西京焼きときゅうりの塩漬け
「ちょっと!雑すぎ!なんでそんなことになるのよっ」
「だーっうるせえな!大丈夫だって、こんくらい。」
子ども達が昼寝をしている間に、口うるさい指導の下、銀次は作業を進めていた。
日比谷の助言に従い、薄い強化プラスチックでできた箱にすこっぷで砂を半分程入れ、瓶の中身を逆さにぶちまける。
乱雑な扱いに日比谷は憤慨していたが、当の鉄蟻はひっくり返りながらも、いそいそと毒キノコの元・・・普段のポジションに戻っていく。
さっそく食事を再開させた中の住人が窒息してしまわないように、銀次は通気性の良いカゴ状の蓋をしっかり閉め、子供達が開けないように固定させれば「スイソウ」の完成だ。
トオルの話ではガラスを使ってということだったが、日比谷の助言で割れないプラスチックの方がいいだろうということで素材を変更したが、ガラスよりも軽く、各段に扱いやすいのが良い。
「虫の為に巣箱なんて作ってやるなんてな。ったく、俺らの時代じゃ人サマですら家が無いヤツだっているってのに。トオルの頼みじゃなけりゃ、絶対ぇこんなもん作らなかったぜ。」
「そんな事言わないの。水槽が出来たら鉄蟻ちゃんも喜ぶし、子供達も生き物観察が出来て一石二鳥じゃない。
それにね、私の時代の幼稚園―――あ、小さい子供達を預かる施設のことね。そこでは命について教える為に虫や小動物を飼ったりするものなのよ。」
「あぁ?そうなのか・・・?」
虫なんて観ても楽しくないだろ、と言葉を続けようとした銀次だったが、
腕の中の箱に目を落としてみて、日比谷のいうことも少し分かる気もした。
鉄蟻が尖った顎でキノコを千切り、破片を黙々と口の中に運んでいる様子が間近で見られるのは、少し面白い。
瓶の中より広いせいか、鉄蟻ものびのびとしているように見えるし、土も入っているなら、脚が復活した暁には営巣の様子も観られるかもしれない。
「ね?面白いでしょ。それと、あと一つ創ってほしいものがあるんだけど、いいかしら?」
いい反論が浮かばなかった銀次は、勝ち誇った顔の日比谷を無視して、温室のテーブルの上にスイソウを置く。
日比谷の説明に従い、次の物を創り出しながら銀次は少し不安になった。
大人の用意するモノが必ずしも子供にウケるものではない、という言葉を聞いたことがある。
もっとも、その話は火鼠の頭領―――銀次の父親の言葉だ。
幼い頃の銀次の為に、父親はわざわざ風車を自作したらしい。しかし、一生懸命作った風車は三日と持たず飽きてしまい、代わりに風車を作る途中で出来た端材での積み木遊びに夢中になってしまった、という話だ。
自らの記憶に無いその出来事を聞いて、銀次は若干の罪悪感を抱いたものだった。
幸いなことに、銀次がこれまでに創った遊具などはすべて子供達が有効活用してくれている。しかし、もしあからさまに拒否されたりなんかしたら、立ち直れないかも知れない。
―――もしスイソウが気に入られなくても、単に日比谷の相棒(?)の住処が心地よくなるとでも思っておこう。
そう覚悟してスイソウを設置した銀次だったが、起きてきた子供達の反応は予想通り―――否、予想以上の喜びようだった。
『あーさんっ!』
『わぁー!これにぃにが作ったの?アリさんがよろこんでるよ、ほら、みてみて!』
『すげぇー!!おれも近くでみたい!なぁ、みせてくれよっ』
タカシとチエミ、シンタがスイソウの周りに集まり、思い思いの言葉を叫んでいる。
怖がりのコウメとチカは遠巻きに見ていて、赤ん坊組とノリコは興味は無さそうだ。しかし、子供達の真ん中、スイソウの前から離れないトオルの反応は銀次にとって十分な対価だった。
『・・・・』
至近距離から鉄蟻を凝視するトオルは、周囲の喧騒すら意に介さない。
『見せてー見せてー』とずっと見たがっているシンタが可哀想なので、肩をトントンと叩いて促す。すると、振り返ったトオルの表情に銀次は虚を突かれてしまう。
初めて見る、ニコニコの笑顔だった。
「出来栄えはこんなもんで良かったか?」
コクリ、と頷くトオルに銀次も嬉しくなりながら、シンタを通してやると意外にもすんなり前を譲ってくれた。どうやら後ろの声が聞えないくらい、本当に鉄蟻に夢中だったようだ。
最前席で蟻の観察を始めたシンタと入れ違いに輪から外れると、トオルは俯いた顔を少しあげて、口を開いた。
『あ、あありがとう』
「他のみんなも喜んでる。トオルが提案してくれたおかげだ、こちらこそありがとうな。」
ポンポン、と形のいい頭を触るとトオルは一瞬ビクっとして、少し俯いてしまった。
怖がらせてしまっただろうか、と手を引っ込めると、今度は日比谷が前に進み出た。
「トオル君、おねえさんからはこれをプレゼントよ。」
『・・・?』
「日本むかし話よ。みんなの為に読んでくれたらうれしいな。ほら、他の子達は読めない子も多いから、きっと喜ぶわ。トオル君、ひらがな読めるんでしょ。」
他の子供達に聞こえないように、ヒソヒソ声で話す日比谷が取り出したのは絵本だ。日比谷がトオルに読ませたいからと、追加で頼まれた絵本について、銀次はずっと疑問に思っていた。
書物としては大き目な厚紙で創られたそれは、様々な色でかわいらしい絵とひらがなが散りばめられていて、いかにも子供に好まれそうな見た目をしている。
しかし、大人の前で話す事自体を嫌がっているのに、そんなものを音読させて大丈夫なのだろうか。
心配する銀次をよそに、差し出された絵本を手に取ったトオルは、僅かに頬を緩ませているように見えた。
日が沈む頃、木藤が生後間もない赤子を二人抱えて帰ってきた。
けたたましい泣き声をあげる赤子達を銀次は慌てて引き受け、湯浴みとミルクを与えていると、まだ何も準備していないのに夕飯を準備する時間が過ぎてしまった。
ヘトヘトになりながらも二人の赤子を手押し車に乗せ、待たせている子供達に申し訳ない気持ちで温室に戻ると、なんと既に夕飯が用意されていた。
「あ、おつかれさまー。」
『にぃにー!ごはん先にたべてるよ!』
『んまーっ』『うまいうまい』
『『・・・』』
子供達は既に各々の食事を始めていて、銀次は目の前の奇跡をしばし茫然と眺めていた。
並んでいるのは汁物に魚、漬物という純和食だ。
料理があまり得意でないらしい日比谷に作れるラインナップではない。
となると―――
「神か・・・?さてはお前、神なのか?木藤。」
思わず涙ぐみそうになる銀次に、木藤は相変わらずの無表情のまま白米をよそってくれる。
『そのような言葉、もったいないくらいです。今回も勝手に材料を失敬させていただきましたが、問題なかったでしょうか。』
「問題ねぇ。むしろありがたいくらいだ」
よよよ、と涙を拭う素振りをしながら食卓を眺める銀次。そこに並ぶ夕飯は鮎の西京焼きとみそ汁、胡瓜の漬物だ。
西京焼きという名前自体、銀次の知らないものだったが、のちの時代ではかなり知られている調理法らしい。日比谷が木藤にねだって作らせたそうだ。
本当はさわらという魚を食べたかったらしいが、銀次の聞いたことない魚はもちろん冷蔵庫の中に無い。だから、急遽鮎で代用したという事らしい。
焼きたての鮎の表面は、黄土色のべちゃっとした何かが塗りたくられていた。
湯気の立つ身を一切れ、箸でつまんで白飯にのせると味噌のような香りが鼻腔をくすぐる。
「いただきます。」
白飯と一緒に魚の身を頬張ると、魚特有のじゅわっとした油と甘辛い味が口の中に広がり、銀次は思わず瞑目してしまう。
「美味い。美味すぎる。」
白米のほのかな甘みと、黄土色の調味料の程よい塩気が絶妙に合っている。
気付けば銀次の箸は次々と魚の身を啄んでしまい、あっという間に食べ尽くしてしまう。
まだまだ名残惜しかったが、今度は味噌汁と漬物に取り掛かる事にした。
木藤の作る味噌汁には、不思議な魔力がある。
常々銀次は思っていた。
濃い味の食べ物を食べていても、一口飲めばリセットされ、そしてもっと飲みたくなる・・・そんな魔力だ。
中に入っているのは海藻か豆腐だけなのに、銀次が同じ具材を入れても、何故か同じようにならない。
一体どんな秘訣があるのか―――今回もひと口でその魔力の虜になりながら、気になっている中身について聞いてみることにした。
「なぁ、俺が作る味噌汁と具は同じはずなのに、なんでお前のはこんなに美味いんだ?」
『ふむ・・・・銀次殿、だしは使っておられますか?』
「だし?なんだそりゃ。」
聞けば、木藤はダシという旨味の元となるものを昆布から取っていたらしい。
たしかに銀次が最初に創った食材の中には昆布があった。しかし、使い道がイマイチ見つからずずっと冷蔵庫に入れっぱなしだったものだ。
宝の持ち腐れ同然のそれを丁寧に湯に浸け、味噌汁に使っていたそうだ。
『ダシは昆布の他にもカツオ節などから取れます。使うのと使わないのではかなり味が変わってくるので、是非試してみてください。ちなみに、こちらの胡瓜の漬物にもダシを使用しています。どうです?ただの塩漬けと比べて、美味しいでしょう。』
「お、おう。確かに。」
促されて頬張った胡瓜の漬物は、塩の他にも何とも言えないとろみと旨味があって、次々と口に放り込んでしまう。
気付けば、先に食べ始めていた子供達より先に完食してしまっていた。
名残惜しくもなんとなく手持ち無沙汰になった銀次は、食事をする子供達を観察してみた。
ヨチヨチ幼児三人衆は手掴みで顔面と、何故か頭までごはん粒まみれにしながら、自分なりに食事を楽しんでいる。
後片付けを思うと気が重くなるが、幼児の人数が多すぎて付きっきりで食べさせてやれないので仕方がない。
一方ノリコは年長者らしく、箸で黙々と魚に付いた身を丁寧に取って食べている。おとなしく真面目で躾の良い、木藤のような子だ。
チエミはフォークを片手にあれがおいしいこれがおいしいとトオルやシンタに話しかけながら口を動かし、シンタも一口ごとに同意しながら手づかみで食事を楽しんでいる。
賑やかな二人とは対照的に、トオルはぐっと箸を握りしめているだけだった。
何か怒っているような、泣きそうな表情に思わず銀次は声を掛けた。
「どうしたトオル?食べないのか?」
優しく声を掛けたはずだったが、トオルは唇を噛み締めたかと思うと、堪え切れなくなったように泣き出してしまった。
どうしたどうした、と背をさする銀次と、食事が口に合わなかったのかと若干落ち込んでいる木藤―――てんやわんやの二人から離れた所で静かに様子を見ていた日比谷だけが、何故か席を立った。
「なぁ、何か嫌なことがあったか?なんでもいいから、教えてくれよ。」
『どしたの?ね、いたいところあるの?』
『おれのサカナ、たべる?』
『ッ・・・ぅっく』
見かねたチエミとシンタが駆け寄ってきたが、しゃくりあげながらも、何にも答えてくれないトオルに皆お手上げだった。
なんとなく気まずい雰囲気の漂う食卓に、誰もが視線を泳がせ始めた頃。
突如後ろから差し出されたフォークに、トオルは濡れた目を持ち上げた。
「気付かなくてごめんね。箸で食べられなくてもいいんだよ。ここには、出来なくても怒る人なんていないんだから。」
ポロリ、と落としてしまった大人用の箸を、慌てて拾おうとする小さな手を抑えたのは日比谷だった。
その台詞を聞いて、銀次はようやく気付く。
たしか最近子供達が増えて、子供用の箸が足りなくなっていたのだ。
忙しくて補充することすら忘れていた不足分を、トオルが大人用の箸を取って賄ってくれようとしていたらしい。
しかし、まだ4歳にも満たないトオルが大人用の箸を使うのは、かなり難しかったはずなのだ。
『でっ、でも。う、ウチではお箸をつかわないと、ひっくっ。食べちゃダメなの・・・っだから、ちゃんとしなきゃ』
「厳しいおウチだったのね。でもここではフォークでもスプーンでもいいの。手づかみでだっていいわ。
無理してがんばらなくていいのよ。好きなモノを好きなように食べて、楽しく過ごしてもらうのが一番だから。もちろん、トオル君が望むなら小さい箸も用意するけどね。」
トオルの言うとおり、『ちゃんと』しないと生前の家庭環境では食事も取れなかったのかも知れない。
そのことを場の大人は、もうなんとなく察していた。
だから、銀次も木藤も合わせて肯定する。
「そうだぞ、それに気にすることなんてないぞ。食べ方を気にしてるのなら考えすぎだ。逆にトオルはいつも行儀がよすぎて、俺達もびっくりしてた所だ。
なぁ、トオルはトオルのままでいいんだよ。出来ない事があっても、俺達は怒ったりなんてしないぜ。なぁ、木藤?」
『大人である日比谷ですら、食事の度に米粒をどこかに落としている。それに比べればトオルは比べ物にならない。誇っていいことだ。』
「ちょっと!余計な事言わなくていいのよ!」
喚き散らす日比谷の一方、口々に褒め言葉を掛けられトオルもまんざらでもなかったようだった。少しずつ落ち着きを取り戻し、食事を再開する。
新しく渡された子供用フォークをしっかりと握りしめて、少しだけ嬉しそうだった。
それからまた全員の風呂を済ませ、子供達全員を床にいる状態で、トオルに絵本を読んでもらった。
先に寝落ちしてしまった子もいた為控えめな朗読会だったが、トオルは途中つっかえながらも、なんと『はなさかじいさん』を読み終える事ができた。
日比谷曰く、吃音にはある程度の朗読が効果あるということらしい。
そんなこと全く知らなかった銀次は、感動のあまり手放しの拍手で賞賛しまくる。
トオルはうれしかったのか、その調子で『いっすんぼうし』も『ももたろう』も、プレゼントした絵本を全て読み終えてくれた。
皆に拍手され、晴々とした表情のトオルは満面の笑みを浮かべていた。
『ぼ、ぼく、もっとたくさんの事ができるようになりたい。』
「トオルならできるぜ、なんたって頑張り屋さんなんだもんな。あの箸だって、自分からは諦めずに使おうとしてた位だ。これからが楽しみだってもんだ。」
銀次に褒められて顔を照れ隠しているトオルだったが、ふと真顔に戻ると、正面で朗読を聞いていたチエミに駆け寄り耳打ちをする。
『もういいの?』というチエミの言葉に頷くと、トオルは手にしていた絵本を少し名残惜しげに撫でて―――日比谷に手渡した。
「もう寝るのかな、トオル―――」
くん、と続けようとした日比谷も。
離れた所で赤子の寝かしつけをしていた木藤も、辺りの様子を見ていた銀次も皆、言葉を失った。
もう眠っているチカとユウカ。
抱っこが大好きで寝てくれず、今も日比谷の膝の上にいるコウメ。
トオルの朗読、に覚えたての拍手を送って喜んでいたシンタとタカシ。
木藤が寝かしつけようとしていた、来たばかりの赤子達に抱き着くチエミ。
そして、儚げに微笑むトオル。
ノリコと木藤を除くすべての餓鬼達が、示し合わせたかのように一様に淡い光を放ち始めていた。




