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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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萌芽

歓迎会の翌朝、銀次は新しく来た子供達を全員風呂に入れた。

地獄から来たばかりの子は皆汚れ切っていて、出来れば夜のうちに入れてやりたかったが、空腹と怪我の治療で疲弊していたのか食事が終わる頃にはすぐに眠ってしまったのだ。


そのため早朝に目を覚ました銀次が湯の準備をしていると、日比谷が話しかけてきた。




「ねえ、あの子達のお風呂、私も手伝っていい?」



「いいのか?シャワーだけでも結構な人数だし大変だぜ?もちろん、こっちとしては助かるけどな。」



「気にしないで。そもそも、あの子達の怪我も・・・きっと私のせいだし。こんなことで許される訳じゃないけど、出来る限りの事はしてあげたいの。」




時間が経つにつれ、日比谷が鉄蟻の中で過ごした記憶がはっきりし始めている。

そのせいで、やってきたことへの罪悪感が強まってきているのだろう。

前触れなく告げられた自責の言葉に、銀次は掛けてやれる言葉が出てこなかった。



起きてしまった事は事実で、変えようのない過去だ。

しかし幸か不幸か、子供達は誰一人として死ねない体を持っていて、まだ救うことは出来る。

だから、今出来ることをしようとする日比谷の心意気は応援してやりたかった。




「じゃあ俺は男を洗うから、日比谷の方で女子(おなご)の方を頼む。」






そう分担して風呂を始めた銀次だったが、今までにない手間のかかりように早々に後悔していた。




銀次が地獄から連れて帰ってきたよちよち歩きの赤子と、昨晩木藤が連れて帰ってきた三歳程の男児を、シャンプー、ボディーソープを使って全身をくまなく磨く。

しかし初めての風呂に暴れまくり、はしゃぎまくる幼子達の動きと、何度洗っても泡が立たないほどの汚れは初めてだった。

特に三歳位の男児の汚れが酷い。

もはや体が泥で出来ているのではないかというほど、湯を掛ける度に無限に泥水が流れてくるのだ。

落としきれない汚れに銀次が根をあげそうになっていると、先に女児達の湯浴みを終えた日比谷が助けに来た。



「ここまでの汚れは、初めて見たかも知れないわ。」




介護にも心得があるらしく、赤子の体も手際良くさっさと磨いていく日比谷は妙にうれしそうだ。

どうやら汚れを落とす事に達成感を感じるタイプらしい。

茶色い水が床を流れるたびに恍惚とした表情を浮かべながら、あっという間に二人ともピカピカにしてしまうのだった。




二人を温かい湯につけ、体を拭いたあとは温室に集まってもらった。

正面にちょこんと座るチエミとトオル、湯浴みを終えてご機嫌の様子のハイハイとよちよち歩きの赤ん坊3人、首が座ったばかりの赤ん坊とお美希。その横で日比谷がよちよち組を諫めながらこちらを見ている。

木藤は例の如く地獄に行っていて不在だ。


そして新しく加わった赤子以外の子供達は、見慣れない場所と雰囲気で緊張しているのか固まっていた。



「これからみんなの自己紹介と、赤ん坊達の命名式、それからさくらんぼ植えをやるぞ。あんまり固くならずに楽にしてやってくれ。はい、パチパチ~」



子供達を緊張させたくなくて、分かりやすくおどけてみせる銀次。

パチパチの意味はよく分からなかったが、麻理子がいた時はエスメラルダを褒めたりあやすときに、指先を合わせ叩きながらよく言っていた。


同じように真似してやってみたそれに、チエミとトオルが合わせてパチパチをしてくれた。

それにつられるように周りの赤ん坊達も手を叩き始めてくれたのがうれしくて、銀次がしつこくパチパチを繰り返していると、呆れを含んだ野次が飛んできた。



「・・・自己紹介と命名式は分かるけど、サクランボ植えってなんかおかしくない?」



日比谷にも簡単にオウカノヒメの事を話してはいたが、託された種子に対する思いの深さは銀次ほどではない。

それは仕方ない事なのだが、銀次もやっと手に入れた発芽の機会を、一人でコソコソやるのは寂しいと思っていた。

ある程度事情を説明してから、銀次は半ば強引に自己紹介を切り出した。



「―――ってなワケでようやくやってきた機会なんだしさ。せっかくだから盛大にやらせてくれよ。

・・・それじゃ早速自己紹介から入るぜ。俺の名前は銀次。歳の頃は十七で、盗賊をやってた。まぁ盗賊っつっても貧しいモンからは盗らねぇ義賊だがな。」





「えっ?!アンタってその歳でそんなこわい奴だったの?!警察に捕まるやつじゃん!うわー。あ、でももここには警察いないし・・・まぁいいか。

私は 日比谷 梨香子、21歳で看護婦をしていました。医療の知識はそこそこかな。以上です。じゃあ、次はそこの女の子、自己紹介は出来るかな?」



流れるように自己紹介を進め、緊張している少女に声を掛ける日比谷。

初対面の大人に話し掛けられて、委縮してしまうのではと心配していた銀次だったが、少女は控えめながらも口を開いた。



『わたしはウスキ ノリコです。11さいです。小学5年生です。よろしくおねがいします。』



「ノリコかぁ。すげぇ礼儀正しいな。どこぞのキフジみたいだぜ。俺には堅苦しい言葉なんて使わなくていいからな、よろしくたのむぜ!」



想像以上のキチンとした挨拶にそう返すと、次はその隣にいる男児に視線を注いだ。

日比谷がトオルと同い年くらいに見える男児の横にかがんで、目線を合わせて語り掛けた。



「キミもお名前と歳おしえてくれるかな?」



『・・・シンタ。3さい。』



緊張と人見知りでいっぱいなのか、シンタはそれきり俯いてしまった。

本当なら親とべったりでもおかしくない年齢には、なかなか負担だったのだろう。少し申し訳ない気持ちになる大人組の一方で、同い年だと分かったことがうれしいのか、トオルがシンタの隣にやってきた。


そのまま小さな耳にボソボソと耳打ちすると、びっくりするような顔で振り返ったシンタに満面の笑みを浮かべていた。



『すべりだい?!なんだそれ!』



子供内でのキラーワードを口走るシンタは、もう大丈夫そうだ。




「・・・どうやらトオルにも友達が増えたようだな。」



「・・・なんて説明したらいいか分からないんだけれど、小さな子を持つ親ってこんな気分なのかしら。」




『わたしはねー!チエミです!4さいです!好きなものはチーズハンバーグとカレーです!それから―――』



間髪入れずに始まったチエミの自己紹介とともに、にぎやかな自己紹介の会は終わり、つづいて赤ん坊四人の命名式に入った。

しかし、ここで番狂わせが起きてしまう。

チエミが既に全員の名前を考えてしまっていたのだ。



『トオルくんと一緒に来たこの子はユウカちゃん、わたしの妹とおなじなまえなの!

それからにぃにが連れてきてくれたこの子は、かっこよくなりそうだからタカシくん、この子はくちびるが梅みたいだからコウメちゃん、この子はおともだちのチカちゃんに似てるからチカちゃんね。』



「えぇーー。いや・・・まぁ、考えてくれてたならこれでもいいのか?なぁ、日比谷はどう思う?」



「え?私は別にいいと思うわよ?チエミちゃんの決めたお名前でいいんじゃないかしら。」



「そ、そうか。そうだよな・・・」




タカシだけ名前の根拠がよく分からなかったが、誰も異論が無かったので赤子4人の名前は速やかに決定してしまうのだった。

それからは早速サクランボ植えに入るのだが―――



『ねえ、どこにうえるの?』



「ああ、実はもう場所は決めてあるんだ。」




皆の憩いの場である温室の、ちょうど真ん中にはオウカノヒメの根本がある。

黒焦げになってしまった根本だが、いつ戻ってきても枝を伸ばせるように天井は一番高く、植え込みも広くつくってある。

無駄に広く感じてしまうそのスペースに指で穴を掘り、銀次は旗に包まれた種を取り出して落とした。




「桜の精霊さん、だったわね。隣に埋めてもらえて・・・きっと喜ぶわ。」



「ああ、あいつが目を覚ましたら驚くだろうな。なんたって夢にまで見た自分の子供が隣にいるんだからな!きっと喜ぶなんてモンじゃねぇ。泣いちまうかも知れねぇな。」




声を落とす日比谷とは対照的に、銀次はオウカノヒメが感激する様子を想像して、ちょっと笑ってしまいそうになる。

そうして逸る気持ちを抑えながら丁寧に土を掛け、上から慎重に河の水を垂らした。

粘度のある不気味な赤黒い水がどろっと茶色の土に吸い込まれて、黒いシミが広がっていく。

―――が、地面には何の反応も現れない。




「ねえ、これホントにあってるの?」



「いや、河の水であってるはずだ。間違ってるはずが―――いや、ちょっと待てよ。」



河の水を半分ほど垂らしたところで、銀次は如雨露を取りに走った。

そして残りの水を中にぶちまけ、如雨露を通して水を掛けた。

すると、水の掛かった場所から次々と短い黒い草が生え、枯れていき、再び生える。



『えっ!?』

『はやおくりしてるみたい!』

『・・・!』

『すごい!ぱっぱ!』



見守る子供達の歓声が広がる中、銀次には焦りが生まれ始めていた。いつまで経っても桜の芽が現れないのだ。

オウカノヒメの話では、数百年とずいぶん昔の種とのことだった。

しかもその後、古桜庵の火災にも巻き込まれてしまっている。

彼女が一体どこでこの種を保管していたのか、銀次は知らない。しかし、場合によってはその時既に中身が焼けてしまっている可能性もあるわけで―――





――――夫との間の子じゃ。妾達の全て。生きた証。


―――我らの子を。

―――妾達の生きた証を、頼む。



もしこの桜の種が死んでしまっていたら、アイツは何のために生きていたのか。

一人ぼっちで何百年も、ここで種を守りながら待っていたオウカノヒメの生きた意味は。


自分の身は炎に巻かれながらも、守りきったこの()の意味は?




嫌な考えが次々と湧き上がり、日比谷も何かを察したのか言葉を発さなくなる。

純粋に目の前の現象を楽しむ子供達の歓声だけが広がり、如雨露の中の水が消えていく。

比例して心が冷えていく銀次の表情に、日比谷が目を伏せた。



そのとき。

いくつもの盛衰を繰り返す地面のそこから、何か黒とは異なる明るい色が現れた。



「・・・ねえ、これって。」


「ああ、もう少しだ!」




最後の一滴まで、その場所だけに落とし続ける。


――――そして

祈る日比谷と驚くノリコ、怖がるトオルとコウメ、興奮するチエミ、葉っぱを連呼するタカシに、茫然と成長を見つめるシンタとチカ。そして眠るお美希とユウカ。




全てを照らす眩い光と緑の双葉が、隔離世の地に産声を上げるのだった。


昭和時代は看護師を看護婦と呼んでいた為、そのように表記しています。

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