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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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浮上した意識が瞼を押し上げ、ガラス越しの空を見せる。

すっかりオレンジ色に染まった空から、あれから自分がどれだけ眠っていたかを察するまで十秒。

ようやく寝過ごした事を理解してから身を起こして、脇の下に入れていたお美希がいないことに気付く。



「日比谷か。」



お美希の代わりに掛けられていた、このぶらんけっとは日比谷のお気に入りのものだ。


最近、お美希の泣き声でも目を覚ませない時がある。

今回も長らく眠りこけている銀次に見かねて、お美希を連れて行ってくれたのだろう。

銀次はポリポリと頭を掻きながら、起き上がった。


眠りに落ちる前は正午頃だったにも関わらず、既にガラス張りの天井から降り注ぐ光はすっかり弱くなっており、温室の中は夜の装いに変わっている。

そんな薄暗い温室の中でも、部屋の中心で光る嬰児が、一際存在感を示していた。



「たしか、2倍速ぐらいだったか。」



10センチ程の大きさしかない体からはいつの間にか尻尾が消え、もう人の赤子と同じような形をしている。しかし、オウカノヒメと同じで木の幹が本体らしく、ぷっくりと膨らんだ腹の中心から出た臍帯は、小さな桜の幹と繋がっている。

桜の苗木の方も至って元気で、土にしっかり根付いて葉の枚数も増えている。


日比谷の観察によると、この赤子の大きさは1週間に2週間分の成長をしているらしい。

だからあの日から2週間経った今は12週程度の姿をしている、というところか。

ここにオウカノヒメがいたならば、さぞ毎日の成長を楽しみにしていたことだろう。



「お前だって家族の顔くらい、見てみたかっただろうによ。」



語り掛けた言葉は目の前の嬰児だけに向けたものではない。

真っ黒になって佇んでいる切り株を睨みつけてから、銀次は視線を戻す。

オウカノヒメは死んでいないと銀次は信じていた。



しかしその証拠たる命の息吹が、どこからも感じられなかった。

地獄桜の原産地である河原の水を切り株に撒いても、幹からは毒キノコが生えるばかりで葉の一枚すら出ないのだ。



―――この木は死んでいる。

日比谷も、植栽に知識のある木藤でさえも、そう言っていた。

けれど銀次には諦められなかった。

だってこの子の誕生を世界で一番祝福してくれる生き物は、彼女しかいないのだから。



「・・・・俺は諦めねぇからな。」




まるで人間の赤子のように、小さな拳を口元にあてて眠る姿を観察してから、銀次はそっと温室を出るのだった。







「あ、遅~い!お美希ちゃんは先にミルク済ませてるからね!」



「すまねぇ!寝過ごしちまったみてぇだ。」



抱っこ紐でお美希を胸に抱いた日比谷が、何かの作業をしながら手を降っている。

寝る前はちょっと腹が立っていた笑顔だったが、疲労の褪めた頭で考えると日比谷はサボってなんかいないし、むしろお美希や通常の家事を回してくれていただろうという結論にたどり着いた。

当時は苛立ちをぶつけはしなかったものの、内心腹を立ててしまっていた事に申し訳ない気持ちになって、いつもより念入りに日比谷に礼を述べる。



「お美希の世話やらなんやら、本当にありがとうな。お前のお陰で無事、母屋が仕上がったんだ。なんて言ったらいいか・・・」



「えっ?!急に改まっちゃって、どうしたのよ。き、気にしないでいいわ!お美希ちゃんを可愛がって家事を済ませたあとは、適当に寝てただけだったから!」



「お前、やっぱサボってたんじゃねぇかよ!」




ばれちゃったか、と舌を出した日比谷に銀次が吠える。

やっぱりかよ!といきり立つ銀次だったが、ふと日比谷の手元に視線が留まり、それを注視する。

日比谷は大きな金盥いっぱいに広がった粉の上で、何かを捏ねているところだったらしい。

冷え始めた外気に湯気を放つ物体の、その柔らかさに銀次は見覚えがあった。



「それってもしかして、餅か?」



「そうだよ!アイツが新築の家を建てたら屋根から餅を撒くものだ、とか言い始めてさ!私そんなの聞いたことないんだけど。田舎の風習かしら?」



「俺の所でも聞いたことねぇな・・・でも餅を撒くだなんて、なんだか楽しそうだ。木藤はどこだ?」



「母屋の方で、餅を包んでるわ。」



別の地方の義賊では、盗んだ小判を屋根から撒き散らす者もいたと、父親から聞いたことがあった。

戦国時代での餅の希少価値といったら、金と似たようなものだ。もしかしたら、何か由来でもあったりするのだろうか―――そんな適当な想像をしながら、新しくなった古桜庵の両開きの戸を開けた。


扉の先はこれまでと比べ物にならない程明るかった。

広い靴箱の先、明るい黄土色の板間は更に広々としていて、黄色っぽい照明が部屋の中を温かく見せていた。台所に通じる場所には腰ほどまでの小さな扉があり、むやみに子供が入れないようにしているようだった。

その先に見えるシルエットの中に、銀次は予想外の人物がいるのを目撃する。




『銀次殿、起きられたのですね。母屋が仕上がったので、餅まきの準備をしている所です。日比谷殿にも説明しましたが、上棟式と言って新しい建物を建てる際には建設途中で神に工事の無事を祈祷したり祝ったりする為に餅を撒くのですよ。

今回は銀次殿の創造のお陰で完成まで進んでしまっていましたが――――「ええっと、そうじゃなくてだな・・・」



これまた広い台所に大量の餅を並べながら、珍しくペラペラとジョートーシキとの説明をする木藤がいる。その傍ら、黙々と作業をしている少女―――ノリコの方に視線を向けると。

本人も自分が注目を集めている事に気がついたらしく、手元から視線をあげた。



「て、手伝ってくれてるのか・・・?」



『ヒマだったから。』



一言だけそう言うと、再び手元に視線を戻し作業を始めるノリコ。

自分が作業したり眠っている間に、一体何があったのか。


以前腹を括って話した時、ノリコからは放っておいて欲しい、と言われていた。

あんなに怒ってまで―――。


あの時から現在に至る、彼女の心境の変化についていけない。銀次が助けを求めるように木藤を拝むと、なんでもないことのように言ってのける。



『有り余る時間の中で何もやりたいことが無いより、ずっと良いかと思います。それにノリコは自分よりも手先が器用です。これからも気が向いたら手伝って貰いましょう。』



放っておくというのは、何もしたくない、という事と同義だと銀次は思っていた。


それに対する木藤の弁に、そんなに適当でいいのかよ、とも感じたが――――

短いセリフに少しだけ含まれた賛辞に、一瞬視線を泳がせたノリコの挙動を銀次は見逃さなかった。



「そう・・・だな。ノリコがやりたいと思った時だけ、手伝ってくれ。そうすると俺達は嬉しい。」



『・・・・。』




銀次はため息をつく。

人の心は分からないことだらけだ。

ツライことが嫌だと一人になりたかったり、かと言えば暇だと感じて働いてみたり。

そうして働いて、ちょっとした言葉で喜んだりもする。




現世にいた頃、銀次は一家の中で浮いていた。

というか、避けられていたように思う。

そのため御勤は技術を磨いたり盗んだりすることばかりで、人に直接接するような仕事はもっぱら父親や幹部連中がやっていた。

隔離世に来てから子供達と触れ合う事が増えて、少しは人の心の機敏が分かるようになるかとも思っていたが、そうでも無いらしい。

これからばら撒く餅のために、横で一生懸命紙に包むノリコの気持ちは、全然分からなかった。

人それぞれ、子供それぞれ、なのだろう。


暗澹たる気持ちから逃れるように、銀次はジョウトウシキに話を戻すことにした。



「なあ木藤、撒いた餅はもちろん拾って食べるんだよな?」



『ええ、自分の地方でしたら近所の子供を全員呼んで、上からバラ撒いた餅を拾って食べてもらうのです。早い者勝ちなので、皆競うように拾っていきます。楽しいですよ。』



「へぇ・・・そりゃ結構楽しそうだ。なあ、その方法ってさ―――」



思っていた以上に楽しそうな光景に、銀次もジョウトウシキに興味が湧いてくる。

自分が餅を撒く所を想像して、銀次の脳裏に一つの案が浮かぶ。



「次に行く地獄の餓鬼達にやってみるのが良いんじゃねえか?ほら、前回はここまで連れて来るのも大変だったろ?

今度はもっと遠くなる訳だし、餓鬼達が襲って来ないような高さの足場を作って、そこから大量の飯を撒くとか。」



『いや・・・確かに。うーむ・・・ですが・・・』



口に出してみただけの案だったが、意外にも難色を示す木藤から具体的な反対意見は出てこなかった。

珍しく自分が出した案が採用されるのでは――――と期待した時。



『食べ物を投げるの、ほんとうは行儀が良くないんだよ。』



ノリコから静かな叱責を受けて、銀次は大っぴらに喜べなくなった。











『上棟式を始めます。銀次殿、挨拶をお願いします。』



餅の準備が済んだ所で、銀次は屋根の上に立たたされていた。

何をしたら良いのか分からない銀次に、木藤がそれとなく司会進行してくれる。

お美希は日比谷の胸でまた眠っている。


「ヒューヒュー!おつかれさーん!」

『・・・。』



何を言えばいいか分からなかったので、取り敢えず眼下で盛り上がる観客に向かって一礼した。



「えっと、取り敢えずみんなのお陰で色んな知識を与えてもらって、ようやく悲願だった古桜庵を復活させる事ができた。これで、ここに来る餓鬼達も俺達も、もっと暮らしやすくなると思う。」



「あいさつが長いぞー!早く餅食わせろー!」

「あえぉー!」



「分かった分かった!じゃあ最後にこれだけ!みんなありがとう!

いくぜッ!!成仏した子供達!見てるかー!そりゃっ、オウカノヒメー!神とやら、いるならアイツを救ってみやがれー!バカヤロー!帰ってこい麻理子ー!!」



もう挨拶なんて括りでは収まらない罵詈雑言と共に餅をぶん投げた。

投げて投げて、下の二人が拾い切る前に自分も中身を開けて頬張った。



「なんだこれめちゃくちゃやわらけぇ!」



まだ温かい餅は口の中で形を変えるほど柔らかい。

そして少し砂糖を入れて炊いたのか、甘みもある。

現世で一度だけ食べたことのあった保存用の餅は、焼かないととてもじゃないが噛み切れなかったというのに。



『きなこと醤油もあります。』



そう言って小鉢を差し出してくれた木藤も、隠し切れない喜色で頬が緩み、さらに唇に餅がくっついている。

だから銀次も負けじと醤油に突っ込んで、頬張る。



「くぅううう。塩っぱいのも合うよな!」



あまりの美味しさに涙さえ浮かべながら、銀次は吠えた。

餅本来の甘さが塩見で引き出され、つるんと喉に落ちる。腹に溜まる重さすら心地良い。


きな粉も存分に味わった後で、階下で3人と合流し七輪を出して焼き餅をしたり、火に炙ったり、油で揚げたりして様々な味を楽しんだ。

いつもはこういった場から姿を消していたノリコもこの時ばかりは参加してくれて、少しだけ心の垣根が低くなったような気がした。





夜遅くまで続いた餅の宴会の外、今夜も雲の切れ間から金色の光が辺りを照らしている。

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