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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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四組目の来訪者 伍

金曜日の更新から遅れました。

突き抜けた光の柱が消え、普段の戻った室内にはまだ輝く欠片が降っている。

幻想的な光景とは対照的に、光が徐々に消えていく辺りには刺すような雰囲気が立ち込めていた。

そんな鋭利な空気を生み出した張本人は、先ほどの口汚い絶叫が嘘のように口を噤んで背を向けている。



「・・・な、なあ。俊介、うそだよな?お前、冗談を言ってるんだよな?」



沈黙に耐え切れずに、銀次は問いかける。

否、問いと呼ぶには余りにも弱々しすぎるそれは、もはや懇願に近かった。



「オウカノヒメさん、子供達を。」



「任せよ。」



その返答を待つまでもなく、麻理子とオウカノヒメが足元で震えている子供達を保護しに掛かる。

手っ取り早く着替えを被せ、頭からタオルを掛けると何も見せないように、聞こえないようにしてからオウカノヒメが外へ連れ出していった。

即座に行動に移し始める二人を見てもまだ、銀次は信じられなかった。

しかし、よくよく考えれば俊介の言葉を裏付ける場面はいくつもあった。



初めてこの庵にやってきた彼らの中で、最も外傷が少なかったのは俊介だった。

他の子供達が顔や喉に切り傷を負っていたのに対し、わずかに残った腹や頭の傷だけだった。


そして木藤に対して良い反応をしていなかった理由も、ミチルが俊介に怯えていた理由も全て辻褄が合う。

それに気づいた二人が各々の最適行動へ動く。それなのに、往生際の悪い銀次だけが未だに俊介の言葉を信じきれずにいた。




「なぁ。お前はそんなヤツじゃないって俺は信じてるからな。俺は知ってるぞ。未来は俺たちの時代よりももっと恵まれて、戦も飢饉も無い平和な時代だって。お前にも家族が、友がいたんだろ?

周りにそんな奴らがいれば悪い気なんて―――




『・・・何も知らないクセに、分かったような口きかないでよ。偽善者の原始人が。』




銀次を絶望に突き落としながら、振り返った俊介の顔はなんの感情も宿していなかった。

なぜ、どうして。

と、二の句が継げぬまま立ち尽くす銀次の代わりに、今度は麻理子が前に出た。




「思い出したよ。タライ シュンスケくん、だよね。

君の名前、ニュースで見た事あるよ。確か親の再婚先の家庭で、親兄弟を殺傷して放火自殺したって。

当時はその家庭環境がセンセーショナルに―――『黙れ。』



麻理子の言葉が終わる前に突進する俊介を、その直線状から逸らすように受け止める。

隠すように握られていたのは、見たこともない形をした薄い紫をした小刀だった。



「おっと。」


「銀次くん!!」



「大丈夫だ、こんなモンじゃ仮に刺さっても死なねえよ。それより・・・」



衣を掠った刃を握る手を力でねじ伏せて、至近距離から俊介の目を見た。

真っ黒な瞳にはなんの光も、先ほど見えた怒りすらも宿っていなかった。



「俊介・・・!」



俊介の動きはまるで虫を殺すようで、刃を振るうまでの行動に躊躇いが無かった。

そんな所作をする人殺しを、銀次は何人か知っている。

恨まれる立場上、何度か相対することはあったが・・・どの人殺しも人格が崩壊していて―――そんな動きが出来るようになるまで、一体どれほどの人数を傷つけてきたのだろうかと嫌気がさしたものだった。



銀次はただただ苦しかった。

俊介はまだ子供だ。それなのに、どうしてこんな事を出来る人間になってしまったのか。

生まれ落ちた時から残虐な人間など、一人もいないというのに。


ーーーすべてが恵まれているはずの未来で、一体何が起きれば純粋無垢だった子供をこんな化け物に変えてしまえるのか。



あまりのやるせ無さに脱力したところを付き飛ばされ、改めて正面から向き合った俊介に、銀次はもう一度語りかけた。



「俊介。何があったんだよ。どうして、そんな事をするんだ?ここに来るまで、何があったんだよ。なんでもいい、俺に話してくれないか?」




しかし、返ってきたのはまたしても無表情の嫌悪だった。



『・・・うるさいなあ。』




「・・・俊介!」



『ねえ、原始人は頭まで悪いの?

前も言ったよね?僕、うるさいの嫌いだって。そう、あいつ等もさ、うるさかったんだもん。

いくらガキでもさ、支配者サマの気分を煩わしちゃダメでしょ。だから教育してやっただけ。』



悠々と語る俊介にはなんの罪悪感も見当たらない。むしろ、当たり前の事を説明させられて不愉快なのか、やれやれとため息をつく様に、銀次は絶句していた。

言葉を失った銀次の代わりに、今度は麻理子が口を開く。



「木藤さんはどうしたの?どうして、あなた達は一緒にここまで来る事になったの?」



『そう、木藤の奴のせいだよ!あいつ、僕を監視するために連れ歩いてただけさ。元居た場所から連れ出されてさ。

さすがにあんなにデカい兵隊相手じゃ、勝てないよね。移動中ですら、せっかく餓鬼どもを教育してやってたのに、見つかるたびにぶん殴られた。』



「そう、逆に教育されてたってワケね。どうやら失敗してるみたいだけど。」



『・・・はぁ?』



麻理子の言葉が癪に障ったのか、俊介は刃物を構えて睨みつける。

しかしそんな威嚇も気にせず麻理子は言葉を続けた。



「分かりやすい情緒不安定よね。銀次君の事を原始人呼ばわりする割には、キミのやってる事もおサルさんみたいだと思わないのかしら。

支配者、だなんて言葉もおサルの大将気取ってるみたいで、恥ずかしいと思わないの?」



『うるさいな・・・ブスは黙ってろよ。大体お前、僕にそんな口利いていいと思ってるワケ?僕に逆らったら、後悔することになるよ。』



言葉の威勢とは裏腹に、刃物を受け止めた銀次を警戒しているのか、安易に切りかかるのを止めた俊介を麻理子は鼻で笑ってみせる。

僅かに揺れる刃先を凝視しながら、麻理子は声高らかに煽り続ける。



「後悔?何言ってるの。キミみたいな子供、私たちに掛かれば簡単に取り押さえられると思うんだけど。知ってる?銀次君って(たぶん)めちゃくちゃ強いんだから。

きっと木藤さんも、私たちなら君を何とか出来ると思って置いていったのね・・・


大体、そんなちっさなナイフでこの場を制圧出来ると思ったら・・・―――ねぇ、そのナイフどうやって手に入れたの?」




会話の最中から伝わった困惑に、銀次も視線を向けて。そして唖然とした。


俊介が構えるのはなんの変哲も無い小太刀、否、未来の世ではナイフと呼ばれる刃物だ。


その輝きと特有の色合いが、餓鬼が本来持つ持ち物としてはあまりにも相応しくなかったからだ。




「・・・・餓鬼の持つ衣類や持ち物は、色味を持たない。」




死者は現世を離れる時、物質を持つ事は出来ない。

しかし二番目に庵にやってきたサエとミヨは特殊な文様の人柱衣装を着ていた。


本人たちと同じく白黒だったそれは、生来紺色の美しい色だったという。

そういった持ち物は死ぬまでに当人が執着していたり、意識していた物品に、仁が形を変えて付着しているもので、本当は物質ではなく髪や皮膚と同じようなモノだという。

そんな説明を、オウカノヒメから何となく聞いたことがあった。


だからサエとミヨが成仏した後には衣装や持ち物が隔離世には残ることはないし、そもそも衣服などに執着を持たない赤子の餓鬼は裸同然で地獄を彷徨っているのだ、と。



銀次は改めて俊介をみる。

死の直前まで来ていたのであろう、白黒のじーんずとTしゃつと呼ばれる衣装と、異なる色合いを放つとの違いが際立っていた。

つまり、うす紫の刃物は()()()()()与えられたものだ。





一体誰が?どうやって?




この誰もいない隔離世に。

とても小さな小さな、気付きだった。

しかし、急速に脳が冷やされて足の裏の床が硬く感じる。

鬼が?

いや、あの話が通じない化け物に、そんなことが出来るわけがない。





『僕は選ばれたんだ。教育が必要なガキ共を適切に管理できる支配者に。』





もしその誰かが、何らかの目的で俊介に役割を与えていたとしたならば。


連れ出されるような形で本来の役割を離れ、今ここにいる俊介にどういった行動を取るだろうか。

未だ夢見るように語る俊介は、おそらく気づいていない。



説明出来ない違和感に、銀次は謎の焦りを感じ始めていた。

そもそも、子供相手に物騒な刃物を渡す事自体、普通ではない。



木藤は何故子供達を連れていたのか。

虐待されていた子供達を連れて地獄を転々としていたのは理解出来る。

しかし、何故加害者である俊介まで連れて移動していたのか。

他の子供達を傷つけないよう、見張ってまで。


それは何か余程の理由があったから、そこを離れるに足る事情があったからではないのだろうか。


とてもイヤな、予感がした。






『そう、あの方に。これはその時に賜った物で







パァン。










何かが弾けたような音だった。

ただ、軽い音にそぐわない大音量に、銀次は、麻理子は、俊介でさえも言葉を失っているように見えた。


続く耳鳴りと声に、銀次は自身の耳がうまく音を拾っていたとは思えない。

だってあまりにも意味が分からなかったから。




「なぁんだ、こんな所に居たのか。火車3号。」




何の前触れもなく前のめりに倒れ込んだ俊介と。


いつの間にか開いていた後方のドアと。

そこから聞こえた男の声と。

どこかで嗅ぎ覚えのある香りに、銀次の停止した思考が、ようやく動き出す。





「何か、燃えてる。」



「あ、もしかして君、生きてるの?すごいねえ。こっちで生者なんて久しぶりに見たかも。」




麻理子ではなく銀次を指して放たれた感嘆に、切り替えの早い麻理子が言葉を返す。しかし。






「あなた、誰?今、あなた―――






パァン。






ああああああ!」



「麻理子!!てめぇ!なにしやがった!!!」





もう一度聞こえた大音響が、男の手元から放たれたと気付くのと同時に、麻理子が絶叫して倒れた。

飛び出して麻理子に覆いかぶさると同時に、今攻撃してきた男の正体を凝視する。


茶色の髪をした、男だった。

滑らかな上衣と下履は未来の衣類なのだろう、過去の時代特有の汚れやシワが見当たらない。

その端々から覗く生者の肌からは若さが、そして高い位置に座する端麗な顔貌は、笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。



男の突き出した手に握られた黒い物が、一筋の煙をあげている。

それが武器だという認識を持つと同時に、後ろで倒れている俊介を振り返った。


うつぶせに倒れた俊介はピクリとも動かない。

後頭部に空いた穴が、今しがた聞いた大音響の結果を表していた。

そして俊介が受けた傷の場所に、銀次は見覚えがあった。

最初にこの庵にやってきた時、俊介の頭についていた、傷跡の形だった。




「き、貴様・・・!」



「ああ、大丈夫だよ。餓鬼は死なないからね。頭を撃たれたところでちょっと記憶を失うだけさ。ちなみに君に危害を加えるつもりもないよ。僕は単に回収しに来ただけなんだよ。そいつ()をね。」




微笑みながらしゃくった顎の先では俊介と―――銀次の後ろで痛みにのたうつ麻理子も含まれていた。

銀次には男の言う意味が、1ミリたりとも理解出来なかった。





「俊介はお前んとこに居たのかは知らねえが・・・麻理子はウチで保護してるモンだ。回収なんて言われる筋合いは無え。」




怒気を込めて睨みつける銀次に、男は心外と言わんばかりに肩を竦める。

男前な顔貌でするその仕草だけみれば、実に絵になる男だった。しかし、銀次には目の前の男が生きた人間ではないような、何か得体の知れない存在のような恐怖を感じていた。


それに銀次は知っている。

人を傷つけた後に笑顔を浮かべていられる人間に、まともな奴は一人もいないという事を。





視線を凍らせる銀次にひとしきり無念を見せつけたあと、男は大きくため息をつく。





「言われる筋合いって・・・。元々そいつはウチの所属だよ。


勘違いしてるみたいだから言うけど、生者じゃない。僕が創り出した・・・鬼さ。

見てみてよ、そいつ血が流れないだろ?」





「・・・は・・・?」





それまで痛みにうめき声を上げていた麻理から、のヒュッという呼吸音が漏れた。

つられるように、銀次も振り返ってしまう。



関節が真っ白になるほど握り締めた傷跡から、そっと拳が外れる。

二人の視線の集まった先、風穴の空いた柔らかな白いふくらはぎには、確かに一滴の血も流れていないのだった。

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