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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
27/53

失う事

鬼。

初めて潜った地獄で遭遇した、醜く恐ろしく巨大な異形だ。

今、目の前にいる麻理子とは何一つ合致しない。

しかしーーー





男の宣言した通り、その傷からは一滴の血も流れていなかった。

それどころかその断面は灰色を帯び、まるで固く絞った蒟蒻のように不気味な光沢を放っている。


ぽっかりと空いた傷口は、ただ真っ黒な風穴を晒して男の戯言を肯定しているようだった。





「ば、ばかな・・・」




そして銀次と麻理子の目の前で、乾いた風穴は中の組織は不意に動き出す。

沸騰するように中身が隆起し、空洞を埋めるように動き出した。


その現象に頭がついていけない。

それは当の本人も同じ様で、開き切った眼で手の中の傷跡が蠢く様をたた茫然と見つめて茫然としている。


麻理子は未来の時に生きていた人間だ、と説明してくれると信じて待つ。しかしーーー





「わ、わたし・・・わたしは・・・」




沈黙に耐えかねた麻理子が、喘ぐように言葉を洩らす。

激しい体の震えは痛みによるものか、それとも心情的なものなのかは分からない。


弱っている麻理子の姿に居た堪れなくなり、銀次はその両肩を掴んだ。

大丈夫だ、そんな訳ないと裏付けられるような思い出を、散らかった脳内から必死でかき集めて。




「お前は鬼なんかじゃない!お前の名前は麻理子だ。木津原、麻理子!そうだろ?

16歳で、高校生で、小さな弟がいる。デザートを作るのが得意で、将来の夢はパティシエだ。

優しくて、賢くて。勇気だってある。

こんなに人間味ある女が、鬼であるはずなんてないだろ?!

それをお前・・・お前は、何を言ってんだよ!!」





銀次の咆哮の矛先は背後の男へ向かう。

涼しい顔のまま、ドアに寄りかかる男は眉尻を下げ困ったように頭を振った。  



「うーん。そこまで言うなら、見せてやるしかないか。」




芝居がかった仕草で取り出したのは、何の変哲もない小枝だった。


穂先を軽く振ると、次の瞬間に見慣れた光が現れる。





「その力は・・・」



銀次もよく知る、物質創造の際に現れる光だった。

しかし銀次のそれよりも、赫く強い輝きを放つ光線が、瞬く間に男が望んだモノの軌跡を描く。





「へぇ。君もこの力を知ってるのかぁ。いいね。同族のよしみで教えておいてあげるよ、鬼の作り方。

強い欲を持つ魂に最も望むモノに似たとある物質を与えて、意識を取り憑かせる。

反物質である魂と物質が強く癒着すればするほど、元の意識は消えて良い駒になる。

例えばそいつの場合なら・・・これかな。」



そう語りながら出来上がったモノに、銀次は身構える。

しかし、現れたのは背丈の半分にも満たない、車輪の付いた椅子だった。




「は、なんだよ、これ。」




意味の分からない行動を鼻で笑って、銀次は麻理子を振り返った。

やっぱりこの男の言う事は気にするなよ、と安心させるつもりで。



しかしーーー




「・・・いや・・・。ちがうの・・・わたしじゃ、ない」




もう殆ど塞がった傷を押さえながら、震える麻理子が嗚咽する。


わけが分からなかった。

麻理子がこの物体に何の思い入れがあったのかも、銀次は知らない。

しかしこれまで以上に激しく動揺を見せる麻理子に、銀次もどうしていいのか分からなくなる。




「大丈夫だ、麻理子。大丈夫だ」



自分でも何が大丈夫なのか分からないのに、壊れたカラクリの様に

連呼する事しか出来ない銀次に、さらに男は言葉を続けた。




「さぁ火車3号。新しい魔法の車椅子だ。お前の欲しがってたものだろう?」




まるであやすような口調で、男が椅子を押した。

滑らかに動く車輪が、後ずさる麻理子が逃げるよりも早く迫り、その一部が触れた瞬間。






「やめーーうわっ!!」




銀次の視界は白一色に染まった。

自らの目が開いているのかも分からない視界の中で、銀次は直前まで掌に触れていた体を探った。



「麻理子、大丈夫か?おいテメェ、なにしやがっーーー」




手繰り寄せた体と、目の前に現れたもののチグハグさに銀次は止まる。

目の前を覆う白は、肌の色だった。

正確には巨大な体から飛び出した細く長すぎる腕が、本来ある筈のない幾つもの関節を折り曲げて、目の前を塞いでいた。




「まり、こ・・・?」




背骨のように折れ曲がった腕を辿った先にあったのは、元着ていた衣服を辛うじて引っ掛けているガリガリの鎖骨と表情を隠す黒く長いざんばら髪。

車輪と一体化した足は窮屈に折りたたまれ、頭から立ち上がる黒く細い角が、狭そうに天井に突き刺さっていた。




「ミィ   ィデ」




ガラガラと嗄れた音は、声と呼ぶには不相応な程の雑音だった。

けれど、確かに聞き取れた音声は、目の前の、その人物だったモノから放たれていて。




「あ、ああ・・・」






髪の隙間から覗く白目のない真っ黒な眼は濁り、焦点がどこにあるのかすら分からない。

けれど変形した輪郭を伝う涙は、ソレが直前まで人間だった事を表していた。




「ぁ し ゥオ  みなィ デ」






「分かったでしょ?コイツは鬼なんだって。急に居なくなったせいで、こっちは人出が足りず困っててね。申し訳ないけど回収させてもらうよ。

馬頭、連れて行け。」




男の後ろから入ってきた大きな何かも。

ぐったりとした俊介が運ばれて行ったのも。

目の前の麻理子が抵抗する事もなく、ただ連れられて行くのも。

銀次には止める事が出来なかった。

目の前で起きていく事象を、ただ眺めている事しか出来なかった。





何故、どうして。

麻理子が鬼だった。

なんで、どうして。





「うーん、不調の原因は車椅子の故障かなぁ?まぁ回収出来たし別にいいか。

・・・ああそうだ。君も申し訳ないんだけど、ここからは退去してね。

この世界に繋がった餓鬼に逃げられるのは困るんだ。

あと外にある地獄桜の分枝ね、元はウチのやつだから処分させてもらうよ。

おい、火座魔。」





元々鬼だった?

もしかして俺たちを騙して一緒にいた?

コイツらを連れてくる為に?


なんで、どうして。




「おーい、聞いてる?

・・・ああ、途方に暮れてるのかな?まぁ、いきなり出て行けって言われても確かに困るよね。

同じ生者のよしみだし、こいつを分けてあげるよ。

この先の河原で、そいつを覗き込んで願うといい。元の世界に戻れるから。

じゃあね」






一方的に語り尽くした男は、屈んで目の前に何かを置き去っていった。

しばらく外で何がが聞こえたあと、辺りは静かになった。




目の前にあったのは、手のひら程の丸い小さなプラスチックだった。

手の中に入る程のそれに付いた釦を押すと、蓋が開いた。中側の鏡に映った無気力な顔から目を逸らして、握りしめたまま外へ出た。



外は既に夕焼けが広がっているようだった。

扉を開けた途端、目を刺激する橙の風に思わず顔を伏せる。嫌な香りに暫し瞑目し顔をあげて。

しばしの時、銀次は目の前の光景に呼吸を忘れる。



夕焼けと見紛う程の朱は、空の色ではなかった。









古桜庵が、燃えていた。








なんで、どうして。

なんで、どうして。




「お美希。オウカノヒメ。ミチル、お雪。」





よたよたと炎を吹き出す戸口へ向かうも、炎の回りきった門戸は完全に崩れ、もはや中へは入れない。





「お美希...!オウカノヒメ!ミチル!お雪!!」





まただ。

目の前を塗り潰す赤が。



「お美希!お美希ーー!!」





素手のまま掴んだ壁板が崩れ落ちる。





「また、なのか・・・?」




また炎が。

いつも炎が全てを奪っていくのだ。

今回だけじゃない。


お袋も親父も弟も仲間も。

家も居場所も一家も妹も、大切な者たちも。

運命が炎が。いつも自分から全てを奪っていく。





「・・・ッ俺が一体何をしたってんだよ!!」




一体どこまでの業を背負えば、ここまで失い続ける事ができるのだろうか。

いっそ目の前の瓦礫に飛び込んでしまえば、楽になるだろうか。



茫然と立ち尽くす銀次の脳裏に狂気が差し込むが、それすら拒否するように屋根が一気に崩れ火の粉が吹き荒れた。











「――――この世界で炎に飛び込んでも貴様は死なんぞ。忘れたか?」





どこからか響いた声に顔をあげる。

すると地に広がる業火の向こうから、体を揺蕩わせてオウカノヒメが歩いていた。

透けた体は炎も瓦礫も物ともせず、いつもの様に悠々と歩を進める姿は特に怪我などもなさそうだった

この場で唯一の吉報の存在に、銀次は一気に悪夢から立ち戻る。





「無事だったのか!!お美希は?!ミチルとお雪は?!」




「子供達は一旦地獄へ逃しておる。ミチルに彼方では一歩も動くなと伝えておるからの、あと幾分もすればこちらへ戻ってくるはず、じゃ」




「あ、ああ、良かった。・・・本当に良かった。命さえあれば何とでもなるよな。俺ァどうかしてた。

ああ、でも麻理子が。麻理子が鬼だったんだ。知らねえ男が妙な椅子にぶつけたら鬼になっちまって・・・それで、それで・・・そのまま連れてかれちまったんだ!!ぁあ、すまねえ。あいつが鬼だなんて全然気がつかなく「銀次よーーー」





矢継ぎ早に言葉を連ねる銀次を制したオウカノヒメは、静かに首を振った。




「気にするな。事情は分かった。仕方あるまい。今は、これからの、事を考えねばな。


ほれ、お前にはこれを、渡しておく」





珍しく優しい微笑みを浮かべたオウカノヒメは手に抱えていた何かを銀次に渡す。





「俺たちの旗だ!ありがてぇ。もう燃えちまったかと思ってたぜ。あとは―――って何だこりゃ。・・・種?」





掻き抱いた火鼠の旗の真ん中に包まれていたのは、指先程の大きさしかない煤けた楕円体だった。指先で擦ると、黄土色の硬質な表面が現れた。

どこかで見覚えのある種だったが、オウカノヒメは炎の中にこれを取りに行っていたのだろうか。






「これは、妾の、妾達の子じゃ」




「子?達?」




「さよう、妾とこの庵の前の主、夫との間の子じゃ。妾達の全て。生きた証。」




桜の種。

そう語るオウカノヒメは、何かを思い出すように空を仰いだ。

その様子に銀次は嫌な予感を感じる。





「待て。どうしてそんな大切なものを俺に託すんだよ!」




「桜は普通、種では増えぬ。枝で増えるのが、最も生存率が高いのでな。

仮に実っても殻が固すぎて、中の胚が孵化出来ぬ。

だが、地獄桜は少し違う。賽の河原の水を与えれば、殻が開いて芽吹くと。妾の祖先もそうやって生まれたと聞いておる。」





言葉を無視して喋り続けるオウカノヒメの異変に、銀行はようやく気付いた。足元が消えかかっている。


その時、銀次はようやく思い出す。

オウカノヒメの本体である桜の幹が、炎の中にあるという事に。





「ダメだ!!水を。ちょっと待て。すぐ水を汲んでくるから!諦めるんじゃねぇよ!」



「もう良いのじゃ。無駄なことはやめよ。ここまで勢いのある炎は、多少の水では消えぬ」




絶望の眼差しを浮かべる銀次を見ながら、オウカノヒメは笑った。

何もおかしい事なんてない。なにもないのに。

楽しい事なんてないのに笑うのは遺される人間を気遣う、死に逝く者特有の悪癖だ。


銀次は旗に包まれた種を置いて瓦礫の山に突進し、手が焼けるのも構わず流し台のあった辺りを掘り返す。

瓦礫に埋まってしまったとしても、排水管の繋がっている水道ならまだ生きている可能性がある。

銀次には僅かだって残る可能性を捨てきることなんて、出来なかった。




「まったく。なんじゃそのツラは。妾は貴様に頼み事を、しておるんじゃぞ。無駄に時間を使わず、まずは話を聞かぬか。

まったく、貴様は本当にあの男に似て、考え無しよのう」






言葉を途切れ途切れにしながらも、愛おしそうに指先で種に触れようとするも、もう触れることは出来なかった。

少し悲しそうな顔をして、オウカノヒメは手を引っ込める。






「ある日主は、この子の為に賽の河原に、水を取りに行くと言ってな。・・・そのまま戻って来んかった。

妾のせいじゃ。妾が賽の河原の話さえしなければ。主は今もここで暮らしておったのじゃろうな。」




「あった!」




話を無視し、感覚を失った手が高熱の蛇口で爛れるのも構わず、銀次は一気に倒した。

オウカノヒメの話なんて聞いてやるつもりは無かった。

まだ救えるかもしれない命を諦めるなんて、絶対に受け入れられなかった。



勢いよく飛び出した水が、瓦礫で詰まったシンクに溜まるのも待ちきれず銀次は水を振り撒く。

しかし、水量以上に炎が強すぎてまるで効果が無い。




「くそ!くそ!!こんな量の水じゃ全然足りねえ!!もっとたくさんの水がいるってのに!・・・そうだ!」






「銀次よ。地獄へ行く事を散々反対してきた妾が言うのは、烏滸がましい事は分かっておる。

しかしじゃ。お前がもし、これから賽の河原へ行くというのなら。

我らの子を。

妾達の生きた証を、頼む。



ああ主よ。妾も今そちらに   」





オウカノヒメが消えてしまった後も、銀次は諦めず両手を振り回し水を撒き散らし、足掻き、そして生まれて初めて天に祈った。




「金太郎!ミヨ!サエ!エスメラルダ!ケンジ!!まだ残ってる仁達よ!どうか雨となりこの炎を鎮めてくれーー!!」



真っ黒な空には星ひとつ無い。

けれどこの空の何処かに、救いがあると信じたかった。

そうじゃなきゃ、あまりにも救いが無さすぎる。


失う事に慣れたくなんて無い。







「どうか、どうか、そこにいるなら聞いてくれ!


本当に助けて欲しい時に、神サマとやらが助けてくれたことなんてねぇ。いつだってそうだった。

でもな、俺はお前たちを信じてる。

金太郎、ミヨ、サヨ、エスメラルダ、ケンジ。

頼む。今なんだ。

本当に助けが必要なのは今なんだ。俺たちを、俺たちの仲間を。オウカノヒメを、助けてやってくれ・・・」





絞り出した咆哮が消えていく寸前。

その答えが肩に、頭に、腕に。

次から次へと降り注ぎ、炎が消えていく。





・・・嗚呼。






『だいじょうぶ?』





火が消えて真っ暗闇の中。

銀次の背に、小さな手のひらが触れる。

いつの間にかお美希を引き摺ったミチルとお雪が寄り添っていた。


PC故障でスマホ入力の為、執筆時間が3倍くらい掛かってます

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