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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
22/53

チーズバーガーとナゲットとポテト

普段灰色が支配する隔離世の空は、既に地平の果てから橙に染まり、やがて訪れる夜に備えていた。


味気ない礫砂漠が唯一、美しく感じられる時間帯だと銀次は思う。

しかし、鑑賞に耽る暇を与えない程の寒風に充てられて、思わず着物の裾をきつく体に巻きつけた。



叩きつけられる砂粒に目を細め、庵の周囲を見渡すと目的の人物はすぐに見つかった。

庵の裏手、真っ黒な体躯と同化しそうなヒトガタが、黒い水たまりの淵に腰掛けていた。


こちらに背を向けたまま、抱えた膝に頭を突っ伏した姿は最後に話した時と変わらないままだ。

その心は体調が優れないことが原因なのか、はたまた超が付くほど意地っ張りだからなのかは、未だ測り知ることはできない。


ただ、その足元に置かれた小鉢の中身が無くなっている事に気づいて、銀次はその背に声を掛ける勇気を得る。





「なあ、そろそろ庵に戻らないか?外も寒くなってきたし、腹も減ってるだろ?」



控え目な声量で放った言葉はあくまで少年の身を気遣ったものだった。

しかし、その返答を待つこと一拍、二拍、そして三拍を置いても、辺りに残る静けさが場の空気を重苦しくしていく。



無視か―――。

諦めが脳裏をよぎった瞬間、吹き抜ける風と共に特有の声が響いた。



『庵に戻るってなに?ここは僕の居場所じゃない。・・・だからその言葉は間違ってる。』




自らの問いかけが少年に通じていた安堵を隠しながら、銀次は慎重に言葉を選んだ。



「お前の言ってることは正しい。確かにここはお前の居場所じゃない。お前にはもっと相応しい―――良い居場所があるからな。

だが、そこに辿り着くまでの道中に、少しくらいこの庵で寄り道していったって良いと思わないか?」




銀次の言葉に何か思うところがあったのか、次の返答はそれほど間を置かずに返ってきた。



『僕にふさわしい場所、ね。まあどうでもいいんだけどさ―――』



そういって頭を上げた少年はただぼぅっと正面の地平を眺めていた。

きっと今日は飽きるほどに見つめたはずの景色を、無感動に見渡して少年はやっとこちらに顔を向けた。




『ねえ、あいつらはどうしてる?』



「あいつら?」



『僕と一緒に来たガキどもだよ、木藤が置いてった。』



「あ、ああ。あの子たちならもう眠ったぞ。風呂も食事も済ませてな。」



一瞬少年の口の悪さに驚きながらも、その質問が彼なりの心配の形だと考え、銀次は答えた。

どういう事情で4人が木藤と旅をすることになったのかは未だ想像の域を超えない所だったが、やはり仲間の安否は気掛かりだったのだろう


急に立ち上がった少年の口元には、笑みが浮かんでいた。




『そっか・・・じゃあ俺も風呂だけ借りよっかな。食事は期待出来そうにないし・・』




「飯も食っとけよ。ウチのメシを食えば、体調も良くなる。もちろん、プリン以外にも未来のメシだってあるぞ。

例えば・・・ほら」






漸く心を開き始めた少年に信用してほしくて、銀次は袂からとある物を取り出す。

ここに来る前、少年が喜んでくれそうな食事について麻理子に相談したら、渡されたものだ。




『これは・・・・』



「これはホットココアって言うらしいな。この容器の開け方は『知ってるよ。』



言葉を待たずに受け取った温かい缶を当たり前のように開ける姿を見て、銀次は生前の少年が未来に生きていた事を確信する。

寒空の下、ズズッと缶を傾けて喉を鳴らす少年を見守りながら、銀次は次の誘惑を放った。




「見ての通り、ウチには優秀な料理人がいるんでな。せっかくここに来たんだ。なんか好きな食べ物を作ってもらえよ。」



手先が冷え切っていたのだろう、温かい缶を両手で包む少年は黙ってじっと考えていた。

きっとその頭の中は、これまで貫いてきた虚勢と意地と空腹の瀬戸際にあるのだろう。

銀次の思案をよそに、少年は考えに考えて、ようやく声をあげる。






『それじゃあ―――』




そうして見事な大見得で少年の要望を勝ち取った銀次は、着替えと共に少年を風呂のある離れに案内したあと、早くも頭を抱えるのだった。










「おかえり銀次くん。ホットココアは気に入ってくれたんじゃないかしら―――ってどうしたの!?」



「あ、ああ。すまねえ麻理子。ちょっと困ったことになっちまってな。」



「なんじゃ貴様、また何かやらかしたのかえ?全くろくでもない事ばかりしよってからに。」




暗い表情のまま庵に戻った銀次は、さっそく事の顛末を報告するのだった。



「ちげぇよ、やらかし・・・いや、やらかしたのは確かだな、うん。」



そう認めてから思い返すのは、恐ろしいオーダーの中身だ。





『僕が食べたいのは、マスバのポテトとチーズバーガー、ピクルスは3枚がいい。あとナゲットもつけて。飲み物はコーラがいい。30分後にはお風呂終わってると思うからここまで持ってきて。』




使いっ走りのように少年にアゴで使われる事は、特に気にならなかった。

しかし、その言葉の一つ一つが料理の話をしているとは思えない程、理解出来ない単語のオンパレードだった。

面食らいながらも、奇怪な発音の単語を聞き漏らさず記憶出来た自分の頭脳を、正直褒めてやりたい。




その話を聞いたオウカノヒメも似たような印象を抱いたらしい。

心底呆れた表情のまま、頭を振る。



「それは何の呪言のたぐいか?そもそも未来の食事などそう簡単に作れるはずも無かろうに、そのような安請け合いをするなど・・・やはり貴様は真の阿呆なのか?」



「すまねえ麻理子。料理と言えば何とかなるだろうと思ってたもんだからつい・・・」




オウカノヒメの言う事はもっともだった。

これについては未来の知識への認識を甘くみていた銀次の落ち度で、あとで少年には謝りに――――





「うん、大丈夫。用意出来るよ!」



「へっ?」



―――行こうとしていた銀次を制した麻理子の顔をもう一度見つめる。



「だから、大丈夫だって。作れるよ、マスバのポテトとチーズバーガーとナゲット。細かい素材とコーラだけは創り出すことになると思うけどね。」





ニコニコ顔のままそう言ってのける麻理子が女神に思えて、銀次は思わず拝んでしまうのだった。










「まずはチーズバーガーから取り掛かるわね。パンから作るとさすがに時間が掛かっちゃうから、これは創って、と。

ハンバーグは牛豚合い挽きかな。フライパンで焼いて、っと。」



台所に立ち、せっせと準備を進めていく麻理子の手伝いをしながら、銀次はその手元を凝視していた。



「す、すげぇ。こんなに色んな食材を使う料理、見た事ねえ。」



「妾もこのような料理を見るのは初めてじゃが、なんというかハイカラじゃのう。麻理子よ、銀次にもしっかり覚えさせておくがよい。このような知識、そうそう得られるものではない。」



手放しで褒めちぎる銀次と興味深そうなオウカノヒメに、麻理子も悪い気はしないのか赤くなっている。

高速で作業をこなしながら、説明する言葉はどもりがちだ。



「だ、大丈夫。昔いつも行ってたマスバで作ってる人を見てただけだから・・・大したことじゃないって。」



「いつも行ってた?」



「う、うん。いつも行ってて・・・その、作ってくれてる人の作業を見てたの。」



うつむいて呟いた麻理子の顔は、更に真っ赤になった。

そんな様子から、銀次は大体の事情を察して口を閉じる。少しモヤッとするがこれ以上の詮索は今はやめておく。



「ハンバーガーに入れるハンバーグはこれでいいけど、単品で食べるハンバーグはこの調味料を使うと楽に作れるよ。普段使いなら私は断然こっちかな。」



茶色の箱を手に取る麻理子の言葉を聞き流しながら、卓の上に置かれていた巨大な紙袋二つを手に取った。触ってみるとゴロゴロと石が詰まったような感触がしていて、その中身はやたら冷たい。



「これはなんだ?」



「あ、それはナゲットとポテトだよ。まだ冷凍状態だから、キツネ色になるまで隣の油で揚げていって欲しいの。」



「おう、任せろ。」



銀次は隣のコンロにセットされた熱々の油に、次々とナゲットとポテトを投入する。

すると、凍った状態の食品から瞬く間に油が跳ね散らかる。どうやら油の温度が高すぎたらしい。


「っくそ、熱ぃな。」


慌てて温度を下げた銀次だったが、見た目は程よい黄金色に染まったナゲットはまだ温度が高すぎたらしく、中が生焼けだった。

試食を重ねながら、適切な温度の感覚を掴もうと銀次はポテトとナゲットの投入を繰り返した。

そうやって揚げ続ける内に、適切な温度と入れる量の適量が分かってくるようになった。



「よし、覚えたぞ。これで揚げるだけなら次は俺だけでも出来そうだ。」



ついに出来上がったポテトとナゲットはこんがりキツネ色で、中身はホッコリとしている。

余りの見栄えの良さに、銀次はもう一個だけ試食したい気持ちを抑えるのに必死だった。



「ふん。良い匂いをさせよってからに。しかし妾の体が回復した暁には作ってくれてもよいのだからな。」


「ふふ、さすが銀次くん。こっちも終わったから、あとは持っていくだけだね。作り過ぎた分はあとでみんなで食べよう。」



「いや、いい。遅くなるかも知れないから、先に食って休んでてくれ。」



オウカノヒメの要望を無視して、早速出来上がったポテトとナゲット、そしてチーズバーガーを籠に入れる。

一抱えほどもあるコーラという不思議な飲み物だけは、冷えている方が良いらしくコップと一緒に別の包みに入れて準備万端だ。

壁時計の時刻はちょうど約束の四半刻(30分)に差し掛かっていて、銀次は大急ぎで風呂のある離れへと走りだした。







『うっそ、マジで持ってきたんだ。』



離れの扉を開くと、少年は既に脱衣所の揺り椅子に腰掛けていた。

清潔な体を浴衣で包んだ少年は、しばらくそこで待っていたのだろう、既に湯気は失われていた。

気難しい年ごろなこの少年なら、その時点で機嫌を損ねていそうなものだったが、その声音には興奮が隠し切れずにいた。



「ああ、待たせたな。これが言ってたヤツで間違いないか?」



椅子から跳ね起きた少年が視線を注ぐのは手元の籠の中。

その蓋をそっと開けて中身を外気に晒すと、むわっと食欲をそそる油の香りがそこら中に広がり、少年が喉を鳴らすのが聞こえた。



『う、うん。これで間違いない。食べていいんでしょ?これ全部。あとでダメって言われても返さないよ?!』



「返せなんて言わねぇよ。全部食っていい。それに、足りなくなったらまた作ってくるから言え。」



はじめて見る少年の様子に笑ってしまいそうになりながら、銀次は大人の余裕を見せつける。

本当は喜んでいる少年と同じくらい、内心はしゃぎたい気持ちでいっぱいだったが、ここは我慢なのだ。



『そ、じゃあ。いただきます。』



その場で座ってチーズバーガーに齧りつく少年を笑顔で見つめながら、コーラをコップに注いでやる。

容器を開ける時に急に音がしてびっくりしてしまったが、何とか動揺を悟られずに済んだと思いたい。

そんな銀次の傍らで、早速少年の体に例の変異が起き始めた。



『う、わ・・・!』



「ああ、大丈夫だ。それは体が治っていってるらしい」



少年の頭とわき腹、腹の辺りがボコボコと沸騰し程なくして戻っていく。

本人に痛みはなさそうだが、やはり違和感というか困惑はあるらしい。夢中だった食事を中断するほどには。



『ほんとだ・・・。もう痛くない。』



「それは良かったぜ。体が元気になればゆっくり眠れるだろう。まぁ腹ごしらえを済ませてからにはなるが。」



『そうさせてもらうよ。他に寝室が無いならここの脱衣所借りたいんだけど。』



再びポテトを次々に口へと放り込み始める少年に、銀次は首を縦に振る。



「元々麻理子達女子が仮初の寝室に使っていたが・・・まぁ良いだろう、伝えておく。

それより、少し話を聞かせてくれないか。」



『話って?』



短く答えた少年の瞳を見つめながら、銀次はこれまでずっと胸にしまっていた疑問を吐き出した。





「お前たちの傷は、誰にやられた?」






黙ったままただナゲットを咀嚼する少年の代わりに、銀次は言葉を続けた。



「お前は言ったな。『僕たちはもう死んでる。だからいくら痛めつけられたって、しばらく経てば死んだ直後の体に戻っていく。だから気にしないで』


あの言い方はつまり、お前たちの傷は死んだ後―――つまり地獄に来てから付けられたものだって事だ。ちがうか?」






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