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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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ソース焼きそば

台所の奥、油煙を漂わせながら現れた麻理子が抱えるのは、特大の皿だ。

醤油と鰹節、そして甘い匂いを振り撒く皿に、銀次の目は釘付けになる。

もったいぶることなく麻理子は茶卓を寄せ集めた特等席の真ん中に、熱々の湯気が立ち上るそれを置いた。


銀次の見たことのない、未来の料理だった。

茶色の細長い麺に絡まった何かの肉と濃い緑の野菜、それから朱色の何か。上から振りかけられた粉末が海苔だということ以外、銀次には何もわからない。

しかし――――



「食べた事がなくてもわかるぞ。これは、絶対にウマい。」



「お褒めに預かり光栄です。お察しの通り、焼きそばっていう未来の料理よ。」



激ウマを確信できる香ばしい香りが、プリンのおあずけを食らった銀次の胃に強烈に訴えかける。

すぐにでも口にしたい気持ちはあったが、今は別の目的が優先だ。

釘付けになりそうな視線をもぎ離して、銀次は子供達へ向き直った。



「私は赤ちゃんにミルクをあげるから、銀次君は食事を取れる子たちを見てて」



「おう、任せろ。とはいえ――ー」



大丈夫なのだろうか。という心配しかないのが本心だった。

そもそも、子供達はまともに食事を取れるような状態ではないのだ。



『僕は要らないよ。だいたい、なんで怪我人に焼きそばなんだよ。ふつう、こういう時ってお粥なんじゃないの?』



「・・・・。」



少年の嫌味を受け流しながら、銀次は歩けない子供達を抱き上げ、食事の前へ連れていく。

何の反応も示さず、ただ人形のように黙って運ばれる子供達の容態は芳しくない。


少年の言い分も分からないでもなかった。

正直、銀次も同じ疑問を浮かべていたからだ。

ヤキソバは確かに食欲をそそる香りがするが、流し込んで食べさせる粥とは違い、咀嚼が必要となる麺だ。

どうして、この状況で麻理子は粥ではなくヤキソバを作ったのだろうか―――。



しかし、そんな疑問の答えはすぐに明らかになる。



『ァふッ・・・ッ。』



目の前の食事に、一番最初に反応を示したのは一歳くらいの子だった。

鼻が無事なこともあり、さっそく匂いに気付いたのか茶卓の前に座らせてすぐ、手を伸ばしてその麺を掴もうとする。



「お、おい。熱いからな。俺が食べさせてやるから、ちょっと待ってろ。」



恐る恐るその背中側に座って支えながら、箸で摘まんだ一本の麺を口まで運ぶ。

惨たらしく傷つけられた喉と顎の骨を気遣いながら、慎重に、ていねいに口の中へ入れていく。



「なるほど、粥だと食道から通った飯が傷口を汚しやすいからか。」



麻理子の意図を理解して、時間を掛けて丁寧に運んだ麺を飲み込ませたその時。


ボコリ。



『・・・ッぁ』

「うおっ!?」



折れて陥没していた顎の骨が盛り上がり、動きだした。

そのあまりに異様な動き方に、銀次は麺を取り落としそうになった。



「ま、麻理子。大変だ!この子、骨が・・・!」


「どどどうしたの?!落ち着いて・・・キャッ!」



慌てて駆け付けた麻理子の目の前で、再び盛り上がった顎が縮み、元の形に戻る。

しかしあり得ない動き方をする顔面に対して、当の本人はただ座っているだけだった。本当は驚いているのかも知れないが、驚きを表現できる状態ではないのかもしれない―――そんな思考がよぎった時、退屈そうなため息をついたのはオウカノヒメだった。



「はぁ・・・焼きそばが食えてうらやましいのう。」



「は・・・お、お前。こんな時に何を呑気なことを――ー」



「―――治っておるんじゃよ。受けた傷がな。

餓鬼にとって貴様ら生きた者の施した飯など、これ以上ない薬じゃ。

もっと食わせてやれ。そうすればどんどん傷は治っていくじゃろう。」



「・・・!分かった!麻理子、手分けしてどんどん食わせてやろうぜ!」



「うん!」



オウカノヒメの勧める通りに、幼いこども達に焼きそばを食べさせていく。

するとどうだろう、ぐにゃぐにゃと傷の部位が動き出し、次々に元の形へ戻っていくではないか。

鼻と目を切られた4才くらいの子の傷も、まるで時間を巻き戻すように眼球と鼻が作られ、その上を黒い肌が覆っていき―――やがて元通りの顔になった。






「す、すげえ。こんな効果があるのかよ・・・。全然知らなかったぜ。」



喉に巻き付けた包帯の下の傷口も消え、骨や関節の動きも問題ない。

これまで何度か子供達へ食事は与えてきたが、治癒効果があるなんて銀次は全く気が付かなかった。

―――というのも、ここまで酷い外傷を負っている子供なんて見たことがなかったというのもあるが。



そういえば、と銀次は思い返す。

確かに、二組目にやってきたミヨは足が悪いと言われていたにも関わらず、成仏前には全くそんな素振りを見せてなかったような気がする。


なんとなく納得している銀次の前で、麻理子が赤子にミルクを与えながら少年にも声を掛けた。



「ね、君もこっち来て食べてみてよ。確かにお粥とは違うけど、美味しいよ。それとも君はしょうゆ焼きそば派なのかな?」



そこら中に漂ういい匂いを味方につけて、不貞腐れたように目をそらす少年を覗き込む麻理子だったが―――




『・・・て・・・よ。』



「ん?もう一度言って?」




『うるさいって言ってんだよ!僕に話しかけないで!』



急に大声をあげた少年はわき腹を引きずりながら立ち上がり、庵の外へ飛び出してしまう。



「待って!」




赤子を抱えたまま慌てる麻理子と、気まずい雰囲気の食卓に、再び静寂が戻る。

どこか既視感を覚える光景に、銀次は思わず声をあげる。



「いい、俺が行く」




―――ああ、あの時の俺みたいだ。



自分がここに来る事になった事件。

その前夜の光景を無意識に反芻する。



確か、あの時は小言を言う親父がうっとおしくて、飛び出したんだったか。


目の前で飛び出した少年に、あの時の自分の面影を重ねながら。思い出をなぞるように、銀次もその背中を追いかけるのだった。






黒い大きな水たまりの淵に、少年は座っていた。

一寸でも片足が触れれば、地獄へ落ちてしまう距離にヒヤリとしながら、銀次は声を掛けた。



「なあ、腹が減ってないのか?無理せず食っていいんだぞ。食ったら体の痛いのも治るし、一石二鳥だぜ?」



『・・・・・』




「なにか不満があるんだろ。言ってみろよ」




『・・・・・』




芳しくない反応に、今度は話の切り口を変えてみる事にする。




「なあ、お前も未来の人間なんだろ?だから焼きそばを知ってたんだよな。・・・もしかして、焼きそばよりもっと美味い飯を知ってて、あれじゃ我慢できないってか?」





茶化すように頭を振った銀次に、少年はようやく視線を向けてくれた。




『・・・何それ未来って。その設定ダサすぎでしょ。』





ようやく掴んだ反応を手放さないように、銀次は同じペースで話を続けた。




「いや、ホントの話だ。俺は麻理子の時代に比べて450年以上前の人間らしい。おかげで、この家の仕組みにゃ殆どついていけてねぇ。知らねえモンばっかりで、毎日困ってんだ。」




自嘲気味に笑うと、少年も嘲りの色を浮かべてこちらを振り返った。



『へぇ。どおりで服も喋り方もクソダサなんだ。どういうキャラ設定なのかと思ってたけど、こんな世界ならあり得るのかな。』



「クソダサ?ってどういう意味かは知らねぇけど・・・まぁお前みたいな未来の人間が、色んな事を教えてくれると助かるんだよなぁ」



疲れたようにため息をつく少年に、銀次はただ頷いて横に座る。

しかし、これ見よがしに距離をあけられてしまう。




『キモイからそういう歩み寄りみたいなのやめてくんない?君たちも、かわいそうな子供に寄り添う自分に酔ってるんでしょ?!

木藤も・・・そうだ。勝手なんだよ。

僕のことはほっといて。自分のことは自分でやるから。』



辺りにこだまする拒絶の咆哮に、もう口を噤むしかなかった。

話は終わりだとばかりに、少年が膝に頭を突っ伏したのを見て、銀次は立ち上がった。



「そこの離れに風呂がある。勝手に使っていいからな。あとぷりん。焼きそばがいやならここに置いておくから。一口でもいい。好きな時に食っとけ。無くなればまた作るから。」




それだけ伝えて、足元にプリンを置いて背を向ける。

即席で作った大きめのそれを、少年が気にする気配は感じない。

けれど銀次は少年が食べるものと仮定して、声を掛けた。



「あと、気が向いたらお前の名前も教えてくれよな。俺の名前は銀次だ。またな。」




返事を待つことなく、銀次は急ぎ庵へと走るのだった。


中では麻理子とオウカノヒメが曖昧な笑みを浮かべ、ミルクを飲み終わった赤子の餓鬼がお美希の横に寝かせられて対面していた。

食事のおかげなのか、幼い子供達の傷はすべて癒えている。

しかし、皆相変わらず泣くことも喋ることもせず、ただ人形のようにおとなしくしていた。



「心の傷、じゃな。」



オウカノヒメの語る所見については、銀次も薄々感じてはいた。

多少の痛みがあっても、動き回って悪さをするのが子供だ。そんな銀次の認識を大きく覆す子供達の様相に、その原因に思い至るのは自然な事だった。



「ああ、たぶん結構深刻なやつだろうな。」



そう、目の前にいる子供達だけではない。

あの少年も、恐らくここに来るまでに酷い目に遭っている。



「心の傷だなんて・・・私たち、どうしてあげればいいのかしら。」



重苦しい空気の中、ポツリと漏らしたつぶやきに、オウカノヒメがため息をついた。



「そんなもの、いつも通りにしてやればよかろう。」



嘲りとも、投げやりとも取れる言動だった。しかし、のちに続く言葉に銀次は気付かされる。



「貴様らがこれまでしてきたように、世話をし、名を与え、飯を食わせ、寝かせ・・・そして愛でよ。それが人間の子にとっての()()、であろう?

普通でなき道を歩んできた餓鬼共に、まずは貴様らの思う普通を与えよ。それが答えじゃ。」




ああ、そうだった。

これまでも、そうしてきたんだった。



「そんなことでいいのかしら。親でもないのに、心の傷なんて―――」



俺たちは親にはなれない。

親とは唯一無二の者だから。

けれど、代わりにぬくもりを与えてやることは出来る。



「麻理子。俺たちで、出来ることをやろうぜ。」



今までだって、そうして見送ってきたのだから。

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