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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
23/53

オムライス

『あーあ、眠たくなってきちゃった。』



ご馳走を食べ尽くした少年は、それだけ言って床にゴロンと転がった。

温かい湯に浸かり、腹も満たされた状態の今なら、眠気を誘われる気持ちもよく分かる。


個室程の大きさを有するこの脱衣所は、未来の電飾で明るく足元はユカダンボウの放つ熱でどこよりも快適に保たれている。

古桜庵の方にはこういった仕掛けが無いばかりか、隙間風が多すぎて寝泊まりには向かない。

快適さを求めるなら、寝泊まりにこの脱衣所を選ぶ少年の直感は正しい。



しかし、まだ少年の睡眠を許すつもりはなかった。

彼の機嫌を損ねる前に、なんとしても聞いておきたいことがあるのだ。




「答えたくない、ってか?どうしてだ。何か言いにくいことでもあるなら遠慮せずに―――」



そう思って催促したにもかかわらず、銀次は返ってきた言葉に声を失った。




『キフジタケマサ』





「え?」





『僕たちを痛めつけた奴の名前だよ。何?意外だった?』




「な、そんなバカな。そんな事が。」




何百年も昔からずっと、重症の子供達だけ連れて歩く兵。

時折庵に子供を預けにきては、再び地獄へ戻っていく記憶喪失の男について、銀次の印象は悪いものではなかった。


確かにあの無表情な顔貌には、窺い知れないところはあった。

しかし、それは記憶喪失の影響だと思っていたし、子供達を預けてすぐ地獄へ戻っていく彼に銀次にはそこまでの悪党に思えなかった。

否、思いたくなかっただけなのかも知れないが。






『僕はしょっちゅう木藤に殴られてたな。口喧嘩で負けるのが悔しかったんだろうね。ああ、ガキどもは特に泣き声がうるさかったから、主に口元を狙われてたかな。

喉元をナイフでざっくり、って感じでね。』




まるで面白いことを話すように舌を出してジェスチャーする少年の様子に、銀次は目眩がしそうだった。


どう考えてもそんな軽いノリで話せるような状況ではない。

にも関わらず軽い口で語れる程、この少年の中では慣れ切った出来事だったという事だ。




―――あの男が。



現地で集めた重症の子供達を引き連れていたのではなく、自分が連れた子供達を虐待していたとしても、これまでの話と辻褄は合う。


一体どうして、そのような事をしでかしたのかは想像もつかない。

理解しようとも思えないが。


驚きと怒りと、未だ処理しきれない衝撃を内に抱えながらも、銀次はとりあえず少年を休ませることにする。




「・・・とりあえずここは安全だ。おそらく木藤もしばらく帰ってこないだろうし、安心して休んでくれ。俺はそろそろ戻るが、何かあったら母屋にいるから声を掛けな。あと―――」



『ん?』



「最後にお前の名前を教えてくれよ。他の子供達と違って、親御さんに名前を貰ってるんだろ?」



再びコーラを口に含んでいた少年は、急に振り返った銀次に質問されると思ってなかったらしい。

喉を鳴らしながら目を瞬かせる。


教えてやるか、教えてやらないか―――僅かな思案と共に天邪鬼を飲み込んだ少年は、甘い香りのする口を開いた。





『僕の名前は躱井、俊介。』



「たらい、しゅんすけ。か、いい名前だな。これからもよろしくな。おやすみ俊介。いい夢を。」






満足そうに微笑みながら立ち去った銀次を視線だけで見送ってから、少年は独りごちた。




『おやすみ俊介、だってさ。・・・きっしょ。』










庵に戻った銀次は、早速少年―――俊介の話を二人に共有した。

木藤が子供達を虐待していたことを話して、一番驚いていたのはオウカノヒメだった。



「餓鬼共にそのような振る舞いをしていたなど・・・あの男、妾達を謀っていたと言うのか?」



妾達、という言葉の中身は銀次達ではなく、おそらく前の古桜庵の店主を指しているのだろう。

何かを思い出すように虚空を睨んでいたオウカノヒメは、やがてふっと脱力してねぐらの洞に戻っていく。


「妾も少し考えたい。もう今晩は解散じゃ。さらばじゃ」



「お、おい。」



引き留める銀次を意に介さずオウカノヒメは消えてしまった。

そうして静かになった室内には、幼子達の寝息だけが響いている。

麻理子も何か思う所があったらしく、真面目な顔でブツブツと呟いている。



「躱井俊介、躱井・・・うーん、どこかで聞いたような。」



「とりあえず、今日は俺たちも休もう。俊介はあっちで寝たいらしくてな。すまないが、麻理子達も古桜庵で休んでくれ。

出来るだけ寝やすい場所を確保するから」



「うん。ありがとう。明日からもがんばろうね。」



「ん?ああ、よろしくな。」




急遽、麻理子のおねだりで創ったテイハンパツマットレスを並べて横になると、銀次は瞬く間に眠りに落ちるのだった。





まだ薄暗い早朝、銀次は泣き声で目を覚ました。



「うーん、お美希か?・・・待ってろ、今ミルクを作るからな・・・」


テイハンパツマットレスのお陰なのか、昨日まで感じていた背中や腰の痛みはない。

短時間であったが、久しぶりに熟睡出来たような気がして銀次はスッキリした頭で身を起こした。

そうして隣にいるお美希に視線を送ったが、つぶらな瞳はまだ閉じられていて、丸い胸が静かに上下している所だった。



「お美希は今日もかわいいな。んん?ってことはつまり・・・」



「ケンジちゃんよ。よかった、泣けるようになったのね」



同じく目を覚ましていた麻理子が覗き込んだ幼子達の布団で、元気に泣き散らしている赤子がいた。

聞き慣れない騒音に目を覚ましたミチルとお雪に挟まれ、わんわん泣く赤子を拾い上げて銀次はあやしにかかる。

ミルクを作る間の時間稼ぎのつもりだったが、ケンジは涙を流しながらも銀次の顔を認めると安心したのか静かになった。



「よかったな。ケンジは他の子供達より心の回復が早いのかも知れない」



昨日の風呂でのくつろぎ具合といい、年齢が進んでいない分、ケンジは傷が浅いのかも知れない。

そんなことを思いながら見下ろしたミチルとお雪は、まだ無表情でキョロキョロと天井を見上げていた。

寝落ちした所を布団へ運んだものだから、何故自分がここに居るのかを理解出来ていないのかも知れない。



「おはよう。昨日は寝ちまったから勝手に移動させてもらったんだ。2人とも、まだ朝早いからもう少し寝てていいんだぞ。」



そう思って声を掛けたが、2人ともどことなくソワソワして眠る気配がない。

どこか体調が悪いのかと声を掛けようと思った時

辺りに大きな腹の音が鳴り響いて、銀次は笑った。



「そういえば、昨日のメシからだいぶ経っちまってたな。よし、今日は俺が一人で作るからな。見てろ」



「大丈夫?本当に一人で作れるの?」



「任せろ。きっと、たぶん大丈夫だ。」




ケンジを麻理子に任せた銀次は早速台所に立つ。

取り出したのは、調味料と卵に冷蔵飯とケチャップ、玉ねぎと鶏肉だ。

初めて作るが、ある程度作り方は聞いていた。

そう思ってまな板に玉ねぎを置くと、横に唇を尖らせた麻理子が立った。

最近分かってきたが、こういう顔をするときの麻理子は大抵機嫌が悪い。



「オムライスだよね?失敗しないで出来る?食材を無駄にするのは絶対ダメだよ。」


「大丈夫だ。失敗したら俺が全部食う「それが食材を無駄にしてるっていうの!」



有無を言わさない麻理子の考えは、食材を不味く仕上げる事が既に食材を無駄にしている事らしい。美味しくなれるはずだった食材の命を粗末にしている、ということだ。



「うっ・・・だ、大丈夫だって。じゃあさ、麻理子は横で見ててくれよ。んで、失敗しそうになったら叱りつけてくれれば。」



「ん・・・それならよろしい。」



銀次の提案で溜飲を下げたらしい麻理子は、ケンジを抱っこ紐に入れたままミルクを与え始めた。

しかし虎のような視線だけは、しっかりとこちらを睨みつけていたが。





「まずは食材を切る所だな。タマネギと鳥の肉をみじん切りにするぜ。」



目に涙を浮かべながら玉ねぎを切り、それから鶏肉を刻む。

当初鶏肉は脂で滑って指を傷つけそうになったが、麻理子に包丁の握り方を指導されると安全に切れるようになった。



「次はフライパンに油か。贅沢に使わせてもらうぜ」



現世では高級品だった油をフライパンに落とそうとすると、早速麻理子から檄が飛んだ。



「油を入れるのはフライパンを温めてからにして。その方が色々となじむから。」



「お、おう。」



一体何がなじむのかは分からなかったが、いう通りに火をつけて温めてからフライパンに油を落とした。

タマネギと鶏肉のどっちを先に炒めればいいか分からず、チラっと麻理子を見たが何も言われなかったので、目が痛くて厄介だったタマネギを先にぶち込んだ。

そうしてタマネギが黄金色に色づいた頃、今度は鶏肉を入れて炒める。

ここでコショウを入れようとしたら、また麻理子が激を飛ばした。



「料理に慣れないうちは、調味料は少しずつ使って必ず味見をして。そうすれば大きな失敗はしないから。」


「はいよ」



言われた通りに味見をしながら味を調え、今度は冷蔵飯を投入しかき混ぜてからケチャップを入れてかき回していく。これだけでもだいぶ美味しそうに見えるが、この料理は次の工程が一番大事だと聞いていた。



「卵か・・・。」


溶き卵を作り、油を引いたフライパンに落とした後、ケチャップ飯を巻くのだ。

正直、どうやってやるのかはイマイチ分かっておらず、卵クズを上に載せるだけでもいいだろうと思っていた。

しかし、横から睨みつける虎の視線がそれを許していないのは明らかだった。

「そこはダメ元でいいからやりなさい」という意志を強く送られている。

そしていつの間にかに横に立っている、ミチルとお雪からも期待の視線を受けていた。



「はあ。まぁ、やってみん事には上達しねえからな」



ため息を付きながら油を敷いていると、横から黄色い何かがフライパンに投げ込まれた。

小さな四角いそれは、あっという間に小さくなり油と同化した。



「なんだこれは。」



「バターだよ。ちょっとでも入れると香りが良くなるから、これで作ってみて」



確かに、フライパンから立ち上る油煙の香りが格段に良くなった。

既に完成しているケチャップ飯の香りと相まって、そこまで腹を空かせていなかった銀次まで空腹を誘われる。



「・・・さっさと作っちまうか。」


湧き上がる涎を飲み込みながら、溶き卵を投入し、かき混ぜる。

しかし火加減が高すぎたのか、卵の外側だけが焦げ付き始めた。

ヤバいヤバいと慌てた銀次に見かねて、麻理子がフライパンを火から外し濡れた布巾に載せて冷やす。そのおかげか、焦げ付いた部分の部分も余熱で火が通り始めた。

そうして出来上がった玉子の塊をケチャップ飯に載せると、不格好ではあるが美味そうなオムライスになった。



「温度が高いときは素早く玉子をかき混ぜて、中身をトロトロにして。じゃないと焦げちゃうから。」


「中身トロトロって・・・」



よくわからない比喩に困惑する銀次にしびれを切らしたのか、麻理子がフライパンを手に取る。

同じような高い温度のフライパンに玉子を投入するが、今度は外側が焦げ付く前に素早く内側に混ぜ続け、文字通りトロトロの玉子の塊が出来上がっていた。

ケチャップ飯に載せられた玉子は光を受けて輝き、芳醇なバターの香りを振りまいている。

自分が作ったオムライスも確かに美味そうだったが、こちらの方が絶対に美味いと確信できる。



「なるほど、じゃあ同じようにやってみるぞ。」



叱咤激励を受けながら、似たような流れでさらに3皿のオムライスを作った。

最初はやはり下手くそだったが、少しずつコツを掴めてきたような気はする。


人数分のオムライスを茶卓に並べる時にはヘトヘトだったが、それでも自分の力で作り上げたという達成感は大きかった。

それに・・・




「あら、お雪ちゃん早く食べたいの?ちょっと待ってて、取り皿とスプーンを用意するから。」



茶卓に座らせた途端、立ち上がって手を伸ばし始めるお雪はよっぽど腹が減っていたらしい。

相変わらず無表情ではあったが、目の前のオムライスから目が離せない。

ミチルも控え目ではあったが、チラチラとオムライスに視線を向けて気になっているようだった。



「よーしそれじゃあ。「いただきます」」



口に入れたオムライスは、自分が作った焦げ目のあるものだ。

けれど、信じられないほど美味しい。



「う、うめぇ・・・!」



自分の育ちがあまり良くない事は自覚していたから、出来るだけ「美味しい」という言葉を使うようにしていた。しかし、そんな縛りを忘れるほどの衝撃に銀次は悶絶する。

そして、そんな衝撃を受けていたのは、銀次だけではなかった。





『んまんまんま・・・』




「「えっ・・・?」」




小さな手に握らされた匙を一生懸命動かして口元を汚すお雪が、初めてその言葉を発していた。



「喋った!お雪ちゃんが喋ってる!」



「信じられねぇ!よかった、本当に良かった・・・。」



『んまんまんま・・・』




当人は喋っているつもりのない喃語だったの知れないが、周囲が大いに盛り上がりすぎて、余りのうるささに目を覚ましたオウカノヒメに怒鳴り散らされてしまうのだった。



一方、その横でただ黙々とオムライスを口に運びながら、ミチルは不安そうにお雪を見つめていた。

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