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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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牛丼

ポチャン。

ポチャンポチャン。

ポチャンポチャンポチャンバチャバチャバチャ


最初は雫が跳ねるような音だったそれが、瞬く間に雨音へ変わる。

水音一つにつき餓鬼達が一人、また一人と増えていき、あっという間に人集りとなった。


現れた餓鬼達は大きな子も小さな子もいた。しかし、銀次がこれまでに成仏させてきたどの餓鬼よりもガリガリで、衣服とも呼べないボロボロの布切れを体にくっつけている。

そしてーーーー



『『『ぅあああああん!!』『ください、ごはんください』『まんま、まんまんま』『めし』『ああああ!!!』』』




虚な目付きの彼等が口々に呟くのは、銀次が先程うっかり口に出してしまった食への渇望だ。

ほんの一言、溢してしまった言葉を拾い上げ、ここまで追いかけて来る執念の正体に、銀次は心当たりがあった。




餓鬼達は死んだ状態のまま地獄へ連れて来られる。その後空腹や怪我による痛みを感じる事はあるが、基本的には死んだ直後の状態を引き摺りやすい。


つまり死因が飢餓だった場合、強烈な空腹に苛まれたままなのだ。

オウカノヒメの曰く、最も注意しなければならないのはそういった餓鬼達だった。


そして目の前にいる子供達こそ、恐らく古い時代の飢饉で死んだ子供達なのだろう。

数え切れない程の瞳と饐えた匂いを漂わせ、飢えた者の狂気が瞬く間に渦巻いていく。



『『『『・・・』』』』




どんどん増え続ける餓鬼達に、銀次は鬼と対峙した時以上の恐怖を感じて後ずさった。



ーーー食われる、かも知れない。



火鼠にいた頃も、豪農や商人から奪った食料を貧しい人々に炊き出しを施す事はあった。

相手にもある程度の節度はあったし、何よりも火鼠の人数の方が多数であったから、身の危険を感じることもなかった。


しかし―――



『この人数はさすがに危険です。皆揃って逃げるのも手かと。』



目の前に立ち尽くす餓鬼達は既に40を超えただろうか。

飢餓に狂った子供だけの集団は自制も統制も効かないだろう。

いつ飛び掛かってきてもおかしくない。

餓鬼達を刺激しないように、小声で木藤が囁いた。



「駄目だ。今逃げたら、お美希もチエミも大変なことになる。」



先程押し寄せる餓鬼達に踏みつぶされそうになっていた、両腕の赤子がいい証拠だ。

それに、先程目を覚ましたばかりの女人もまだ状況が理解出来ていないらしく、腰を抜かして怯えている。

我々だけ走っても、置いていかれ踏みつぶされるだけだろう。



こうなったら、覚悟を決めるしかない。

銀次は餓鬼達から視線を外さないまま、地面でへばってる女人に語り掛けた。



「おい。」



「はひぃっ?!」



「料理は作れるか?」



「・・・えっ?いや、その、少しだけなら。」




少し考えてから、銀次は木藤に目配せする。

一瞬、この女人に料理を創り出してもらう事も考えたが、麻理子の時のように創り出し方の説明をしている猶予もない。

何より、この状況では丁寧に料理をしている時間もないだろう。


となれば。



「木藤、餓鬼達の誘導を頼む!」



『承知しました。』




合図と同時に一斉に駆けだした木藤の向かった先、温室からも風呂場からも離れた空き地に創り出したのは2つの大きな寿司桶だ。

一つは銀次が、もう一つは木藤が抱えて走り、等間隔に引き離した後で中に多量の白米を創り出した。



『『『うぁああああ!!!』『あああぁ!!』』』



奇声をあげながら餓鬼達が一斉に白米に飛びつき、その波に呑まれそうになりながらも銀次は寿司桶から離れ、木藤とバトンタッチした。

限界まで空腹を感じていたのだろう、餓鬼達は手掴みで白米に食らいつき、目の前の食事に夢中で桶から離れない。

新たに現れる餓鬼達を木藤に誘導してもらっている間に、女人を立たせ、チエミにお美希とトオル、赤子たちを脱衣所に避難させた。

とりあえず女人に余った服を着せ、怖がっているチエミ達に声を掛ける。



「お前達は外の様子が落ち着くまでは、お美希達とここでおとなしくしていてくれ。何があるか分からないから鍵を掛けておくんだ。」



『うん・・・、にぃにも無理しないでね』



『うぇえん。ひっく・・・』




突然目を覚ました場所で知らない大人と、壮絶な場面に出くわしてしまい、泣き出してしまった赤子達とトオルの頭をなでていると、狼狽した様子の女人も話しかけてきた。



「あのオバケはなんなんですか?でもこの子達も同じ見た目をしてるし・・・もう、何がなんだか分からないんです。・・・説明してもらえないですか?」



「悪ぃが、今は時間がねぇ。とりあえずアンタはこの赤子たちにこいつをやっといてくれ」




「えっ、ミルクですか?」



「その名前が出るってことはアンタも未来の人間って事か。なら方法は分かるよな。とりあえずこの蟻は瓶に入れて俺が持っておく。」



「あ!!ちょっと!!」




銀次は女人がミルクに視線を向けた隙に手元から蟻を掠め取り、小瓶に放り込んだ。

女人は取り返そうと掴みかかってくるが、袂に放り込んだそれを奪われる程、銀次は甘くない。



「この場は任せた。俺はちょっと外の餓鬼達の世話をしてくる。落ち着いたらちゃんと話をするから、待っててくれ。」



「もう!訳わかんない!未来だの餓鬼だの・・・!はあ、仕方ないなぁ。。。」



不満げな表情を浮かべながらも、女人は哺乳瓶とミルク缶を取るとノロノロと流し場に向かう。

その背中を見送ることなく、銀次は外へ飛び出すのだった。



数分ぶりの外の世界だったが、状況は更に悪化していた。

水溜まりから次々と溢れる餓鬼達がぎゅうぎゅうに桶に押し寄せているが、飯を手に出来るのは先頭にいる餓鬼達だけだ。

中間部分にいる餓鬼達は後ろからくる餓鬼達に潰され、悲鳴をあげている。

大声をあげて餓鬼を誘導していたはずの木藤が、潰されそうな幼い餓鬼を抱えて飛び回っていた。



「すまねえ!遅れた!」



『銀次殿、もう飯がなくなります!』



「あれだけの量でも5分と持たねえか。おい!!お前達、少しは落ち着けよ!!」



銀次の呼びかけも虚しく、荒れ狂う餓鬼達の勢いは留まることはなかった。食料が無くなれば、暴徒と化した餓鬼達が次に襲い掛かるのは、自分達だ。

もはや仁の出し惜しみをしている場合ではない。

しかしただ飯を出しているだけでは、押しつぶされる餓鬼も出てしまう。


どうしたものかと考えていると、木藤が声を掛けてきた。



『自分に考えがあります。』









*****





寿司桶からすべての米粒が消えた頃。

それまで前にいた子が貪っていた食べ物が無くなった事に、後から来たぼくは絶望した。

けれど後ろから別の子が押してくるので、仕方なく前の瓦礫だらけの土地へ逃げ込んだ。


するとどうだろう。


どこからともなく、とても美味しそうな匂いがし始めた。

嗅いだことのない匂いだった。でも、美味しいのは間違いない。どこか胸が梳くような、心が温かくなる香りだった。

それは後ろの子達も気が付いたようで、ぼく達を追い越して瓦礫を乗り越えると先へ行ってしまった。


出遅れた事に悔しく思っていると、今度はすぐ近くから別のごちそうの匂いがする。

匂いを辿って足元の木片をどけると、大きな鍋いっぱいのご飯の上に何かのお肉とタレがかかった料理が出てきた。



『!!!』



その時の気持ちは、言葉に言い表せない。

お肉なんて、人生で一度しか食べた事がなかったからだ。

手なんか使わずに、頭から鍋に突っ込んで味わった。口の中が少し熱かったけれど、しょっぱいタレがお肉とご飯に絡まって、熱さなんて気にならないくらいだ。


なんでか分からないけれど、涙が止まらなかった。

ずっと空っぽだった冷たい体がぽかぽかして、鍋をつかむ指が温かくなって。

今まで食べたことない、味だった。なんのお肉かは分からないけどすごく美味しい。


すぐに後ろの子達に取られてしまうんじゃないかと心配していたけれど、そんなことはなかった。

入り組んだ瓦礫が、うまくぼくを隠してくれているみたいだ。



ああ、おいしい、おいしい。


ご飯が食べられるのは、本当に幸せなこと。

ご飯を食べられたぼくは、本当に幸せ者だ。


鍋いっぱいのごちそうを食べて、おなかがいっぱいになった。

もうずっと味わったことのない感覚に、ぼくは眠たくなってきた。

そして思い出した。


もっとたくさんご飯が食べられる場所がある事を、思い出した。

ごはんだけじゃない。

これまでいたあんな場所より、もっとキレイでやさしくて暖かい場所をぼくは知っている。

どうして今まで忘れてしまってたんだろう。



それに気づいた時、何故か急に途端にからだが軽くなった。

大きな蟻に斬られた腕も、お腹も、もう痛くない。

重くて冷たかったからだが、嘘みたいに浮かび上がった。


視線が高くなって、昔おっとうにたかいたかいをしてもらった時のことを思い出した。



―――たかいたかーい!!


―――キャハハ!ハハハ!



大好きなおっとぉとおっかぁ。

兄ちゃ達に姉ちゃ達。

みんながしてくれる、たかいたかいが大好きだった。

高い所から見下ろすみんなのわらった顔が、大好きだった。



あの時と同じように見下ろすと、ぼくが追いかけていたおにいさんがわらいながら手を振っていた。


あのおにいさんが、ごはんをくれたんだ。

ありがとう。



体も心もポカポカして、おにいさんへの感謝の気持ちでいっぱいになる。

そしてだんだん遠ざかっていく地面を見ながら、しあわせだったあの頃の記憶を胸に、ぼくもわらった。










「なんとかいけてるようだな。まだ油断はできねぇが。」



立ち上る魂たちを見送りながら、銀次は空になった鍋に走り回りながら牛丼を追加し、入り口の寿司桶にも米を追加しに走る。



木藤の進言で、白米だけでは満腹度も低いということで、急遽薄切りの味付け肉を追加する事にした。

木藤が「牛丼」と呼ぶこの料理を、銀次は未だ食べた事はない。

木藤の言うままに材料を投入しただけの料理だ。

しかし名前がついているのなら、さぞ旨いのだろう。

あとで食ってみたいなと思いながら、銀次は無心で走り回り、また一人空へ向かって昇り始めた子供を見上げた。



「次は飢えの無い世界に産まれられるといいな。」



これまでの様に名前を付けてやったり、丁寧な見送りが出来ないのが心残りだったが、こればかりは仕方がない。

だからせめて、精一杯の祈りを捧げる。




『まだ新しい子供達がやってきています。庵の跡地に誘導できない子供達については、適宜分散した食料を置いていく必要があるでしょう。』



「まったく、木藤の機転には助けられたぜ。餓鬼達が分散するだけで、ここまでマシになるとはな。」



厨房に転がっていたありとあらゆる鍋や大皿、フライパンを瓦礫だらけの跡地のあちこちに隠し、中に料理を補充する。


木藤の作戦のおかげで、水溜まりの手前で逼迫していた餓鬼達の集団は比較的余裕が出来、誘導も楽になってきた。


まだまだ餓鬼達はやってくるが、落ち着いて腹を満たせた餓鬼達はどんどん成仏している。

あとは持久戦にはなるだろうが、当初のような危機は去った。



『あれは遊撃戦を応用したものです。集団を相手にするときは遮蔽物の多い場所に引き込んで個別に戦うと有利になるという戦法ですね。まぁ、実際に参加した事ありませんが。』



「お、おう・・・れっきとした戦法だったのか。まぁ、何にせよ助かったぜ。」



時々木藤が兵士だということを忘れてしまっている銀次は、面食らいながらも納得する。

ともあれ、油断は禁物だ。



今やってきている餓鬼達は、最初に来ていた餓鬼達よりも歳が幼い。

恐らく走ってここまで来るにあたって、自然と年齢が振り分けられているのだ。


年齢の高い子供の方が走る速度も体力もあり、幼い子供になればなるほど進む速度も、体力も無くなる。

地獄にやってきたばかりの赤子ともなれば、普通の赤子のように動く事すらままならない。


嬰児だった金太郎でさえ、長い時を地獄で過ごしてようやく移動手段を獲得したといわれているのだ。

ならば、ある程度やってくる餓鬼が減ってきた時点で、こちらから迎えに行く方が良い。


銀次は今後の予定を考えながら、即席の炊き出しを続ける。



そうして餓鬼達の八割程が成仏した頃、やってくる餓鬼が急に減り始めた。

数分に一人やってきていた餓鬼が十分に一人、数十分に一人となり手が空き始めた頃、脱衣所で赤子達の面倒をみてくれていた女人とチエミ達がやってきた。

連れてきていないお美希と赤子の餓鬼達は、夕寝の時間だろうか。



『もう外で遊んでもいい?トオルにブランコを見せてあげたいの』



「まだ外は危ないから、温室の中で遊ぶんだ。転ぶんじゃないぞ。」



返事を待たずに駆け出したチエミ達を見送ると、今度は女人が話しかけてきた。



「子供達、ずいぶん減ったみたいだけど。」



「ああ、ほとんど成仏してな。ようやく落ち着いてきたところだ。アンタに頼んでた方はどうだ?」



「赤ちゃん達はみんな寝ちゃったわよ。ねえ、そのアンタ、って呼ぶのやめてくれない?

私は日比谷 梨香子(ひびやりかこ)よ。日比谷さんって呼んで。」



「・・・それで、少しは落ち着いたかよ。」



「おかげさまで。色々思い出す事もあったし、あなた達の事情なら大体チエミちゃんに聞いたし。貴方達はあの黒い子達を助ける活動をしてるんですってね。

・・・これまで色々あったみたいだけど。」



ふぅ、と深く息を吐き出した女人―――日比谷は物憂げに瓦礫の山を眺めた。

赤くなり始めた空と美貌が相まって、実に絵になる場面だが、銀次には日比谷の言葉が気になっていた。



「思い出した?一体何を思い出したんだ?」



「おぼろげだけど、私が死んでから別の世界に行くまでの記憶。」



「・・・死んでから?」



鬼だった麻理子は生者だった。

銀次と同じく色があるというのもあるが、地獄桜を使って物を創り出すことが出来るのがその証拠だ。


それに日比谷も全体的に色素が薄いが、餓鬼達と明らかに異なる色合いを持っている。

だから、麻理子と同じように鬼から元に戻った日比谷も、生者だとばかり思っていた。


本当に生者なのか確かめる為に、銀次は例の質問を投げ掛けてみる。



「なぁ、今一番欲しい物を、強く想像してみてくれないか?ほら、目をつぶって。」



「え??う、うん、いいけど。・・・どう?」



訳がわからないという表情を浮かべながらも、目をつぶった日比谷の目の前に、光の欠片が集まり何かを形作る。

現れたのは本だった。

しかし、本を構成する粒子は一分ももたずに崩れ、跡形も無く消えてしまった。


この現象の意味する所はつまりーーー



「やはり生者ではない、っていうのは本当か・・・」




死者があの死者の世界で、鬼にされるのは流れ的に分かる。

しかし生者である麻理子はどうして、鬼になってしまったのだろうか。

一体何が起きてしまったのだろうか。



日比谷に聞きたいことは山ほどあった。

けれど、目の前の日比谷への質問を先送りにしてしまうほど、銀次の心は未だ遠くに在るその少女から離れる事が出来ないのだった。



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