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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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木藤という男

木藤という男について、銀次はよく知らない。

それに俊介の言うがままに、虐待をしていたという疑いをかけてしまっていた後ろめたさもあったことから、突然訪れた再会に銀次は用意すべき顔を失っていた。




「もしかして、以前ここに来た記憶が残っているのか?」



『・・・?ええ、もちろん残っておりますが。もっとも、ここに補給をお願いしたことは最近の事かと。それより、補給を願えませんか。』



「あ、ああ。そうだよな。もちろんだ。」



質問の意味を愚弄と取ったのか、僅かに眉をあげる木藤。しかしすぐにいつもの鉄面皮に戻して要件を復唱した。

そんな木藤の勢いに押されて、銀次は急いで赤子を受け取る。

木藤の手に抱かれていた赤子は生後間もない月齢で、背中に背負われた幼児はお雪より少し上、三歳くらいだろうか。

今回も例に漏れず、子供達は酷い状態だった。



「こりゃひでぇ・・・。一体誰がこんなことをしやがったんだ・・・」



赤子も幼児も同じように血だらけで、手足に大きな傷がある。

前回ここにやってきたチエミ達を痛めつけたのは俊介だったが、今回は別の者がやったのだろう。

銀次は剥き出しの傷に包帯を巻いてやりながら、歯噛みする。

傷が時間経過で癒えていく餓鬼の特性をからして、連れ去られたばかりの俊介ではなく、別の鬼や餓鬼がやったと考えるのが自然だ。



チラリと見た木藤の顔は相変わらず無表情で、心を病みそうな幼子の傷にも動揺が見当たらない。

俊介の自白が無ければ、この男がやったと言われても疑わなかっただろう。




「とりあえず、目を覚ますまで休ませよう。」



傷を塞ぐためにも食事を取らせたい所ではあったが、意識が無いせいで嚥下することが出来ず、窒息する可能性もある。

死なないとは言え、苦しい思いなど二度とさせたく無いので、とりあえず体の血だけ拭いて温かい脱衣所に運んだ。

清潔なバスタオルの上に寝かせ、意識を取り戻すまで待つことにした。




『ご協力感謝致します。では自分はこれで失礼致し―――「ま、待て!」



子供達を寝かせた途端、用は済んだとばかりに立ち去ろうとする木藤を慌てて呼び止める。



銀次はここで木藤を帰らせたくなかった。

これまでの情報共有はもちろん、荒れ果てた拠点と大人が自分一人しかいないという今、猫の手でも借りたい状況だったからだ。

しかしその為には、最低限の信頼に足りる人物なのか、確かめる必要もある。





「お前も腹減ってるだろ?!ちょうど飯時なんだから一緒に食おうぜ。」



『しかし・・・・』



チラチラと視線を水溜まりへ向ける木藤には、空腹に訴えかける手も通用しないらしい。

手応えのない反応に銀次は別の切り口から攻めることにする。




「それにお前が居た方が、子供達も喜んでくれるだろうし。な?」



『ばっばー!!』

『ごはん、いっしょにたべよ?』




『・・・・・・・。』








数分後。


ニコニコ顔のお雪とチエミの間に座り、焚き木の明かりに照らされたハンバーグと白飯にジッと視線を落としていた木藤だったが、待ちきれない両サイドの「いただきます」に合わせて遠慮がちに箸を動かし始めた。


しかし切り分けたハンバーグを口に入れた途端、無表情の眼が見開かれ、下がっていた茶碗が持ち上がる。

思った通りの反応を見届けた銀次も、続けとばかりにホカホカのハンバーグを口に運び―――そして悶絶した。



『高級品でしょうに肉など振舞って頂き、深く感謝致します。・・・あの。大丈夫ですか?』



「お、おう。ちょっと初めてのハンバーグだったもんでな。つい。」



噛んだ瞬間に口の中に零れる肉汁に、ついとろけ顔を晒してしまう銀次だったが、木藤の真面目な眼差しに表情筋を引き締める。



『以前預けた子供達のうち2名を見かけませんが、どうしましたか?』



「俊介は鬼どもに連れていかれたよ。抵抗する間もなく館も焼かれちまってな。この有様だ。そのせいで仲間の二人も―――はぐれちまった。あと、もう一人の赤ん坊は無事に成仏したよ。」




『この瓦礫、そういう事でしたか。大変な状況での補給、深く感謝致します。

しかし成仏に鬼とは・・・・・あそこにいた異形の事でしょうか。確かにここに向かう途中で集団とすれ違いました。あの中に俊介もいたのか・・・しかし成仏とは?どういうことでしょうか。』



銀次の言葉を比喩として捉えたのか、口早に自問自答を繰り返しながら木藤は状況を理解していく。

しかし、どうしても一つのピースが噛み合わない男の様子に、銀次は一つの可能性に思い至った。



―――木藤は、自分が死んでいることに気が付いていないのか。



銀次が今まで出会ってきた餓鬼達は皆、己が死んでいる事に気付いていた。

しかし此処にきて初めて、自分が死んでいる事に気がついていない餓鬼に困惑する。


恐らく衝撃を受けるだろう答えにしばし悩み、考えあぐねて―――銀次の脳裏に一つの試みが浮かんだ。

そしてそれを確かめる為に、正直に答えることにする。




「成仏ってのはそのまんまの意味だ。死者が極楽浄土へ向かうこと。つまりお前達は・・・お前は。死んでいる。」




『なんですって・・・?』




想像通り、見開かれた眼が衝撃と驚愕に染まるのを目にしながら、銀次は言葉を続ける。




「ここは隔離世という。お前がさっきまでいた地獄のすぐ上にある不毛の世界だ。そんで地獄には餓鬼達という親より先に亡くなった子供達が集められているらしい。餓鬼の姿は見れば分かると思うが・・・全身の色が黒くなる。

お前の目からはこの子達がどのように見えているのかは知らんがな。」



自身の姿も見れば異変に気付きそうなものだが、と思いながら木藤の反応を見る。

しかしその驚きようからして、餓鬼達の視界と生者の視界は異なっているのかも知れない。

そんな推測を浮かべながら、銀次は目の前の男の反応を窺った。



オウカノヒメの話ではこの男はここに来る度に記憶を失っているという話だった。

虐待犯の疑いがあった時は嘘を並べているものだと思っていた銀次だったが、その疑いが晴れた時点で別の仮説が浮かんでいた。


麻理子を連れ去った鬼の頭領。その男が持っていた武器が、餓鬼の記憶を消すという話だった。

それが頭部を損傷されたことによるものなのか、武器そのものに特殊な効果があるのかは不明だが、おそらく木藤は地獄に戻る度に男に撃たれ、記憶を消され続けていたのではないだろうか。


木藤が過ごした長い年月の中で、自らの死に気付いた瞬間はあったのかもしれない。しかし記憶を消されてしまっていたのなら、そんな気付きも無意味だ。


そして木藤は記憶を失った状態にもかかわらず、まるで記憶していたように毎回餓鬼達を連れて来ていたことになる。


なぜ、そんな事をしたのか。

銀次にはそれが気になっていた。



結局夕餉が終わるまで、木藤が言葉を発する事はなかった。

雰囲気の異変を察したチエミに気遣われながら口にしたハンバーグの味は、先程に比べて褪せてしまったように感じた。










子供達の風呂を済ませ、寝かしつけたあとに外に出ると、僅かに炎のちらつく焚火の前に、まだ木藤は座っていた。

声を掛けたい気持ちはあったものの、自分の言葉が原因が招いたこの現状が気まずくて、銀次はなんとなく夜空を見上げることにする。

常に雲が覆っているはずの空には珍しく切れ間が差し、月明かりが漏れていた。




『自分は、あの時死んだのですね。』



ポツリと漏らした木藤の謂う『あの時』とは、よほど刹那的なものだったのだろう。

苦痛すら通り越して命を奪い去った瞬間を、ようやく取り戻したらしかった。





『一つ聞きたい事があります。』



「ん?」



『我が祖国は、我らが大日本帝国は、勝ちましたか?』



第二次世界大戦。

銀次は自分が生きた時代よりもずっと先のその大戦を、麻理子の話の中でしか知らない。

けれどその結末と、もたらされた未来を銀次は知っている。



時代は違えど、家族を守るために仲間も夢も命すらも失ったこの古強者(ふるつわもの)に、やっぱり誤魔化しや嘘は伝えたくなかった。




「日本は、負けた。」




『・・・・そう、ですか。』




真っ暗な地平に顔を向けた男に、銀次は言葉を続けた。



「だが、お前達が守った国は残っている。飢えも貧困も昔に比べ遥かに減り、平和で豊かな国になった。それはお前が、お前達が、最期まで守ってくれたからだろうな。」




再び落ちた沈黙の薪の崩れる音が響いた。

微かに鼻を啜る音が聞こえたような気がしたが、銀次はそんな音なんて聞かなかった。




『あの場所は・・・地獄、でしたか。どうりで異形だらけで敵兵が見当たらないと思いました。』




自嘲気味に呟いた声に、来た時のような覇気はなかった。

しかし何度記憶を失い、何度も目覚めても同じ行動をとり続けた男の、その真意を銀次は知りたい。

見知らぬ地獄で何百年も彷徨い続けて、この男が思った事。

思考の原点となる言葉を聞きたい。


それを確かめるために、銀次はもう一つ問いかける。



「お前も成仏したいと思わないか?ここにいれば多少不自由はするが、成仏に近づくことができるぞ。」



信じていた勝利を、家族との再会を、自らの命を失った事を知ってなお、この男が考えた事。そしてこれからも考える事を。

残酷な企てを経て、目の前の男から導き出される答えを銀次は待った。





『温かい申し出を下さりありがとうございます。


しかし・・・あそこにはまだけがをした子供達が取り残されています。それを置いて、自分だけ成仏することなど、どうしても、できない。』





―――そうだ。


何度記憶を失ったとしても、この男の行動は結局、傷ついた子供達を救う道へ帰結する。

だから、古桜庵へ何度もたどりつき、その度に傷ついた餓鬼を救いに戻った。

記憶にではなく、魂そのものに人を救いたいという願いが染みついている。それが答えだ。

それならば。





「木藤。その子供達を救うために、俺に協力してくれないか?」





銀次はこの男を、心から信頼に足る人物であると判断したのだった。

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