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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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シチュー

雨が屋根を叩く音が聞こえる。

それが程よい子守歌になったのか、お腹をポンポンになるまで満たしたお美希は、大きなあくびを一つして寝息を立て始める。その可愛らしい顔を一撫でしてから、体をミチル達の隣に寝かせた。

お美希は次郎丸に比べて、よく眠る。

幾度となく銀次の手助けとなったその習性が、今ばかりは寂しく感じられた。

そう感じてしまう程、静かすぎる夜だった。




離れを抜け出した銀次は、もう一度焼け跡に立った。

暗闇の中、松明を頼りに目的のものを探す。しかし、瓦礫の大半を構成する木炭は水を吸い、余分な重みを持って銀次の作業を邪魔してくる。




「くそ。手のひらが痛ぇ。」



幾重にも巻き付けた包帯など意味をなさない疼きに耐えながら、銀次は時間を掛けて瓦礫をどけていった。






間に合わなかった、だなんて考えたくもなかった。

そのうちアイツがひょっこりと現れて、いつもの憎まれ口を叩くに違いないと。銀次は希望を諦めない。



しかし、ようやく掘り当てた瓦礫の下。

現れた幹は洞の中も外も見る限り真っ黒に炭化し、どこにも生命の面影を残してはいなかった。

それでも。



「お前が死ぬなんて、俺は認めねえからな」



次々と湧き上がる良からぬ結末を否定するように、そして自らに言い聞かせるように、声をあげた。




――――簡単に諦めてなど、やるものか。

そう、麻理子のことだってそうだ。



確かに強烈な鬼の姿のインパクトは強かった。しかし、時を置いて少しずつその事実を呑み込み始めた今、銀次にはあの事象の別の側面が見え始めていた。



元々麻理子が鬼だったとするなら、何故人間の姿と記憶を携え古桜庵の前で倒れていたのか。

そして男の呟いていた『不調(人間化)の原因』。前者はともかく、後者には銀次にも心当たりがあった。

麻理子の姿―――火車3号と呼ばれていた鬼は、最初に地獄で襲ってきた鬼と同一だった。


地獄から脱出する寸前、襲い来る鬼に向かって突き出した刀がはずみで車輪に巻き込まれてしまった。



「あのせいで車椅子とかいう魔具が壊れて、麻理子が鬼でなくなったって事じゃねぇのか。」



事実、あれ以降銀次達が地獄で鬼に出くわしたことはない。

何故ならば、この一帯を()()にしていた(麻理子)がいなくなったからと考えるのが自然だ。



「だとすれば、またあの魔具を壊してしまえば麻理子は元に戻れるって訳か。」



問題はどうやって麻理子に会いに行くかという所だった。

麻理子が男に連れていかれて、数刻は経った。

今更追いかけた所で追いつく事は不可能だろうし、何より子供たちだけを残してこの場を去ることは到底無理な話だ。



「今は出来ることをやるしかないってぇ事だ。」



そう独り言ちて、銀次は再び瓦礫の山を片付けて回った。


『桜は枝で増える』

銀次は植栽に詳しくはなかったが、それについては聞いたことがあった。

だから根や枝の一部でも残っていれば、養分である仁の力を使って無理やりにでも奇跡を起こせる可能性がある。


だから桜の幹を中心にくまなく探していく。


オウカノヒメが住んでいた黒こげの幹に空いた洞は、腕一抱えほどの直径がある。

試しにそこに頭を突っ込んで覗き込んでみたが、地の底に向かって続く穴の底は見えない。けれどそこを覗き込んでいれば、今にも彼女が飛び出してきそうな気がした。



「ん?何かあるぞ」



僅かな光に照らされた何かが、洞の途中で引っかかっていた。

腕を突っ込んで掴んだものは、金属質な割に軽かった。



「表面は・・・銀か?何に使うんだこりゃ。」



全長二尺弱、およそ50センチ程もある楕円形の物体。

薄っぺらく伸ばされた金属の容器は、少しヤカンに似ている。しかしヤカンにしては注ぎ口が長すぎるし、その先端には穴の開いた蓋がついていて、しかも取っ手の場所があり得ないほどズレている。

一体何の用途に使うものなのか銀次には分からなかったが、おそらく未来の道具なのだろう。


上にあったものが天井の崩落で洞に落ちたのか、それともオウカノヒメが隠し持っていたのか。

どういう経緯でここにあったのかは伺い知れなかったが、底に落ちて手が届かなくなるのも嫌で、外に出しておいた。



その晩は夜更けまで探し回るも雨の中での作業効率の悪さに、結局作業を中断するのだった。






翌朝、雨が上がったのを見計らい、銀次は子供たちを連れて焼け跡で食事の準備を始めていた。



「建物は全滅だが、ガス、水道と電気は大丈夫そうだな。あとは棚に入ってた調理家電と冷蔵庫も。ああ、食器類はダメだな、全部割れてらぁ。」



『おなべ、ありました。あ、あの、えっと・・・』



灰まみれの手に、鍋を抱えたミチルが銀次の後ろにいた。

何かゴソゴソしていると思ったら手伝いをしようとしてくれていたらしい。

自分だって不安だろうに、あまりの優しさに銀次は胸にこみあげるものを感じる。



「ありがとうな。瓦礫はあぶないから大丈夫だぞ。ミチルは後ろでお雪とお美希たちを見ててやってくれ。それだけでも俺は大助かりだ。」



鍋を受け取り、汚れを裾で拭いた手で頭をなでてやる。

しかし、ミチルはまだ立ち去ろうとしない。



「ん?どうした。」



『あの、あの・・・わたしのなまえは、ちえみです。』



本人にとって当たり前の事を伝えるだけでも、渾身の勇気が必要だったのだろう。

ちらちらと上目遣いに視線を覗かせる幼女には、叱られるかもという懼れが見え隠れしていた。

ビクついたミチル・・・もといチエミの距離感の変化に、銀次の内心は怒りどころか歓喜に打ち震えていた。



「お、おお!すまなかったな。これからはチエミって呼ぶぜ。よろしくな!チエミ!」



『あ、あと・・!』



「おう、どうした」



『なんて、よんだらいいですか?』




つまり、銀次に対しての呼称にチエミは悩んでいたようだった。

俊介が去り、ようやく会話をできるようになった状況で本人なりに考えてくれていたらしい。

その喜びを噛みしめながら、銀次の脳裏はふと過ぎ去った日々が過ぎっていた。


暑い夏の夕方、膝元で抱っこをせがむ小さな姿。



もし次郎丸だったら――――。






「にぃに。俺のことはにぃにと呼んでくれ。」



『ハイ、にぃに。』




舌足らずな発音で告げる姿が、亡き幼い弟の姿に重なって見えて、銀次は一瞬言葉に詰まってしまう。

けれど、すぐに本来の目的を思い出して作業に取り掛かる。



「とりあえず、メシを作るからな。チエミはお雪と一緒に遊んでてくれ。お美希は・・・俺の背中にしとくか。」




「あー、まむーっ」




ゴキゲンな笑顔で肯定するお美希、おぼつかない足取りで歩き回るお雪と、その隣で手を繋ぐチエミ。

賑やかな観衆を迎えて取り掛かった食材は、ジャガイモとニンジンとタマネギだ。

作る料理にはパンがあると良いと麻理子が言っていたので、先に創り出しておく。



「確か、カレーと途中まで材料は一緒だって言ってたな。」



ぴぃらぁで野菜の皮を剥き、子供の口でも食べられるように小さめに切って水に付けておく。

続いて取り出したのは冷蔵庫に入れてあった鶏肉だ。

煤だらけで真っ黒になってしまった冷蔵庫だったが、どういう仕組みなのかキチンと稼働し、中の食材達を守り続けていた。



鶏肉も小さく切って塩を振り、フライパンで炒めていく。


麻理子に習った要領でみじん切りにした玉ねぎを追加し、きつね色になったところで残りの野菜と一緒に鍋にまとめてぶち込む。


ある程度煮立ったら、灰汁を取ってそれを取り出した。



「う~ん、色以外カレーのルウと似てるなぁ。」



麻理子が残していた調味料グッズの中の一つ、『シチュー』と書かれた紙箱を破り、中身を鍋に投入する。すると、カレーとは違った優しい香りが辺り一帯に立ち込め始めた。



「こ、これは・・・」



カレーとは別種の、また食欲をそそる芳醇な香りに思わず銀次の腹がなり、チエミと遊んでいたお雪も、匂いに気づいたのか、途端にこちらに走ってきた。

目を輝かせてこちらを見上げる子供たちの目の前、申し訳なく思いながらも、料理人の特権である味見をさせてもらおう。


見ただけで分かる旨味をひと匙掬って口に運び、最初に浮かんだ足りない食材を口に出した。



「・・・これは、急いで米を炊かねばならんな。」




―――どう考えてもこれはパンより米だろう。


麻理子がいればご飯VSパン戦争になっていたかも知れないが、今ここには銀次しかいない。

炊飯器が壊れていなかったことに心底感謝をしながら、銀次は初めて『早炊き』をセットした。

米が炊けるまでに先に完成したシチューの鍋を持て余していると、お雪が遊んでいたモノに目が留まった。

それは昨晩、銀次が洞から引き上げた銀の容器だった。

外に出しっぱなしにしていたそれを、お雪とミチルは水を溜めて辺りに振りまいて遊んでいたらしい。

確かに、容器の形状は水を撒くのに適した形をしている。



「なるほど、そういう使い方ができるのか」



『じょうろでね、お花にお水をあげてたの。』

『じゃーじゃ!』



「じょうろって名前なのか。それを知ってるってことはお前たちも未来から来たってことか。まったく、この中じゃ俺が一番年寄りかよ。

どれどれ・・・んぁ?」



自慢げにじょうろを振り回すお雪の周り、まき散らされた水が砂利の上に緑色になって散らばっていた。

何かを溶かして緑色の水を入れたのかと思いながら、よくよく近づいて目を凝らす。



無機質な灰色の礫砂漠に際立つ緑色――――それは小さな小さな草の芽の集まりだった。




「おいおい、嘘だろ・・・」






脳裏に浮かんだ閃きのまま、じょうろの水を桜の幹に掛ける。

しかし、完全に死んでいる幹には意味がないのか、なんの変化も見られない。

代わりに、幹の周りに落ちた水から次々と緑が生まれ始めていた。




「これは・・・使えるぜ。」





――――砂漠の隔離世に、三百年ぶりの緑が芽生える。



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