降ってきた何かを避けると、金属質な音を立てて地にぶち当たった。

30センチ程の何かが、岩に刺さっていた。



「刃、か?・・・ああ、やべぇ。こりゃあ――――」



刹那に見渡した景色の中で、紫色の薄い刃がいくつも地面に突き刺さっている。

そして20メートル程先、大岩のそばで白髪の老女が倒れているのが見えた。



「くそ、遅かったか・・・ッてぇ?!」



空からひらひらとまた降ってきた。

まるで羽毛のように空中に身を躍らせて地面を目指すそれだが、音を立てて地面に突き刺さる様はまさしく金属だ。

紫の光を帯びた刃にイシザキを感じながら、慎重に空を見上げて攻撃の出処を探る。

そうして目を凝らした赤い空の上空、何かが飛んでいた。



「鳥、か・・・?」



黒紫の鳥が旋回しながらこちらに近づいてくる。

凶器の羽を撒き散らし牽制しながら、新しい獲物に向かって狙いを定めているらしい。

銀次は接近する敵を凝視しつつ打刀を構えるが、妙な違和感を感じて目を瞬かせる。



まだ遠くを飛んでいるはずなのに、近づいてくる影がやたら大きいのだ。



「馬鹿な・・・そんなのアリかよ―――ッ」



麻痺した距離感を見捨てて慌てて走り出すと、数秒後に轟音を立ててその鳥が降り立った。

さっきまで銀次が立っていた場所に、羽とは比べ物にならないほど巨大な爪を突き刺した鳥は、前の古桜庵と変わらない程の大きさだった。

呆気に取られる銀次を見て、鳥は泣いていた。


否、正確に言えば鳥は泣いていなかった。しかし、その鳥の胸元に付いた人間の顔は大きく口を歪め、嗚咽を吐き出すように言い放つ。






「イヤダ、タスケテタスケテタスケテーーーー」




絶叫を掻き消すように飛び出した巨鳥に、銀次は無言で二本の打刀を構えた。

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