チーズハンバーグ
『んまぁーー!!』
『おいしい、すごくおいしい!』
「これは・・・米が止まらんな」
焦げた茶卓の上に並べられたシチュー。
寒空の下で口にする温かい料理ならば、さして美味でなくても美味く感じる。しかし元から美味な料理は一体どうなってしまうのか。
その答えを口に入れた途端、銀次は悶絶し、瞑目し、そしてもう一口米を運んだ。舌の上に広がる柔らかい味に、お雪、チエミに負けじと白米を掻き込む。
途中まで作り方も材料もカレーと同じだった『シチュー』。
完成形は色も香りも異なっていたが、その味はカレーに劣らぬ素晴らしい出来栄えだった。
味もさることながら、匙が進めば進むほど腹が体が指先が、湯水に浸かったように温まる。文字通り身に染みる美味しさに打ち震えるのは銀次だけではなかった。
『おかりー』
口の周りをべたべたにしたお雪の持つ器は、もう空っぽだ。
振りかざされた器に、銀次はすかさず追加の米とシチューを入れてやる。
「おう、まだまだあるから好きなだけ食え」
『あいー!』
最初にやってきた頃では考えられないほどの笑顔を浮かべて、再び食事に取り掛かるお雪。そんなほほえましい光景を見ながら、改めて麻理子の遺したシチューの凄さと、お雪の成仏が近さを感じる。
これまで何人もの餓鬼達の成仏を看取ってきた銀次には、分かってきたことがある。
それは餓鬼達の成仏のカギとなる欲求のパターンだ。
一つは空腹が成仏の妨げとなっているパターン。
主にミヨがこれに当たっていた。
二つ目は体感や安心感が成仏の妨げとなっているパターン。
これはエスメラルダやケンジ、金太郎が当たっていたのだろうと銀次は考えている。
この中でもっとも成仏が近いのは一つ目のパターン、次に二つ目のパターンだ。
そして年齢が低いほど、欲求は満たしやすく成仏に近い、というのが銀次の見立てだ。
その中で、お雪は一つ目のパターンだと銀次は考えている。
ここに来るまでの過酷な暮らしによる精神的ダメージと、元々の食いしん坊もあるのだろう。それによって今まで成仏が遅れていたのかも知れないが、今の様子からそろそろ心の準備をしておくことを気に留めておく。
『久しぶりのシチュー、おいしいです』
「敬語なんて使わなくていい。チエミは前にもシチューを食べたことがあるんだな。これからは好きな料理があれば、出来る範囲で作ってやるから教えてくれ。」
以前シチューを食べたことがあるらしいチエミは、喜びながらも行儀よく座ってシチュー掛けご飯を咀嚼していた。
上記二つに当てはまらない条件を持つ餓鬼達もいる。
成仏の条件がさらに複雑で、それぞれの事情に起因する者だ。
サエの成仏はミヨが心配だったせいで妨げられていた。つまり、生理的欲求が解消されるだけでは成仏には至らない。おそらく俊介や木藤もこれに当たるのだろう。
心身が成長すると共に、欲求が複雑化するのは人間ならば至極当然の摂理だ。
おそらくこれまで以上のケアと、長い目で寄り添っていく事が不可欠だ。
だからチエミが心置きなく会話できるようになった今、銀次はあらゆる情報を聴いておくことを心掛ける。
『うん、えへへ。次はハンバーグが食べたいな』
『ばんばー!』
「おう、ハンバーグだな。この前パンに挟んだヤツなら覚えてるぞ!じゃあ今晩の晩飯に出してやるからな。」
『やったぁ!ありがとうにぃに!』
『ばんばー!ばんばんぐー!!』
大はしゃぎで喜ぶ子供たちに誘われてキャッキャと笑うお美希と、それに囲まれて温かい気持ちになる銀次だった。
朝食の片づけをした後はお美希を寝かしつけ、遊ぶ餓鬼達の横目に見ながらさっそく検証作業を再開する。
取り出したのは、先ほどまでチエミ達が遊ぶのに使っていた銀のジョウロだ。
「ジョウロ。なんだか不思議な響きの名前だな。」
未知の道具の使い方は分かった。
早速空いた穴に流し台で水を注ぎ、手ごろな場所に水を振りまいた。
すると水の落ちた砂が僅かに光り、見る間に大小さまざまな双葉が顔を出し始めた。
早送りで発生した植物の営みに銀次は感心しながらも、すぐさま奇跡の源に気付く。
双葉まで育った芽にもう一度水を掛けると、先程より強い光を放ちながら多種多様な花々が次々に咲き始めた。
野山に咲く見知った花もあれば、見たこともない派手な花もある。
しかしその美しさよりも、銀次の目を引いたのは別のモノだった。
水が落ちた瞬間に放たれる光。
その光に銀次は嫌という程馴染みがある。
「植物の成長には仁がいるってワケだ。こりゃ無暗に多用は出来ねえな。だが、使い道はありそうだ。」
日々の生活において、仁の節約が必須となり始めた今日この頃。
その中でも料理の創造は複雑な為、多大な仁を使う、というのはオウカノヒメの談だ。
銀次達と違って、仁の総量を把握できる者が彼女しかいなかった為、その忠告に従い調理をこなしてきた。
しかし古桜庵が焼け落ちてしまった今、その再建には風呂場以上の仁を使うことが確約されてしまっている。
更なる仁の節約の為に、銀次は知恵を絞る段階までやってきていた。
そこで今回手に入ったこの不思議なジョウロに、銀次は運命を感じざるを得ない。
植物―――つまり野菜。
野菜だけでも自給自足出来れば、更なる仁の節約に繋がる事は間違いない、と考えたのだ。
銀次はさっそくシチューを作るのに使った人参、ジャガイモ、玉ねぎの切れ端を余った地面に並べ、水滴を落としてみる。
するとすぐさま変化は現れた。
切れ端から次々と吹き出す芽に、銀次は喜色を浮かべる。
「おおっ!やっぱりな。あとはこの調子で栽培していけばいいのか。しかし、本当に大丈夫なのか?」
人参もジャガイモも玉ねぎも、銀次はこの世界に来るまで見たことも食べたこともなかった。
麻理子の説明でようやく認知した程度だったし、育て方なんておそらく麻理子でも知らないんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら、銀次は瓦礫を使って不格好ながらも家庭菜園を組み立てていく。
銀次も屋敷に住んでいた頃は畑仕事の手伝いをしていたものの、稲作のほかは大根となす、胡瓜しか育てたことがなかった。
念のために空いたスペースの横に大根となす、胡瓜も芽吹かせてみたものの、銀次には育てられる自信がない。
「大根はともかく、この日差しと寒さじゃなすや胡瓜は厳しいんじゃねえか・・・?」
手伝い程度の経験しかないためダメ元で作り始めた家庭菜園だったが、子供たちの世話を挟みながらも結局日が沈むまで作業を続けてしまうのだった。
『にぃに、おなかすいた。』
『ばんばー!』
銀次は木炭と砂を混ぜた土づくりに取り掛かっていたが、夕寝から覚めたお雪たちの声に手を止める。
辺りを見渡せば灰色の空はすっかり橙色に染まり、夜が近づいていた。
「もうこんな時間だったか。とりあえず今日はこんな所で仕舞いにして、晩飯を作らなくちゃだな。」
古桜庵が倒壊した今、調理場は屋外で行う他ない。
そうなると、真っ暗闇になる前に調理を終わらせる必要があった。
想定より時間が押している現状に、銀次は急いで支度を始めるのだった。
「ええっと、ハンバーグの材料は、と。」
『ミンチとたまご、えっとおみずかぎゅうにゅうがいるの』
麻理子の調味料セットから取り出した茶色の箱を、チエミが読み上げてくれた。
銀次は言われた通りに材料を創り出しながら、麻理子の手捌きを思い出す。
「みんちは牛とブタが混ざった前回のやつにしよう。ブタか・・・一体どんな動物なんだろうな。」
『ぶたさんはね、こーんな大きさで鼻がこんなんで、ピンクなの!』
『ぶーぅっ!』
「お、おう。すごい動物なんだな・・・?」
豚を肉の形でしか知らない銀次に、二人が身振り手振りを使って教えてくれるが、言葉を頼りに想像すればするほどグロテスクなイメージばかりが膨らんでしまう。
最終的にピンク色の猛獣を想像したところで、これから食べるモノへの敬意を保つ為に手元に意識を集中することにした。
「なになに・・・?ハンバーグヘルパー、か」
米をセットした後は茶色の箱の中に入っていた粉末と準備した材料を、創造できるように味見してから金属のボウルに投入していく。
本来なら混ぜるのに順番があるのかもしれないが、今回はとりあえず全部一緒に菜箸で混ぜてみることにする。
まだ火を通してないにも関わらず美味しそうな香りが漂い始めたところで、チエミが声をあげた。
『おかしゃんが作ってくれたハンバーグはね、中にチーズが入ってたの。』
「おかしゃん・・・?ああ、母親のことか。すごいなぁ、チエミのお袋さんはそんなもんまで作ってくれたのか。
さぞ料理上手だったんだろうな。」
よっぽど母親のことが好きなのだろう、えへへ、と嬉しそうに笑うチエミは得意気だ。
その様子から見るに、この子はキチンと親から愛されて生きていたのだろう。
そんなチエミがどうして賽の河原に行くことになってしまったのか。
疑問に思いながらも、チエミの成仏にも関わってくるだろうキーワードを念頭に置きながら、チエミの話に沿って少し意匠を凝らすことにする。
「チーズか。確かこの前チーズバーガーを作った時のやつが残ってたな。」
冷蔵庫の奥に収納されているのは紙のように薄い形のチーズだ。それをいくつか取り出し、素手で成形した肉で包んでいく。
中のチーズがはみ出しそうな所は少しだけ折り曲げて、箱の表紙に似た小判型の肉をいくつも作る。しかし材料が多すぎたのか、作った肉を乗せるフライパンが足りず、もう一つフライパンを取り出してその上に乗せた。
『いっぱいある。明日もハンバーグ食べれる?』
「ああ、たぶん今晩だけでは消費しきれないだろうしな。」
『やったぁ!明日もハンバーグ!チーズのハンバーグ!!』
「よし。火をかけるぞ」
コンロのつまみを回して点火し、まずは中火で焼く。
最初から強火で加熱すると失敗しやすいことを、ナゲットを揚げた時の経験で学んでいた銀次は慎重に火加減を調節していく。
しかし、初めて一人で調理するハンバーグに、うっかり油を敷くのを忘れていたことを思い出した。
「あっやべぇ!いや・・・でも大丈夫そうな感じがするな。」
当初カラカラのフライパンの上だったが、肉から次々と油が沸いて溜まっていく。
火が通るにつれハンバーグが浸かりそうな程の量まで達した油に、銀次は感心する。
「すごい量が出てくるなァ。この油、とっておけば後でまた使えるんじゃないか?」
銀次の時代に於いて油は貴重品だ。
それが次々湧いてくるとなると、さっそく使い道を考えてしまうのも無理はない。
そんな節約術を考えている間に片面が焼けたらしいハンバーグをひっくり返すタイミングが来た。フライ返しというぷらすちっくの道具をハンバーグの下に差し込み、一気に返すだけだ。
ジュワワワー・・・
「まぁー?」
『ばんばー!ばんばー!』
『すっごくいい匂いがする!』
「これは・・・・絶対に美味い。」
まだ離乳食も始まってないお美希までも、キョロキョロと見まわしてしまう程の香りが広がる。
ハンバーグの表面から立ち上る湯煙が鼻を抜ける度、溢れるほどの涎が沸き上がり、まだ生焼けのそれを貪りたくなる衝動に駆られる。
一日の野良仕事で肉を欲してやまない体が、胃が、細胞すべての欲求に逆らいながら、銀次は鋼の自制心でハンバーグをひっくり返すのに専念した。
夜も迫る屋外の炊事場で、目の前の作業に集中する銀次は気付かない。
銀次だけではない。
目の前のご馳走に夢中な餓鬼達もだ。
銀次に背中合わせでおぶられたお美希だけが、その存在に気付き、喃語であいさつを交わす。
「あーぅ、たったった!」
『お取込み中の所、失礼致します。』
凍える空気を震わせたのは、低い男の声だった。
訓練を積んだ者特有の強い発声は、油音すらも切り裂いて銀次の耳に届いた。
振り返って男の顔を視認して三秒、思考して三秒。
止まった空気に痺れを切らした男が、続けざまに要件を告げた。
『また同伴の民間人に補給を行いたいのですが、ご協力いただけないでしょうか。』
くたびれた隊服を以前よりも汚してそこに立つ男は、背に誰かを背負い、胸元にも傷だらけの赤子を抱いていた。
力を失った指がフライ返しを落としてしまうのと、目を輝かせた餓鬼達が男の足元に走っていくのは同時だった。
「よく、戻ってきたな。木藤。」
ようやく出てきた声は、ハンバーグの焼ける音でかき消されてしまう程、小さかった。
PC復活!!




