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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
38/53

日比谷という女

「あのー。銀次、だっけ。私からも色々質問をしたいんだけど。」



「え?ああ。すまねえ。ぼーっとしてた」



思考の海に潜っていた銀次を引き戻して、日比谷は溜息を付いた。

目元を抑えて項垂れる様子は、疲れの色合いが濃い。

というか、幽霊も疲れるのか。



「私、どうして今こんな場所にいるの?目を覚ます前までは、別の場所にいたはずなのに。それにさっきの蟻・・・。」



「それは・・・」



答えにくい質問をド直球で聞かれて、思わず口ごもる銀次。

まだ少ししか話をしていない銀次でも、なんとなく日比谷が悪い人間でないことは分かっていた。

だから、これまでの過程―――鬼となり餓鬼を殺傷し続けてきた事実を、面と向かってぶつけるには気が重い。

けれど、伝えねばなるまい。

そう決意を決めた所なのに、話の口火は別の場所から切られてしまう。




『貴女は蟻の化け物となって暴れ回っていた。だから我々で討伐し、人間の姿となった所を尋問するためにこの場所へ連行しています。』



背後から現れた木藤は、空っぽの寿司桶を寿司桶を脇に抱えて立っていた。

餓鬼達の多くが成仏し手が空きはじめたのだろう、後片付けをしていたようだ。



木藤の言葉には、いくつか語弊があった。

そもそも日比谷を連れてきたのは、話をして鬼の頭領に関する情報を得たい、という目的だった。

まぁ、あわよくば古桜庵復興の助力を願えれば、という下心もない訳ではなかったが。


それに蟻の討伐に木藤は参加していない。

恐らく日比谷から銀次へ向かう悪感情を分散させるために、そういう言葉回しにしたのだろうが―――



「・・・ねえ、貴方その衣装って日本兵?なんでそんな恰好をしてるの?」




改めて木藤の姿を見渡すと、あからさまに日比谷の態度が悪化していく。

彼女の急な変化に驚きながらも、銀次は似た状況を思い出した。

自分がかつてそうだったように、見慣れない装いに不安を感じたのかもしれない。そう思って慌てて出自を説明する。



「この世界は過去未来いろんな時代に繋がっているようでな、俺は永禄、お前らでいう戦国時代から来ている。木藤はダイニジセカイタイセンの時代から来た(ツワモノ)だそうだ。だからこんな厳つい恰好をしているんだ。」



「うわ・・・これから私、拷問にでも架けられるのかしら。」



しかし、安心するどころか説明を聞いた途端、思いっきり睨みつけられて距離を取られた。

訳の分からない情緒の変化に戸惑いながらも、銀次はとりあえず話をすすめることにする。




「・・とりあえず、これまでの事を説明するぞ。」





*****




「そんな・・・でも本当に私がやったのよね。」



日比谷は自分が鬼だった間にやらかした事に若干ショックを受けていた。

当初、餓鬼達を痛めつけた現場を覚えていないせいか、あまり実感が無さそうだったが、子供達の状態を説明すると白い顔を更に青ざめさせていく。



記憶がない以上、腹を立てても仕方がないと割り切っていた銀次とは違い、木藤は納得がいかないようだった。



『今もあの場には体を欠損したままの子供達がいますので、これが終わりましたら自分は回収に行ってまいります。』



言わなくていい枕詞を並べて、木藤が踵を返す。

対する日比谷も、顔を更に険しくしながら大きな背中を睨みつけていた。



「厭味ったらしいなぁ。分かってるっての。あいつだって人殺しのくせに。あーっ腹が立つ!」



「兵なんだから普通、人は殺めるだろ。・・・なぁ、なんでそんなに怒ってるんだ?そもそも木藤が怒るのも無理はないくらい、お前の有様は酷かったんだぜ。

だけど、俺たちも許す。だからおあいこって事にしといてくれよ。」



「日本兵でしょ?!あいつらがどれだけ酷い事をしてきたかを勉強してないの?!あ・・・、昔の人だから分かんないか。それに私も意識を無くしてた間は酷いことをしてたし・・・あんまり人の事言えないよね。」



シュン、といったんは嫌悪の鳴りを潜めた日比谷だったが、どういう訳か基本的に日本兵に良くない感情を持っているらしい。

よく知りもしない相手をそこまで嫌うなど、一体どんな事情があるのか。

気になった銀次は突っ込んで聞くことにする。



「なぁ、日比谷はいつの時代から来たんだ?」



「私が死んだのは昭和36年。西暦で言えば1961年ね。冷戦真っ只中でベルリンの壁が出来たり・・・世界が荒れてる時代だったわ。」



「木藤は1944年って言ってたか。だったら日比谷は木藤の時代よりだいぶ先のはずだろ。直接的な被害はないだろうに、なんでそんなに目の敵にするんだ?」



木藤の時代の戦は日本と国外との戦だったと聞いている。

身内を殺された可能性も低いし、異なる時代にまで嫌悪感を及ぼす理由に想像が付かず、銀次が首を傾げると、日比谷はとんでもないと首を竦めた。



「そんな戦争をしたせいで、日本はたくさんの人を殺したし、殺されたのよ?!国はめちゃくちゃになってすごい額の賠償金も支払わされたし、アメリカには基地まで作られて。


だから戦争はダメ。兵隊なんて、持ってもほかよ。学校でもそう習ったわ。」



「そう習った・・・か。」



どうやら想像以上に根の深い問題らしい。

戦とその後の有様が凄惨なのは、銀次も良く知っているし、戦がダメなのは心底肯定できる。


戦がある度に、どこの民も荒らされた村を立て直しては、恨み辛みを吐き溜める場所もなく死んでいく。

しかしどこの地方の村民も敵方の兵を悪く言う者はおれど、自領の兵を貶める発言をする者はみたことがなかった。


それが戦の規模によるものか、時代の変化によるものなのか。それとも戦に負けたことが原因なのか。

銀次には分からない。

しかし日比谷が何と言おうと木藤は銀次にとって大切な仲間だし、日比谷もこの地を離れる時までは争ってほしくなかった。



「木藤達が命を懸けてまでお前達のいる未来を守ろうとしたのは事実だろ?それに何がどうあれ、戦を始めたのは国であって木藤個人じゃない。

どんな学びを積んだのかは知らないが、今その憎しみを木藤にぶつけるのはやめてくれ。」



「・・・分かったわ。」



正直色々思う処はあったが、とりあえずこの場は和を乱さないよう、銀次は釘を差しておく。

そして代わりに、袂に入れていた小瓶を目の前にぶら下げた。




「ところで、こいつはどうする?」



日比谷から取り上げた蟻は、瓶の中でまだ生きていた。

触覚だけ揺らしながら脚のない体を寝かせ、いじらしく人間の下す沙汰を待っている。

端から見れば小さな生き物がイジメられている可哀想な図なのだろうが、銀次はどうにも手心を加える気にはなれなかった。



「その蟻、私に返してくれない?」



「なぜそこまでこの蟻にこだわる?その理由次第だな。」



瓶の中へ視線を注ぐ日比谷はしばらく沈黙したのち、ややあって語り出した。





「私、鬼になっている間の記憶を、少しだけ思い出したの。」













―――1940年、高度経済成長期の只中で代々続く医師の家系に生まれた赤ん坊、日比谷 梨香子は、生まれ持ったすべてが疎ましくて仕方がなかった。


厳格な両親と家柄。

医師になることを条件にのびのび育てられた兄二人。

厳しく育てられ、女ならせめて看護婦をと無理やり専門学校へ行かされ。

その見た目から、赴任した院では先輩看護婦からの執拗ないじめと医師からの接待(セクハラ)もあった。


本当は歌手になりたかった。

別の家庭に生まれて、自由に行きたかった。

世界も人生もすべてが閉塞感でいっぱいで、友人もおらず、何一つ救いは見いだせなかった。


21歳にして、もう思い残す事はなかった。



「こんな人生に、意味なんてない。」




そう息巻いて首を吊ったにも関わらず、自由になったはずの世界でも何故か心は晴れなかった。

それどころか、死んだ後の自分は誰にも見られず、話すことすらできず、以前よりも孤独になった。


世界は梨香子だけを置いて移り変わり、見る間に変化していった。

自分を苛め抜いた病院は取り壊され、新しく学校が立ち、多くの子供たちが行きかいながら成長していく。

それなのに自分だけが変わらず、変われず。誰にも気づかれず、ただそこに存在していた。それが、耐え難いほど辛かった。


長い時間を暗澹たる心地で過ごす中、急に目の前に現れたのは眉目秀麗な男だった。



「君に来てほしいところがあるんだ。ついておいでよ。」



「私が、見えるの?」



久しぶりに話しかけられたのが嬉しすぎて、男の言うままについてきてしまった。

そして指示された扉をくぐると、夕焼けの野原に辿り着いた。

見渡す限りのオレンジの草原の先には、ヨーロッパにあるような洋風の城がそびえたっていた。



「すごい、あなた王子様なの?」



「ハハ、そんなところだよ。おいで、今日からここが君の家だ。」



柔らかな笑みを浮かべた男に胸をときめかせながら、招待された城へ足を運んだ。

煌びやかな内装と、美味しい料理、清潔な部屋。


数々のもてなしを受けて、男へすっかり心を許してしまっていた。生まれて初めて、自分が大切にされていると感じた。


イシザキ、というのが男の名前だった。

だけれど何者なのか、なぜこんなところに住んでいるのかは教えてくれなかった。

疑問はあったけれど、質問をはぐらかされるうちに、どうでもいいやという気持ちが大きくなっていた。


だからその日部屋に呼ばれた時も、なんの疑いも持たずに扉を開けた。



「君にプレゼントがあるんだ。開けてみて。」



手渡されたのは大きめの木箱だった。

少し重みのある蓋には、手捻りで開く錠が掛かっていた。



「なんだろ、楽しみだなぁ。」



中にあるものに集中するあまり、気が付かなかった。

目の前にいた男が、そっと距離を空けていることに。


箱を開けた途端、無数の何かが飛び出してきた。

胸元に飛びついたそれを凝視すると、それは大きな蟻だった。

ほかにも体を乗り越えて飛んで行った蜂、ムカデ、ゲジのような虫、蛇・・・

おぞましい生き物の数々に絶叫しながら、振り払おうと床をのたうった。



「鉄蟻かぁ。親和性の高さで言えば当然か。でもこのままじゃ回収に向かないなぁー。あ!良いこと考えた!」



何を言っているのか分からなかった。

まるで夕飯の献立を思い付くようなノリで、何処からか取り出した棒を振る。するとその先から紫の霧が飛び出し体に纏わりついてきた。

咄嗟に振り払おうとした手足が紫に触れると、激痛が走る。

けれど、叫び声すら出てこない。

それもそのはずだ、声を出す為の器官が変わってしまっていた。



「グッ・・・ァぎぃ・・・!」



喉の奥が潰れ、歯が抜け落ち、骨がマグマの様に赤く溶け皮膚を焼く。

口だけではない。

頭も体も腕も、ぜんぶぜんぶ肉が捻じれ、膨張し、撚り固まって何か別のモノができていく。

痛い痛い痛いお腹の中が頭が胸が脚が全部痛い。


言葉として発散されない激痛に思考が埋め尽くされ、視界が黒一色に染まり、代わりにそこら中の匂いが強く脳に突き刺さる。

自分という個が消えて、別の何かと混じり合う。

そんな感覚の中で出来上がった感情の中に、恐怖以外の何かが混じり始めた。



「さぁ、家族を探しにいけ。早くしないとみんな死んじゃうよ。」



変形した耳に届いたイシザキの意味不明な言葉に、自分の中の誰かが戦慄するのを感じた。

けれど視野の遠くで見えた光の点に、なぜか動揺は安堵へ切り替わる。



遠くでわたしのこどもが傷ついている。たすけてあげなければ。



脳裏に浮かぶ別の意識に、体が引きずられ連れていかれる。

かろうじて残っていた個が、抗おうともがいても体がいう事を聞かない。

自分が何だったのか、なんという名前の人間だったのか。

それすらも分からなくなりながら、一つだけ思い出し、そして気付く。



自分がイシザキに名前を呼ばれたことも、聞かれたこともない事に。












「―――そこからの記憶は、光を追いかけて捕まえるだけの日常しか残ってない。心が一つになって分かったんだけど、この蟻も自分の家族を探しているだけなの。

あの男に巣を荒らされるまでは、普通に家族と暮らしてた。それなのに、何もかも壊されておかしなチカラで私と融合させられて、魂の光しか見えなくなってしまった。

だから、同じ大きさのヒトの子供を自分の子供だと思ってしまった。


子供達のことも、ぜんぜん傷つけるつもりはなかったの。

ただそこにいる光を捕まえたらなぜか消えてしまって・・・次の光を探し続けてた。


でも銀次の話からすると、その光は子供達だったんだよね・・・。本当に、ごめんなさい。」



俯いた日比谷は、申し訳無さそうに呟く。

銀次も黙ったまま頷いたが、内心ではイシザキへの怒りが渦巻いていた。


俊介に刃を持たせて他の子供を傷つけさせ、最終的に傷つけるだけ傷ついた連れ去った。

麻理子を鬼にしたのもイシザキだ。

日比谷を鬼に変え餓鬼達を狩らせたのも、何が目的なのかは分からない。


分かったとしても絶対に許容出来ないし、するつもりもない。


これまでは麻理子と俊介を取り返して、餓鬼達を成仏させて現世に戻ることだけが目的だった。けれど、もうそういう訳にはいかない。

イシザキが存在する限り、きっとこんなことはいくらでも起きるのだから。



「生かして、おけねぇな。」



――――探し出して、息の根を止める。


物騒な銀次の宣戦布告に慄いたのは日比谷だった。

途端に腰を抜かして後ずさりを始める。




「ご、ごめんなさい。許してもらえるなんて、思ってないです。でも謝らせてください!本当にごめんなさい。」


「えっ?あっ!ちげぇ、お前らの事じゃねぇよ!!そもそも日比谷はもう死んでるだろ。・・・そう、それより!!日比谷はいいとして、この『鉄蟻』とやらをどうしようかって話だ。」



どうやら自分の考えが言葉に漏れている事に気付き、銀次はあわてて話題を変える。

どうも最近独り言が増えている事を反省しながら、瓶を日比谷へ返した。

すると蟻は瓶の中で日比谷の方へ触覚を向けて、なにか伝えようとしているように見える。



「え、えっとそうね。出来れば殺さないであげてほしい。せめて目を治すことが出来ればいいんだけど・・・。

うん・・・?何か伝えようとしてるけど・・・脱皮?ダメ、やっぱ分からないわ。」



「なぁ、体が一緒だったなら鉄蟻の昔の記憶とか、何か覚えてないのか?ほら、生態とか食い物とかさ。」



「ええ。イシザキに捕まるまでの記憶なら見たことあるわ。普通の蟻と違って、つがいの雄一匹と子供達で人間の家族みたいな生活をしてた。地中に穴を掘って色んなキノコを育てて食べながら暮らすの。そして月に一度脱皮を・・・・あっ!」



急に何かを思い出した日比谷は、瓶の中の鉄蟻を凝視する。

視線の先で触覚を揺らす鉄蟻に向かって何度も頷きながら、声をあげた。



「そう!キノコよ!キノコを食べれば脱皮できる!」



「お、おう、脱皮出来れば目も治るんだな?」



「そう!銀次の力でなんとかキノコを用意できない?なんとかして治してあげたいの!」



鉄蟻を治療する方法が分かって興奮する日比谷の勢いに押されながらも、銀次はキノコに関する知識を掘り起こす。

実のところ、銀次はキノコが苦手だった。

一度だけ椎茸を食べたことはあったが、あの独特な匂いと味が無理で、それ以降食べた事がない。

その為キノコに関する知識がほとんどなかった。


ダメ元で記憶の中の椎茸を絞り出し、手元に創り出して与えたが―――。




「ううん、このキノコじゃないみたい。食べることは出来るみたいだけど、栄養が足りないっぽい。」



「そうか・・・。」



瓶の中に落とされた椎茸に齧り付いている鉄蟻だったが、日比谷の通訳によると芳しくないらしい。

せっかくの情報にも関わらず、鉄蟻の治療計画はいきなり頓挫してしまう。

こうなったらもう一人の知識を試すしかない。






「すまねえ木藤、キノコについて知らねぇか?」



赤ん坊たちの世話を日比谷に任せ、敷地内の片付けを済ませた後、地獄へ出かけようとする木藤に声を掛けた。

なんの脈絡もなく質問したものだから、なんでそんなことを聞くんだとばかりに眉を顰められてしまった。

が、律儀な男は首を傾げながらもきちんと答えてくれる。



『・・・キノコ類の栽培はしたことありますよ。椎茸、しめじ・・・エノキタケは天然モノを採取していましたね。どうしてキノコについて知りたいのですか?』



事情を説明すると、木藤はもっと困った顔になって黙りこくってしまった。

それはそうだろう、悪意はなかったとはいえ、あの残虐な鉄蟻を助けるためのキノコなのだから。



「すまねぇな、やっぱり俺の方でなんとかしてみる。」



『待ってください。』



立ち去ろうとする銀次を呼び止めた木藤は、少し考えながら如雨露を差し出してきた。



『その蟻は地獄に住んでいたのでしょう。それなら現世のキノコではない方が良いのではないでしょうか。ならば、これらの木材に如雨露の水を掛けてみてはどうでしょう。

菌糸がついていれば、地獄原産のなんらかのキノコが生えてくるはずです。』




そう促した木藤の視線の先には、オウカノヒメの遺した倒木が転がっていた。

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