トマト鍋
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かわいそうに。
かわいそうに。
弱った体を見て、助けてやらなければと?%#藁d・~。は体を起こす。
傷んだ体を見て、介抱してあげなくちゃと?%#藁d・~。は身を起こす。
待って。
待って。
遠ざかっていく小さな光を追いかけて、手を伸ばす。
回り込み、その腕で抱きしめた。
するとどうしてだろう、先程まで胸元に掻き抱いていた光は、立ちどころに消えてしまった。
どこに行ってしまったの?
どこに逃げてしまったの?
辺りを見渡し、もう一度光を探す。
するとどうやって移動したのだろう、遠くの方で明滅する光を見つけた。
先程よりも弱まっている光に、居ても?%#藁d・~。はいてもたっても居られず駆け出した。
逃げないで。
逃げないで。
早く助けてやらなくては。
早く治療してあげなくちゃ。
そうして今日も?%#藁d・~。は無限に続く鬼ごっこに興じていく。
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『はい、今日のごはんはオムライスよ。お美希ちゃん、いっしょにいただきますをしましょうね』
「んぅー?」
そう言って雑草を乗せた木片をお美希の前に差し出したチエミは、今度は砂を固めて団子を作り始める。
そんなおままごとに付き合わされているだけのお美希も、ニコーっと笑みを浮かべていてなんだか嬉しそうだ。
温室ができてからというもの、子供達は日中ほとんど温室で遊ばせるようにしている。
寝たきりの餓鬼二人もこちらで寝かせ銀次達で様子を見つつ、チエミはお美希を連れて好きな遊具で遊んだり、燃え残った炭でアスファルトに落書きをしたり、遊び疲れたら休憩スペースの畳の上で眠ったり、と自由気ままだ。
農作業の傍ら、微笑ましい光景を目にして銀次も声を掛けた。
「ほう、おむらいすっていう料理があるのか?美味そうじゃないか。俺にも一つおくれよ。」
『はい、にぃにはがんばってお仕事してるから、おだんごもあげましょうね。』
「お、やったぜ。」
チエミは俊介がいなくなってからというもの、本当におしゃべりになった。
銀次や木藤がいない間はずっとお美希に話しかけていて、言葉を教えようとしてくれているほどだ。
ここに来るまでの間は、さぞ俊介と相性が悪かったに違いない。
『にぃちゃもお団子あげましょうね。』
『・・・感謝する。』
出来たての泥団子を得意げに捧げるチエミに、礼を言いながら食べるふりをする銀次。
一方、木藤は子供との遊びに慣れていないのか、泥団子を受け取ったもののどうしていいか分からない。
珍しく困惑しながらも、とりあえず礼を述べる様子に、銀次は吹き出してしまう。
「木藤、お前兄弟いねえだろ?」
『いいえ。3つ下の弟がいますが何か?』
若干ムッとした雰囲気を漂わせる木藤に、悪ぃ悪ぃ、と謝りながら、銀次はずっと気になっていたことを口にする。
「そういやあ、木藤の所はどんな家だったんだ?家族の話とか聞かせてくれよ。」
普段から木藤は必要な事以外、一切話さない。
寝食共にしているにも関わらず、まるで仕事仲間のように淡泊な付き合いに少し物足りなさを感じていた所だ。
『自分は群馬の田舎で生まれました。家は代々大工と農家をしていて、足を悪くした父の代わりによく手伝いをしていたものです。
弟は軟弱でしたが、自分よりもずっと器量もよく頭が良かった。
だから弟が大工を継いで、自分が農家を継ぐんだという夢をよく話していましたね。
父も母も優しく、弟もそれに似て優しい、いい奴でした。
自分が出征する時も、こんな物を渡してくれたんです。』
淡々と話していた木藤が、急に上着を脱ぎ始めた。
そうして裸の腹に巻き付いていた腹巻を外すと、こちらに見せてくれた。
「これは・・・刺繍か。ほかにも色々書かれているようだな。」
白い腹巻の裏側にはびっしりと刺繍が施され、その上から何か炭のような物で小さく何かが書かれている。
『これは千人針と言って、千人分の刺繍を集めることによって戦から帰ってこられるように祈る・・・まぁ、まじないのようなものです。
両親も弟も、あちこちに頼んで回って作ってくれたのです。』
「それは・・・。いい家族だったんだな」
そんな千人分の願いを受け取ってなお、生きてその家族に帰る事ができなかった木藤。
そして絶対に帰ってきて欲しいと、千人分の刺繍を集めて回った家族。
数え切れないほどの無念を背負って、今ここに立っている木藤に、銀次はなんて言ってやればいいか分からなくなる。
そんな気まずさをモノともせず、木藤は刺繍の上に書かれた何かについて話し始めた。
『しかし不思議なもので、この腹巻には地獄一帯の地図が描かれているのです。この字自体は自分のものだと思うのですが、一体いつ書いたのかも思い出せないのです。』
「お前・・・それ本当かよ!」
慌てて覗き込んだ白い布地の上には、確かにいくつもの文字と印、地形のようなものが書き記されている。
その中で、ひと際目立つ大きな字で書かれた地点が目に入った。
「補給地点・・・?」
『ええ、その補給地点がここ、古桜庵です。』
「なるほど、だから何度もここに来ることが出来たのか・・・」
『・・・?どういうことでしょうか。』
木藤の持つ腹巻は体と同じく仁で出来たシロモノだ。つまり、記憶を失ったり欠損しても無くならない。
だから地図だと理解しさえすれば、ずっと活用することが出来るのだろう。
まさしく餓鬼にしか出来ない裏技を、無意識にやってのけている木藤に銀次は感心してしまう。
前の店主がいた時代から、何度も記憶を失いながらも古桜庵へ餓鬼を連れてくることが出来る、というカラクリをようやく理解した銀次は、そのことを木藤にも教えてやることにする。
しかし―――
『自分が、記憶を失っていたというのですか?』
「ああ、たぶん鬼の頭領のせいだろうな。あいつの攻撃を頭に受けると、記憶を失うらしい。オウカノヒメ・・・前の連れの話によると、お前は前もここに子供達を連れてきていたそうだ。」
何百年も彷徨っていた、というところは敢えて濁して伝えると、木藤は何か納得する所があったらしい。
ふむふむと頷きながらもう一度腹巻を見つめ、何か考え込んでしまった。
再び自分の世界に入っていく木藤の邪魔をするのも悪いと思い、銀次もトマトの選定作業を再開する事にする―――と、今度は足元にチエミが駆け寄ってきた。
「ん?どうしたんだ?」
『あのね、チエミにも家族のこと、聞いて!』
突然の要望に目を瞬かせる銀次。
けれど一拍置いて、家族の話をしたいのだと察し質問してやることにする。
「おう、チエミの家族について教えてくれ。」
すると嬉しそうにニコニコと語り始めて止まらなくなった。
『おかしゃんはね、料理がとっても上手だったの。おとしゃんはね、お仕事が大変だけどやさしくていっつも公園であそんでくれたよ!』
「なんだ、すっげえいいご両親じゃないか。」
ここにやって来る餓鬼達の親は碌な輩ではないことが多いと銀次は思っている。
しかし、時折チエミが溢す両親の話の中では、二人ともキチンと愛情を注いでくれる真っ当な人間だ。
だとすると、ここに来ることになってしまった原因は事故か病気ということになるのだろう。
それもそれで、親も本人も辛い思いをしたに違いない。
銀次はやるせない気持ちになりながら、話しを続けるチエミに相槌を打つ。
『そうだよ!お風呂に入ったらね、おかしゃんがいつも髪の毛をといといしてくれて、おとしゃんが本を読んでくれたの。
それでね、今度妹がやってくるっておかしゃんが言ってた!
園のお友達にも妹がいてね、すっごくかわいかったの。だからチエミは妹が来たらね、いっぱいお世話してあげたかったんだぁ。』
「そうか、チエミがお美希のお世話を見てくれるのは妹のこともあるからなんだな。チエミは本当に優しいなあ。よしよし。」
大好きな両親と、一緒に生きる事を楽しみにしていたチエミ。
友達もたくさんいたのだろう。それでも死んでしまった事を、受け入れているのが悲しかった。
『・・・おかしゃんと、おとしゃんに会いたいな。』
「・・・。なあ、これは提案なんだが―――」
話しているうちに思い出してしまったのか、俯いてしまったチエミに銀次は語り掛けた。
浄土へ登れば、世界の異なる現世の様子も見られると聞く。
だからそれとなく成仏の事を伝えてみることにした。
「成仏すればなんでもあるし、ここと違っていつでもお父さんとお母さんの事が見れるそうだ。きっと新しくやってきた妹や、お友達の事も見られるんじゃないか。
チエミはお雪たちみたいに成仏してみたくないか?」
『うーーーん。じょーぶつはね、分かるよ?でも・・・』
じーっと何かを考え始めたチエミは、何か思い悩んでいるようだった。
両親の事以外で何か未練となるものがあるのだろうか。
銀次の憂慮の答えは、チエミが指さした先に示された。
『一人だとさびしいから、あの子達とお友達になってから、一緒に成仏したい。』
チエミは人と話をしたり、遊ぶのが好きだ。
だからお雪やお美希ともいつも一緒にいたし、未だ眠ったきりの子供達が、早く目覚めるのを心待ちにしているのを銀次も木藤も知っている。
それならば、銀次としてはやることは一つだった。
「ああ、そうだよな。俺に任せておけ。」
チエミは、やっぱり優しい子だ。
そんな子の為にも、二人の餓鬼達の為にも、銀次がやるべきことは決まっていた。
「一度、賽の河原に行ってみようと思うんだ。」
夕食の席でそう告げた銀次は、それまで囲んでいた食卓の温度が一気に下がっていくような錯覚に陥った。
温室に備え付けられたテーブルの上でぐつぐつと音を立てるのは、トマト鍋だ。
初めて収穫したトマトの使い道が分からず持て余していた所を、チエミの熱烈な要望によって作ることになったのだ。
幸い、調理器具類は傷一つ残らず残っていたので、以前麻理子に使い方を教えてもらった『ふーどぷろせっさあ』を使い、トマト汁を作った。
最初は血のように赤いタレに浸かった、ありとあらゆる食材がなんとも不気味だったが、銀次も木藤もその美味しさに驚くほどの仕上がりで、しかも体も温まる。
特に、肉とじゃがいも、チーズの組み合わせが絶品で、全員おかわりが止まらないほどだ。
追加のチーズと肉を投入したついでに、銀次も今後の行動方針について意見を投入した所だったが、横で箸を握りしめているチエミの視線が想定以上に悲しげで、銀次は言い訳を重ねてしまう。
「俺なら大丈夫だぞ。それにこの前落ちた場所は河辺のすぐ近くだったみたいだし、そっからすぐに帰って来れるほどの距離だった。」
『でも、新しい鬼がいるって聞いたよ?・・・なんで。なんでそんなところに行くの?』
「そ、そりゃあ・・・」
なんにせよ、賽の河原はいずれ行く予定だった。
それに、地獄にはまだたくさんの餓鬼達が残されているし、オウカノヒメとの約束の為にも川の水が必要だ。
そして、一番の目的は今も眠る餓鬼達の原因を探ることだ。
これまでここに来た餓鬼が回復しなかったことは無い。だとするならば、餓鬼が受けた傷―――もといその現場に要因があると考えるのは自然な流れだった。
チエミには正直にその事を伝えるつもりはなかった。
そんな事を話してしまえば、チエミは自分のせいで銀次達を危険に晒してしまうと後悔するからだ。
しかし置いていかれる立場のチエミにとって、到底納得できるものではなかったらしい。
今にも泣きだしそうな表情のチエミに掛ける言葉がみあたらなくて、視線を反らした先に木藤とハイローチェアに座るお美希の顔があった。
お美希は目があった事に嬉しそうに笑っていたが、対照的に無表情な木藤は黙って箸を置くと、椅子ごと体をチエミに向けた。
『チエミよ。心配する気持ちは分かるが、銀次殿も自分もずっとここに居るだけでは、誰も救うことが出来ないのである。
あの二人もいつまでも目を覚まさないだろうし、他にも大勢いる君達と同じ年頃の児童が、いつまでもあの場で苦しい思いをし続けてしまうのだ。
いつまでも助けのない状態が、如何ほど苦しいか。賢い君なら、分かるだろう?』
自分よりも口下手な癖に、堅苦しい言葉でなんとか伝えようとする姿勢に、銀次は申し訳ない気持ちになりながら、チエミの目を見てハッキリ宣言した。
「必ず帰ってくる。だからお美希と仲良く待っていて欲しいんだ。」
『・・・うん。』
大人二人の懇願に気圧されて、納得いかないようではあったが最後には頷いてくれた。
『気を付けて、行ってきてね』
「ああ、気を付ける。さっそく明日の朝行こうと思うんだが・・・木藤、ついてきてくれるか?」
『ええ、もちろんです。ただ、あの周辺を徘徊している鬼は・・・とても生身の人間が勝てるようなものではありません。それこそ戦車や戦闘機などでなければ勝負にならないはずです。
だから極力鬼に見つからないよう、慎重に進みましょう。』
銀次の知らないその鬼を、木藤は見ている。
恐ろしくインパクトのある異形の姿に、警戒する気持ちも分かる。しかし、銀次はこれまでの修羅場の中で、その攻略法に気付いた。
鬼を鬼たらしめるのは、鬼の頭領の繰り出す魔道具のせいだ。
そして、麻理子の時のように破壊すれば、鬼は人に戻れる。
木藤とは違って、それを知る銀次には心の余裕がある。
「大丈夫だって。装備も整えていくし、鬼なら以前も見たことある。攻略法もある程度分かってることだしな。いざとなったら―――」
『銀次殿。鬼が出たら、必ず自分の指示に従ってください。』
二カっと笑った銀次を戒めるように、木藤は鋭い視線で言葉を制するのだった。




