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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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すき焼き

オウカノヒメの本体である樹の根本は、今は黒焦げで見る影もない。

しかし、古桜庵から離れた所にあった枝や、倒れて離れていた部分は炎を逃れ、今も無造作に転がっている。


仁を使って物質を創造する奇跡の御業は、オウカノヒメの力というより、地獄桜の木材が触媒として働いているというのが銀次の見解だ。

さもなくばオウカノヒメの意思が働かない今、餓鬼達を救う事など出来るはずもない。



そんな生活に欠かせない物の一つである桜の倒木に、銀次はためらいもなく如雨露の水をぶっかける。

この場に麻理子やオウカノヒメがいたなら間違いなくツッコミが入れたのだろうが、残念な事にどちらも不在の今、止める者はいない。




「おぉ!!出てきたぞ!」



まるで時間を早送りにしたように、水が滴った場所から次々とキノコが生えはじめた。

雑多に表皮を彩るのは派手な朱や地味な茶色、白や黄色いものまであり、種類は様々だがどれも形が整っていて美しい。

特に朱色のキノコは鹿の角に似た、不思議な形をしていた。

興味本位で手を伸ばしてみると、急に襟元が後ろに引かれた。



「ぅぐぇっ?!」



『触れてはいけません!毒です!』



馬鹿力で引かれたせいで後ろにひっくり返った銀次は、有無を言う暇もなく木藤の言葉に従わされる。


ゲホゲホとせき込みながらも、起き上がって眺めたそれらは、確かに派手で毒があると言われても納得の見た目だ。

キノコに知識が無さすぎて先入観のなかった銀次だったが、そう言われて急に恐ろしくなる。


派手な朱のキノコ以外は地味な白や茶色のモノばかりだったが、木藤はそれらにも表情を凍らせていた。



『カエンタケにスギヒラタケ、ドクヤマドリまで・・・植生もむちゃくちゃだ!そもそもこんな場所で生えるわけがないのに。

銀次殿、これらは全部毒キノコです。近くにいるのも危険ですので、速やかに処分したほうが――――「すごい!これ全部食べられるやつってさ!」



「?!!」



いつの間にかに後ろに立っていた日比谷が、はしゃいだ様子で倒木のキノコに駆け寄っていた。

呆気にとられる銀次達の前で、瓶の蓋を空けたと思ったら、手づかみでキノコをむしっては小瓶の中へ入れ始める。



『やめろ!死にたいのか!!?』



「ちょっと!!私はもう死んでるんだから関係ないでしょ!邪魔しないで!!」



怒鳴りながら日比谷をキノコから引き剝がそうとする木藤と、抵抗して幹にしがみつく日比谷。


ボロボロに千切れて散らばるキノコと、遠くで見ているチエミとトオル・・・もうめちゃくちゃな場面に銀次は頭を抱えるのだった。



「頼むから、仲良くしてくれよ・・・!」












銀次はぼろぼろになったキノコの破片と幹にこびりついた石突をはがし、集めて蟻の瓶に入れて密封する。

万が一にでもお美希が拾ってしまう事が無いように、キノコが散らばった地面は炎で焼き、土を掛けて埋めた。

いくらここでは死なないとはいえ、毒で苦しむのはまっぴら御免なのだ。



「まったく。少しは後の事を考えろよな。」



『面目ありません。』

「こいつが邪魔するから!」


「だからもうやめろって!!」


揉めまくる人間達をよそに、鉄蟻は上から降り注ぐ毒キノコを歓迎するように触角を揺らすと、片っ端からキノコに齧り付いていた。

その毒性を詳しく知らない銀次からしてもゾッとする光景だ。



「おいおい。毒キノコなんか食わせて本当に大丈夫なのかよ?」



「ええ、大丈夫って言ってるわ。それに家族と暮らしていた時の記憶でも、同じようなキノコを食べてたし。」



「えーっと、それはその蟻の言葉が分かるってことか?まぁ今更驚きもしねえけどよ・・・」



『毒というのはあくまで人間に対しての話ですからね。他の生物や、ましてや地獄の生物などには全く違う性質をもっているのかも知れません。


さて、そろそろ自分は御暇させて頂きます。』




皆で鉄蟻の食事を眺めてからしばらくして、木藤が立ち上がった。

そういえば飢餓の餓鬼が途絶えて、しばらく経つ。すぐにでも動けない餓鬼達を助けに行きたい所なのだろう。

背負子を手に真っ暗になりつつある水辺に向かって歩き出す木藤に、銀次は声を掛けた。




「出掛ける前だったのに、ありがとうな。暗いから気をつけて行けよ。」



『20時までには戻ります。では。』



「・・・あ、あのさ。」




敬礼だけして去っていこうとする木藤に、日比谷も声をあげる。

また喧嘩を始めるのではと身構えた銀次だったが、日比谷は不自然にそっぽを向いたまま、早口に一言紡いで脱衣所に走っていくのだった。



「キノコ、ありがとう。それじゃ」




『・・・』



「・・・。」




誰も何も言わなかった。

けれど、ほんの少しだけ二人の間の緊張感が薄れた様な気がした。たぶん。







残った銀次は夕飯の準備を始める事にする。

新しい子供達が増えたので少し手の込んだ料理を作ろうと、目を覚ました赤子の餓鬼は日比谷に任せ、お美希を胸元に括り付けて炊事場に立った。




「あんまー?むぅー。」



「こうやって兄妹二人でいるのも久しぶりだな。最近は別の子供達の事で手一杯で、あんまり構ってやれなくてすまなかったな。

でも忘れるなよ、にぃにはいつでもお美希の事が大好きだからな。ーーーそれっ!!」




「キャッキャッ!」




ちょっとした変顔でも、お美希は両手を振り回して大喜びしてくれる。

その喜びように釣られて破顔してしまいながら、銀次は胸元の宝物を抱き締めた。

細く柔らかい髪からはなんとも言えないイイ匂いがして、このままずっと抱きしめていたくなる。



「どんなに疲れていても、この笑顔さえあれば頑張れてしまうんだよな。

まったく、赤子ってのは恐ろしいもんだぜ。ホント。」




満足するまでお美希の頭頂部を嗅いでから、銀次はようやく目の前のコンロに向き合った。

吹き晒しの炊事場は冷たい風が吹き込んで料理がしづらい。しかし、今回多くの餓鬼達を成仏させることが出来たおかげで、使える仁に余裕が出来た。



近いうちに始めたい古桜庵の再建に思いを巡らせながら、銀次は米を研ぎ、炊飯器をセットする。



「建て直すなら前より広くして部屋数も増やしたいな。土地ならまだまだ余っているし。」



以前の古桜庵は長屋の半分ほどの広さしかなく、水溜りの際までまだまだスペースがあった。

広めに建設して母屋だけでなく、外でも座って食べれるような椅子やテーブルも置きたい。

それに子供達が余裕もって眠れる広さの寝室に、たくさんの料理を振舞える炊事場。

考えれば考えるほど、まだ見ぬ古桜庵の姿に銀次の夢は膨らむ。



「外観なんかも温室の未来感とかけ離れてない方がいいな。帰ってきたら木藤に相談するか・・・ん?」




空想に耽る銀次を現実に引き戻したのは、着物の袖を引く小さな手だった。トオルだ。

着ている服は未来のものなのだろう、変わった形の清潔感のある洋服だった。地獄にいるには不相応な装いは、裕福な家庭の子だったのだろうと推察した。


そういえば直接話をするのが初めてだった、という事を思い出しながら、つやつやとしたおかっぱ頭を見下ろした。


しかし当の本人は勇気を出して絡んでみたものの緊張しているのか、視線を銀次と鍋の間で泳がせている。

少し離れた場所からチエミが見ているが、こちらの様子を見ながら小声で何か言っていた。


何か遊びの一環なのだろうか。そう思いながらも、銀次は屈んで目線を合わせた。



「どうした?なにかあったのか?」



『っ!!・・・・。』




ビクっと肩を震わせたトオルに、それ以上の言葉が掛けられず微妙な沈黙が漂い始めた時、チエミが見かねたように走ってきた。



『ほら!お話のれんしゅうを思い出して!がんばって!』



俯いたトオルの後ろで激を飛ばしながら、地団駄を踏んでいる。

そういう事かと納得しながら、銀次はチエミに語り掛けた。



「チエミはトオルに会話の練習をさせたくて、俺に話しかけさせたのか?」



『うん、トオルはね大人の人と話すと緊張しちゃうんだって。だかられんしゅうなの!』



「それはトオルが練習したいって言ったのか?それに、チエミはどうしてトオルが大人と話そうとすると緊張しちまうか、知ってるか?」



『ううん、それはしらないけど・・・。』




俯いたトオルは、落ち込んでいるようだった。

チエミにも何の悪意もない。

それは十分に理解していたから、銀次は出来るだけ傷つけないように優しい言葉で語り掛けた。



「チエミ、ここに来る子供達はそれぞれ色んな事情があって来てるんだ。チエミはお父さんとお母さんといっぱいお話して、お話の練習をたくさんしてからここに来れた。そうだろ?

でも、すべての家が同じ条件とは限らないよな?トオルのところは、お話のかわりに別の事を練習してたかもしれない。

それぞれ得意分野が違うからな。それを無理に練習させられると、すごくしんどいんだ。チエミも苦手なものはあるだろ?」



『うん、チエミはニンジンがきらい。』



「そうか、じゃあ毎日ニンジンを食べる練習をさせられたらどんな気持ちになる?」



『そんなの、ぜったいにイヤ!』



悲壮感に溢れる顔をぶんぶん振って嫌がるチエミ、に笑ってしまいながら銀次は諭す。



「だろ?それと同じだ。人から強制されるのはしんどいからな。

トオルが自分で、大人とも話がしてみたいと思える日まで待とうぜ。なぁ、トオル?」



急に話を振られて肩を跳ねさせる様子に、その日が来るのは遠そうだと思いながら銀次は立ち上がる。

そうして遅れていた夕食の準備を再開しながら、ふと閃く。


―――せっかくだから、トオルの好きな食べ物を振舞うか。



「なぁ、今日は歓迎会ってことでトオルの好きな料理を作ろうぜ。チエミ、聞いてくれないか?」



銀次の呼びかけに、嬉々として通訳に歩み出てくれたチエミが、トオルのヒソヒソ声を拾ってくれた。




『いいよ!えーっとね――――すき焼き、が食べたいんだってさ!』



「すき焼き?!なんだそりゃ?」



『チエミも食べたことあるよ!えっとね、醤油と砂糖と何かが入った汁に、お肉とお野菜が入ったごはんだよ!』



「・・・・うーーーーん、そうかぁ・・・。」



作り方に想像が付かず困っていると、トオルは何か言いたい事があったらしい。

改めてチエミの耳元で何事かを囁く。



『てつなべに、醤油と砂糖とみりん、りょうりざけ?あとはダシを入れて、ワリシタを作ってそれから―――』



「ちょちょちょっと待て!今から言われた通りに作るから!」



トオルは生前母親が作ってくれた料理をよく覚えているらしく、作業する銀次の傍ら、必要な素材を適宜チエミを通して教えてくれた。



『豆腐はサイの目?さいのめぎり?にしてねぎはささがき?にするんだって』



トオルの知識の内容にチエミが付いてこれていないのか、通訳内容が怪しくなってくる。

ここまで詳しく知っているとなると、よく覚えているというレベルではない気もしながら、銀次は料理を進めていくのだった。



「よし、出来たぞ・・・!」



鉄鍋いっぱいにぎゅうぎゅうに詰め込まれた牛肉と豆腐、こんにゃくと野菜達が甘辛い香りを漂わせるタレに浸かり、光輝いていた。

これを生卵に浸して食べるらしい。


とろける食感を思わず想像してしまい、涎を飲み込む。

強烈に胃に訴えかける香りに抗いながら、銀次はトマト鍋の時にも使ったカセットコンロを温室へ運び、ささやかな宴の準備を進めていく。



「チエミ、日比谷達を温室へ呼んでくれ。みんなで晩飯だからな。」



『うん!分かった!』



慌ただしくしている所で、木藤も餓鬼を二人連れて帰ってきた。

歳の頃は十あるかないかくらいの女児と、3歳くらいの男児だろうか。二人とも片脚を失っていて一人は背負子に括り付けられている。一様に意識が朦朧としているのか、体に力がなく目は虚ろだ。



『ただいま帰りました。夕飯に間に合ってよかった。この子達もご一緒しても?』



「おう、もちろんだ。椅子を用意するから、一緒に食わせてやろうぜ。」



傷ついた餓鬼を座らせ体の泥を拭いてやっていると、赤ん坊をつれた日比谷達も集まってきた。

すっかり目を覚まし機嫌の良さそうな赤ん坊達も一緒に、食事に参加させるようだ。



「すごーい!すき焼きなんて食べられるの?!え、しかもコレ和牛じゃない?!もう有難いったらないわぁ!」



「ああ、これも全部トオルがすき焼きの作り方を教えてくれたおかげだからな。礼ならトオルに言ってやってくれ!」



『ありがとうね!』「すごいわね、ありがとう!」『感謝する。』「ばっばぁー!」




口々に掛けられた謝意に、トオルが恥ずかしさに爆発しそうだったので、銀次は会話を切り上げ両手を合わせた。



「今回の遠征の成功と新しい出会いに、感謝だぜ!」



「えっと、お世話になります?」

『!!』

『宜しく願う』

「あむむー」



それぞれの挨拶を皮切りに、皆でつつくすき焼きの味は格別だった。

しっかり火の通ったシラタキと牛肉をまとめて摘み、溶いた生卵の液に漬け、口に頬張る。

途端にワリシタの塩味と甘味と、和牛のとろける旨みが口の中でほどけ、無意識に白米を口に投入してしまっていた。



「はふはふ、う、うめぇ・・・うめぇよ・・・」



余りの美味しさに涙が出てきた。

見れば木藤も一瞬目頭を抑えているように見えたが、何もなかったように、新しい餓鬼たちの口に同じものを運んでいた。

日比谷はせっせと鉄鍋に追加の具材を投入しながら、食べ頃の肉や野菜を皆の小鉢に入れてまわってくれている。

なんだかんだ言って面倒見がいいのだろう。

トオルとチエミはそうして入れてもらった具材を、ふーふーしながら食べていた。


銀次も自分の食事を進めながら、離乳食期の赤子達に食べられるモノを取り分けて順番に口に運ぶ。



「お美希もこんなに美味しいモンを早く食べられるようになるといいなぁ。すき焼きだけじゃなくてもっとーーー」



隣で眠るお美希にそんな願いを口にしてしまったところで、銀次は口をつぐむ。

隔離世に留まっている限り、そんな日は来ない。


他の餓鬼達のように成仏して浄土へ向かう事も、現世の子供達のように成長して自由に楽しく遊ぶこともできない。

銀次が隔離世に留まり続ける限り、お美希は成長する心に見合わない小さな肉体に縛られる。






楽しい歓迎会で新しい餓鬼達はすっかり体を回復でき、日比谷たちとも心の距離は縮まった。

しかし、胸の内ではいつまでも冷たい現実に苛まれるのだった。






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