母屋
「ノリコちゃんのケアをするんじゃなかったの?」
早々に帰ってきた銀次を、冷たい視線で出迎えたのは地面にロープを打つ日比谷だ。
新古桜庵の建設を前にノリコとの和解を目指していた彼女としては、手ぶらで帰ってきた銀次はなんともマヌケに見えた。
しかし、銀次だって諦めた訳ではない。
「そんなすぐに癒せる程軽い問題じゃねーんだよ。それどころか、今は気を遣えるような段階じゃねえみたいでな。本人の要望としては放っておいて欲しいらしい。
だからノリコの気持ちが落ち着くまで、様子を見ることにした。」
「はぁああ?!そんなもん、アンタが得意の努力と気合いと根性でなんとかなるもんじゃないのっ?それなら私が―――『余計な事はしないほうがいい。』
謎の根性理論で腰を上げた日比谷の腕を引いたのは、木藤だった。
普段日比谷には関わらないようにしている木藤だったが、今回の件ばかりは黙ってはいられなかったらしい。
すごい表情で睨みつける日比谷をものともせず、真正面から眼光を受け止め続けている。
しばし睨み合いを続けていた両者だったが、放して、の言葉と共に日比谷の方が先に背を向けた。
『こういった問題はおそらく、気合いとか根性でなんとかなるものではありません。それを良しとする風土は自分の時代にもあり、試みてみたこともありましたが、結果は失敗でした。そしてノリコも――――おそらくそのやり方ではうまくいかない。』
「・・・っ。」
その失敗は、おそらく俊介の事だ。
噛み締めるような言葉の端々に垣間見える後悔に、銀次は察する。
俊介はここに来るまでの間、何度も木藤に殴られたと言っていた。
多分、あの性格を厳しい規律や体罰で修正しようとしていたのだろう。しかし、結果的に俊介は変えることはできなかった。そして終始優しい態度で接していた銀次にさえも、不可能だった。
「正解なんて分からねぇよな。俺だってハンコーキ?とやら絶好調の中で親が死んじまったもんから、自分の情緒すらロクに扱えちゃいねぇ。
そんで多分―――ノリコ自身も、俊介自身も分かっちゃいなかったと思う。だから、今度は極端な手に走らずに行きたいんだ。」
「・・・俊介?・・・まぁいいけど。でもせめてご飯だけは食べさせてあげてもいいでしょ?」
「ああ、それはこれまで通りで用意してやろうぜ。」
イマイチ納得していない日比谷だったが、食事の折衷案でなんとか折れてくれた。
ノリコへの気遣い方法が纏まったのち、銀次はついに予てから書き溜めていた帳面を取り出し、本日の大題に取り掛かることにする。
「さて、そろそろ母屋の建設に取り掛かると思う。」
「ええ。そうね」
『床暖房の調査は完了しています。早速始めましょう。』
母屋の再建にあたって、銀次が決めている事は3つあった。
一、燃えにくい未来の素材で作ること。
二、麻理子の作ったユカダンボウを入れること
三、広く、子どもたちの過ごしやすい形とすること
燃えにくい素材に関しては既にある風呂場の外壁を応用すればよいので問題ない。
けれど、ユカダンボウに関しては全く未知の仕組みでだったので、一旦現物を確認する必要があった。
ピカピカの床を引っ剥がすのは気が引けたが、こればっかりは仕方ない。
しかし露出したその機器を見ても、銀次には全く何がどういう仕組みで動いているのかも分からず、辛うじて仕組を理解出来たのは意外にも日比谷だけだった。
「温水を床下のパイプに流して温めているのよ。お風呂場の給湯器とも繋がっているみたいだし、この離れを母屋に繋げてしまえば配線も楽に出来るんじゃないかしら。」
「ちょっと待て!俺には何を言っているのか分からないぞ?!くそ、麻理子のヤツ一体どうやって作ったんだ?!」
銀次が物を創る時、ある程度仕組みや構造を理解してからでないと作れない。
荷車一つ創るにも、車輪の場所やはめ込み方などしっかりイメージしないと、その形をしただけのハリボテになってしまうのだ。
しかし麻理子は違う。
ただの女子高生で、建築や電子部品にも詳しくないはずなのに、ただそれが動いている所をイメージするだけで完成形が出来上がってしまうのだ。
同じ生者なのに、何故ここまで過程に差が出てしまうのか全く分からない。
「その子、鬼だったのよね?何か特別な力とかあるのかしら。あ・・・でも私も鬼だったけど物を創るなんて出来ないし。なんなんだろうね。」
「まったく分からねぇ。俺と麻理子の違いで言やぁ、他に生きた時代とここに来るまでの過程ぐらいしか思いつかねぇが―――取り敢えず、俺にはイチから仕組みを頭に入れる事しか出来ねぇ訳だ」
無理やり自分を納得させたところで、木藤が屋敷の大きさについて提案してきた。
『ある程度部屋数を確保するなら、土地にも限りがあることですし二階とか三階建てにするのがいいのでは無いでしょうか。その分銀次殿の負担は増えますが。』
「負担かぁ。いや、せっかく一から建てるんだし広めに作ろう。しかし、二階建てだとか三階建てだとか・・・なんだか城みてぇだな。」
木藤の提案は合理的だ。
黒い池に囲まれた古桜庵のある土地はそこそこに広いが、温室なんかも建ててしまっている為、残りの土地の使い方は考えなくてはならない所だった。
しかし、銀次の時代では重層階の建物というのはそれこそ城や一部の仏閣にしかないもので、銀次も遠目に数回しか見たことがない。
一般人が使う住居にまでそんな建築方法が普及しているのか、と驚きながら帳面にそれも書き記すと、隣で木藤がズメンとやらを起こしてくれている。
行動の速さに有り難く思いながら、銀次は次なる課題について言及する。
「旧古桜庵はどちらかといえば茶屋のような形をしていたが、俺達で作る新古桜庵は、子どもたちがたくさん滞在出来るような生活空間にしたいと思ってるんだ。
だから、子どもたちが暮らしやすく思えるような案があれば聞かせてくれ。」
「・・・うーーーーん。段差が少ない間取り、とか?」
『・・・。』
自分でも抽象的な質問だと思っていたが、答える側に取っても予想以上に難しい問題だったらしい。
段差が少ない間取り、という意見を集めたものの、それ以降なかなか意見が出てこない。
それから小一時間掛けて日比谷が絞り出してくれた「家具の角を丸くする」「小さい椅子やテーブルをたくさん置く」を追加した所で、一旦建物だけでも先に建ててしまおうという話で着地した。
『子ども向けの内装などは後で修正し、時間が掛かる建物の建築から始めましょう。』
そう言われて始めた作業は、地面を掘り起こす事だった。
「・・・ッねえ、重機とか作れないのっ?!これじゃあ埓が持たないって・・!」
無言でシャベルを片手にザクザク地面を掘る木藤の横で、手押し車に積んだ土を水たまりに運び出す日比谷がついに根をあげた。
それもそうだ。作業を始めて3日間、ずっと同じ動きをし続けているのだ。
これまでの働きから幽霊に体力の概念は無いものだと思っていたが、流石に飽きというものはあるらしい。
作業を続けてはいるものの、その目に生気が通っていない。
その悲鳴に心から同情して、同じくシャベルを地面に突き刺した銀次も不平を漏らす。
「そもそも建物を建てるのに、なんで地面を掘るんだ?上に向かって建材を積むだけじゃダメなのか?」
『建物には基礎という柱を建てる必要があります。それに以前あったガス管や水道管の類も、キレイに這わせなければ使うこともできません。
館を丈夫に使うには、避けて通れない道です。』
「うっ・・・そうなのか・・・」
そう言われたらやるしか無い。
銀次はバキバキの背中に喝を入れて、基礎作りの穴掘りを続けるのだった。
『基礎はこの辺で大丈夫です。次は管を通したのち、セメントを入れます。自分の指示する場所に順番に流し込んでいってください。いいですね?』
「・・・・あ、ああ。分かった。」
穴掘りを5日間やった後、今度は掘り起こした管やらを延長したり分割して針金みたいなモノをぶち込んだあと、セメントを流し込んだ。
創造の力が使える作業だったので、比較的ラクな作業だった。けれど丸一日は掛かった。
日比谷はお美希を見る代わりに温室でサボっていた。
『銀次殿、今日は基礎の上に柱を建てます。材料は鉄骨が良いでしょう。自分の指示する形に立てていってください。いきますよ。』
「・・・ああ。」
基礎の外壁側に丈の低い壁を作ったあと、木藤の言うがままおかしな形の鉄の柱を立てていった。
地面に差した状態で創造するので力を入れるような作業はなかったはずなのに、何故か首と背中の筋肉がすべてバキバキになった。
それに一日中建材をイメージするだけで、頭の中が疲弊しきってポワポワする。
そして日比谷は温室でサボっていた。
『銀次殿、今日は壁を―――
『今日は二階部分を―――
『今日は床部分を仕上げま―――
『銀次殿、今日は―――
「ぁ~っむっ!」
「――――ッ?!」
意識が遠くなりかけた時、眼の前にお美希の満面の笑みがあった。
ムチムチのほっぺたを赤く染め、抱っこをねだって両手を広げるお美希の姿に、しばし呆然として。
それから自分が今何をしていて、どこにいるかを思い出そうとする。
けれど、二階の施工を始めたあたりからどうも記憶がない。
「?おみき・・・?俺ぁいったい・・・」
『お疲れ様です銀次殿。建物は一旦これで完成です。内装はある程度練ってから始めますので、暫く休んでいてください』
普段は鉄仮面の木藤が珍しく狼狽しているように見える。
何かまずいことでもあったか?
「ちょっとアンタその顔はヤバいって。お美希ちゃんといっしょにお昼寝しておいで。あとは私がやっとくから!」
てめぇこの野郎ずっとサボりやがって。
と罵倒したい気持ちもあったが、それよりも寝たいという欲求の方が強かった。
だから手渡されたぬくぬくお手々のお美希を受取り、温室の座敷スペースへ向かった。
途中にノリコが立っていて、こっちを見ていた。
怒ったような顔をして、黙っている。
「メシはちゃんと食ってるか?適度に休みを取れよ。」
『銀次さ・・・銀次さんは、親にでもなってるつもりなんですか?そんなふうに色々尽くしてるそぶりなんか見せて・・・!』
眠い頭はトゲのある言い方よりも、無視されず、キチンとさん付けで話しかけられていることへの喜びに針が触れてしまって、銀次はほんわかとした気持ちになる。
「親だなんて、俺には到底無理だ。今だって親父達の気持ちなんて分かんねぇしな。」
『じゃあただの偽善じゃないですか。』
ノリコがどうしてそこまで善か偽善かに拘る気持ちは分からなかったが、眠たいので銀次はぼんやりと肯定しておく。
そうすると、今まで漠然と心の中に貯めていた気持ちも流れていってしまう。
「そうかもな。どんなに餓鬼達に優しくしたって、俺達は親の代わりなんてなれねぇ。生後数ヶ月もありゃあ、乳飲み子でさえそれは分かってるだろうよ。
だから、俺達がしてるのはただの慰めなんだろうな。
取り敢えず強烈過ぎる空腹や痛みを癒やしてやって、自分で次に進む為の踏ん切りをつけられるだけの心を整えてやる。きっとそれしか出来ねぇんだ。
どんな世界であっても、結局最後に決める力を持つのは、本人しかいねぇってことなんだろうよ。」
―――子供相手に難しい事を話してしまったことを言っちまったなぁ。
若干の後悔を滲ませながらも、抗えない眠気に引き摺られ銀次は寝床に転がった。
既にうとうと状態のお美希を脇の下にすっぽり収め目をつぶると、一仕事終えた達成感も疲労感も全部、赤子のいい匂いに包まれて流されていく。
そうしてあっという間に意識を押し流された銀次とは対象的に、未だに佇んだままのノリコはじっと空を仰いでいた。




