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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
32/53

そぼろ丼とみそ汁

古桜庵復興の足掛かりとなる、初めての建築物。


―――本来なら母屋の修復を急ぎたい所ではあったが、直接創り出すにしても仁が足りず、自分達で作るにしても家を建てた経験など無い銀次には、土台無理な話だった。


だから材料さえあれば数日以内に出来るだろう、と思われた温室の建築に取り掛かることにしたのだが。開始早々、基本的な問題にぶち当たっていた。




『この場所は基礎部分にします。穴を掘るので、まずは魔法でセメントをお願いします。これは恐らく母屋の修繕にも使える材料となるでしょう。素材は石灰石、粘土、砂鉄を―――』



「ちょ、ちょっと待て。まずはそのセメなんとかとかいう材料について教えてくれ!」




木藤が魔法と呼ぶのは、仁を使った創造の力だ。

しかしその奇跡を呼び起こすには最低限、銀次の知識が必要となる。

しょっぱなから持ち合わせている知識量の齟齬に、すかさずストップを掛けた銀次は、聞き逃しそうな言葉たちを袂から取り出したノートに書き殴った。


作業を始めるにあたって、事前に自らが未来の世で「戦国」と呼ばれる時代から来ていることは伝えていた。しかし、実際に作業を始めてみると想像以上に付いていけない部分が多い。


麻理子との付き合いで、ある程度未来の知識について補完できていたと思っていた銀次は、忽ち自信を失っていた。


そもそも、麻理子の持つ知識とあからさまに質が違うのだ。




せめんと、すちぃる、ぼると。


建材の類となると、普通の高校生(こうこうせい)として生きてきた麻理子には到底知り得ない知識の層だったのだろう。

初めて聞く単語の数々に、銀次は面食らいながら少しずつ脳内に叩き込んでいく。




『勤勉なのは素晴らしいと思いますが・・・そこまで無理に詰め込まずとも良いのでは?』



セメントの作り方の授業を始めながらも、木藤は目の前の男の姿勢に首を傾げる。



「いや、俺が知識を持たなきゃ意味がねえ。直接創り出せるようになるには、それしかねえからな。それに・・・」


銀次が口にしたのは最もらしい理由だったが、本心では別の憂慮があった。

隔離世での暮らしにおいて、知識は非常に重要だ。そしてその知識を持つ者が、いつまでもここに居てくれるとは限らない。


麻理子の件も然りではあるが、餓鬼である木藤も同じだ。

いつか木藤も成仏する時がくる。いや、来なくてはならないと銀次は思っていた。

そうなった場合、銀次は自分の力で餓鬼達を救っていかなくてはならない。


人の手を借りる事は大事だ。

けれど、その為にいつまでも木藤の幸せを先延ばしにするつもりは無かった。


だから、銀次はいずれ来る別れの為にどんな些細な知識も漏らさず蓄えていくつもりだった。



そんな熱心さに感じるものがあったのか、木藤も細かな余分な補足を挟みながら()()を始めてしまい。

結局その日は施工を始める前に、タイムリミットがやってきてしまうのだった。





「ほんにゃー!ほんにゃー!!」



「やべぇ!お美希が腹を空かせてらぁ!すまねぇ木藤、続きは飯を済ませてからだ。」



慌てて脱衣所に向かって走りだした銀次に、木藤も頷き後に続く。



まずは目を覚ましたお美希に、朝のミルクを与える。

生後3か月のお美希はげっぷをしないとまだまだ吐いてしまうので、満腹になった後も要注意だ。

体が成長できない隔離世では、今だけに関わらず、これからもこういった細かなケアを欠かすことはできない。


銀次はその背をさすってやりながら、お美希の反応を見た。

腹が満たされて機嫌が良くなった赤子は、手をしゃぶりながら高くなった視線に満足しているらしい。


「あうー」



辺りを見渡しては、まだ眠そうに布団に寝返りを打つチエミを見つけて、指さしをしている。

ついこの前までは指先を使うことが出来なかったはずだが、やはりここに居る間にも反応や情緒は少しずつ成長してきているらしい。

銀次はお美希の成長を嬉しく思う反面、不安に思う。


もし、このまま体が大きくならないまま情緒だけが成長し続けてしまったら、お美希はどうなってしまうのだろうか。


ふと考えてしまった未来に、銀次は身震いして思考を追い払った。




―――少なくとも、今はまだ考えなくてもいい。まだ時間はあるんだから。




銀次は取り組むべき問題を先送りにして、今度はチエミの隣で眠ったままの餓鬼達の様子をみることにする。


寝かせた時から変わらない姿勢でただ横たわる薄っぺらい体は、もはや亡骸のようにも見える。


昨晩から時間が経っているにも関わらず、手足の傷の状態は全く良くなっていない。

やはり食事を取っていない事が、回復の遅さに関係しているのだろうか。



「そもそも、この子供達はどうしてこんな傷を負ってるんだ?」



『倒れている所を保護しただけなのでよく分かりませんが、おそらく鬼にやられたのだと思います。最近、この周辺に見慣れない化け物がうろつくようになりました。以前のものよりも非常に攻撃的で、危険なヤツです。

自分は隠れながらここに辿り着く事が出来ましたが、幼い子供なら難しいでしょう。』



「新しい鬼か。麻理子の代わりにあの野郎が派遣したってとこか。

くそ。許せねぇぜ。」



あの鬼の頭領が、麻理子がいなくなった場所に別の鬼を見回りさせているのだとすれば、同じように傷つけられる子供がどんどん増えていく事になる。


―――危険な鬼なら、早めに討伐することも考えなくてはなるまい。



残忍な鬼とはいえ、麻理子のように頭領の操る魔道具に心を支配されている可能性もある。

それならばなんとか解放してやりたい所だ。


お美希をあやしながら今後の対応について考えていると、先に外に出た木藤が声を掛けてきた。




『昨晩は夕食をご馳走いただいたので、今朝は自分が何か作ります』



「おう、いいのか?助かるぜ。冷蔵庫に材料が適当に余ってるから、好きに使え」



大人が二人いると、こういう分担が出来るのが本当に助かる。

銀次は木藤の存在の有り難さを噛み締めながら、眠ったままの餓鬼達の体を拭き、チエミを着替えさせ、お美希の相手をする。


そうして世話を進めるうちに、外からなんとも美味しそうな香りが漂ってきた。


醤油、味噌と肉だろうか。

僅かに混じる焦げた醤油の香りに誘われて、銀次達は外へと飛び出した。



『おにちゃ、それなあに?』




チエミに裾を引かれた木藤が台所から運んで来たのは、人数分のどんぶりと味噌汁だった。

盆に乗ったそれをいつもの茶卓に並べながら、木藤は鉄面皮を僅かに緩めた。



『そぼろご飯だ。昨晩のハンバーグの肉を使わせてもらった』




「これは・・・なかなかうまそうだな。」




ゴクリ、と唾を飲み込みながら銀次達は目の前の丼を凝視する。


炊き立ての白米の上に乗った山盛りの挽肉には炒めたネギ、紅色の何かが添えられている。

甘辛い湯気を漂わせたそれに、早朝から堪えていた空腹が音を立てた。

ぐぅうう・・・




「あうー?」



聞き慣れない音に不思議そうに首を傾げるお美希に、木藤も声を掛けた。



『銀次殿、その子はまだ食べられないのですか?』



「ああ、まだ生後3ヶ月なんでな。それにここにいる限り体が成長する事はないからーー」



『そうでしたか。では食べましょうか。』



木藤も何か思う所があったようだが、余計な事を言わずに会話を終わらせてくれた事に感謝しながら、銀次は箸を取った。



「『『いただきます』』」




そぼろを箸で掬うと、タレが掛かっていたらしく茶色いご飯が下から現れた。

銀次はそれごとまとめて掬い上げ、一気に口にほおばった。




「うんめぇぇえ!!」



『おいちい、おいちいね!』



砂糖も使ったのだろうか、甘辛い味噌と醤油のタレがひたすら米に合う。

味は濃い目だが、上に乗った紅いサクサクした漬物がさっぱりしていてちょうどいい。

そして口が開いた頃に流し込むワカメの味噌汁が、また格別だった。


口々に絶賛の言葉をあげられて、木藤も悪い気はしないらしい。

同じく箸を進める表情は鉄面皮ではあるが、いつもより眉間の皺が少ない。



『そぼろはまだあります。残りをあの子供達に食べさせましょう』



「なるほど、だから食べさせやすいそぼろにしたんだな。」




木藤の気遣いに頭を下げながら、銀次はあっという間に朝食を平らげるのだった。

食事の後は、未だ意識の無い餓鬼達に慎重にそぼろを食べさせてから、再び温室造りを再開した。



「この桜の切り株と畑までの間が温室となると、、15メートル・・・結構大きな物になるな。

せっかく作るなら、中で子供達を遊ばせられるような造りにしてみたい」



『それなら踏まれ難いように畑部分の基礎に段差を付けると良いかも知れません。

遊具なども作ってみますか?』



『それならね、すべり台があるといいと思うの。あとぶらんこも欲しい!』




「すべりだい?ぶらんこ・・・?チエミ、ちょっと絵に描いてみてくれ」







そんな感じで改良に改良を重ねていくうちに、到底一日で終わるような工程ではなくなってしまっていた。


検討と設計を重ね、基礎を造り。

アスファルトとレンガで舗装し、畑を作り、温水を通し。

支柱を建て、強化プラスチックを貼り、遊具を設置し。

ベンチと椅子、テーブルも置いた。




「ふぅ・・・あとは、これで最後か。」




最後に温室の「ひーたー」となる石炭ストーブを入れる。



『存外に時間が掛かりましたね』



「ああ、三日か・・・。誰だよ、すぐに出来るって言ってた奴は。でもまぁ、こんなに内装が凝ってるなら仕方ないか。」




着工を始めて三日目の朝。

出来上がった温室を銀次は見渡した。


長屋型の温室の入り口は手前と奥の二箇所、歩道は木藤がこだわった煉瓦で固め、畑となる部分はコンクリートで高さをつけてあり、子供が踏みにくいようにしてある。

未来の世界で花壇と呼ばれるその形は、作物の収穫や植え替えがし易いという木藤の言葉に従って作った物だ。


早速植えられたのはトマト、胡瓜、サツマイモ、カボチャ、トウモロコシ・・・と銀次は知識ばかりで味も知らないものばかりだったが、楽しみで仕方がない。

どれもジョウロの水で成長を促進させた後は、普通の水で収穫を期待出来そうな所まで育てる予定だ。



「温室ってすげぇな。これじゃあ外で過ごす意味なんて、無くなっちまうぜ!」



中は暖かく、透明なパネルが外からの光を遮る事なく辺りを照らしていて、換気用の窓は勿論、夜になれば照明を燈す事も出来る。

中に畳なども運び込めば昼寝なんかも出来る。

大きなテーブルも作ったおかげで、今までは寒く散らかった瓦礫の上で取っていた食事も、今日からは温室に運び込んで食べられそうだ。



そしてこの温室の一番の見どころは―――




『わぁあー!!』

「キャハハハハー!!」



温室の真ん中に設置された大きなすべり台からお美希を抱いたチエミがすべり降りてくる。

階段を駆け上がり、何度もすべり降りを繰り返している様子は、よっぽど気に入ってくれたらしい。



風呂場の湯舟と同じ素材とすちぃるで作り上げたそれは、チエミのお絵描きと説明を何度も聞き、試行錯誤しながら、ようやく出来上がったものだ。

遊具を入れる為にかなり高めに作った天井は、手作業でプラスチックを嵌めるのは不可能だったので、直接天井に創り出して固定した。


設計自体は特に苦労は無かったが、銀次が実際に作り出す時はずっと上を見上げた状態での作業だったので、非常に首が痛い。


しかし。




『きゃははははー!!』

「きゃー!きゃー!」




子供達の喜びようを見ると、そんなことすらどうでも良くなるものだ。

三日間過酷な肉体労働を続けた疲労感と、仕事を終えた達成感に浸っていた銀次だったが、隣で黙々と野菜の世話をしていた木藤の呟きで現実に引き戻される。




『・・・あとはあの子供達ですね。』



「ああ、そうだな・・・・」




皆で作業に勤しんでいたこの三日間、今も寝床で横たわる二人の餓鬼は、まだ一度も目を覚ましていない。




この毎日食事を与えているにも関わらず、傷が回復する事もなかった。

酷い傷を負って一時期気を失っていたお雪でさえ、一日も立たず意識を回復できたのに、だ。

死体のように眠る子供達を思い出し、一気に暗い気持ちになる。



この餓鬼達には、これまでとは違う何かが起きている――――銀次にはそんな気がしてならなかった。




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