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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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四組目の来訪者 弍

庵へ戻ると慌ただしく動き回る麻理子の側で、招き入れた四人の子供達が床に座り込んでいた。

血と泥と汗の混じり合ったすえた匂いが漂う中、麻理子はテキパキと清潔なバスタオルを取り出し、ボロを纏った体に掛けていく。




「もう大丈夫だからね。早く食事を準備しなきゃ。

ああ、銀次くん!先に赤ちゃん達のお世話をお願い、ちょっと手が離せなくて。」



「おう、任せとけ。」



バタバタと台所へ向かった麻理子から、一番幼い乳飲み子を受け取り抱っこ紐に入れて、ミルクを作り始めた。

もう一人の赤ん坊もまだ乳を飲んでいる可能性を考えて、念の為二つ分作っておく。



ガシャガシャ、ザクザク、トントンシャカシャカ。



麻理子が料理を作る音と、自分が哺乳瓶を振る音。

なんてことない、聞き慣れた生活音を聞きながら、手元の作業に集中する。しかし、銀次はふと違和感を感じて手を止めた。



「なあ麻理子。」



「どうしたの?ミルクが出来たなら次は―――」



「いや、そうじゃなくてな。なんと言うか・・・静かじゃねえか?」



4人もの子供がいるの室内が、静まり返っている。

銀次の人生の経験上、そんなことは初めてだった。

これまでの餓鬼達だって、独特の思念でもってその存在を喚き散らしてきたというのに。



「なあ、おまえたち・・・」



改めてその違和感に向き合い声を掛けてみても、やはり返答がない。

不審に思った銀次は一番手前に居た、四歳位に見えるガリガリの幼児に近づき、頭に掛かったバスタオルをそっとずらして顔貌を覗き込んでみる。



「おい・・・具合が悪いのか?何か話してくれな――――ッ?!」




歳相応の小さな顔。

しかしその黒い顔面は、普通の幼児とは明らかに違う事に気付く。



「え、あ?なにが、どうしたってんだ・・・?」



最初に視界に入った本来あるはずの目鼻の凹凸が見当たらず、銀次は己の目を疑った。

しかし見れば見るほど己の視界に異常は無く、異常なのはその顔貌が待つ形だと言う事に気付く。



黒い顔貌に空いた四つ穴―――ぽっかりと空いた目と鼻が、血で固まり塞がっていた。

そして黒い皮膚の内側を晒す鼻は、こそぎ落とされたかのように先が無く、固まりかけた血が呼吸の妨げとなってグズグズと音を立てていた。

それを補う呼吸の為の器官として存在を許されているかのように、言葉を紡ぐはずの口に歯は一本も無い。

小さな腕もよく見ればあちこち骨が折れているのか、おかしな曲がり方をしていた。




明らかに大人の力が掛かった、暴力の痕。

その凄惨さに、銀次は言葉を失う。


いったい、なにが起きれば。一体どこまで歪み切っていれば、幼い子供相手にここまでの事が出来るのか。




「その子は・・・その子達は、たぶん虐待か拷問を受けたんだと思う。だから、無理に動かさないであげて」




狼狽する銀次に向かって、麻理子が声を掛けた。

今更気づいたが、さっきから麻理子の声は震えていた。

その言葉の意味を飲み込んだ銀次は、咄嗟に背中の赤子を下ろしにかかる。




「子達、って。まさか・・・」




一声も泣かない背中の赤子を腕に抱き、正面からよく観察する。

するとーーー



「おい、なんだよ・・・これ。」



うつろな目をした赤子の喉に、深い切り傷があった。

向かい合わせた顔に、その傷口から吹き出した風が当たる。

その風の意味を察して、銀次は吐き気が込み上げた。




「泣かないんじゃない。泣けなくされてんだ、この赤子は・・・ッ!」



よくよく見れば傷を受けているのは二人だけでは無かった。

うずくまったままの幼児も同じように喉と顎の骨を。

腰を下ろしたのままの少年は内の臓腑をやられたのか腹を押さえている。




傷の解りづらい真っ黒な体だ。それなのに隠しきれないほどの破壊が、小さな体に残されていた。





「こんな、こんな事が。」




これはダメだ。

絶対に、許してはならない。


しかし、今は目の前の子供達を何とかするのが先決だ。

今は、堪えるしかない。


子供達の手前、怒りを隠すのに精一杯な銀次をよそに、不意に背後から現れた声が、更に思考を沸騰させる。




「やはり今回もか・・・。」



「・・・おい。どういう事だ」



銀次の憤怒を感じながらも、珍しく茶化すことなくオウカノヒメは口を開いた。




「木藤が連れてくる餓鬼はいつもこうじゃ。一体何があったのかも聞けた試しが無くての。

ただ、時間が空けば空くほど、連れてくる餓鬼らの傷は酷くなる。・・・おそらく、彼方でトリアージして連れて来れる保護対象を決めてるのじゃろうな」



「馬鹿な・・・。ふざけやがって。一体誰がこんな事をしやがったんだ!生前の親か?肉親か?ぜったいに、絶対に許せねぇ!」




しかし今にも地獄に乗り込まん勢いで怒りを爆発させる銀次に、水を差したのは思ってもない人物だった。




『・・・静かにしてよ』





子供特有の甲高い声の持ち主が、座り込んだまま顔をあげてこちらを見ていた。

四人の中で一番年上に見える少年は、不自然に歪められた頭と脇腹を構う事なくただ両手をだらりと床に広げて寝転がった。




「お、おい。大丈夫か?!お前は喋れるのか?一体何があった。出来る範囲でいい。教えてくれ」





『僕たちはもう死んでる。だからいくら痛めつけられたって、しばらく経てば死んだ直後の体に戻っていく。だから気にしないで。ただ静かに過ごさせてくれればいいから。』



まるで大したことない、とでも言うようなニュアンスに困惑しながらも銀次はその傷口から流れる黒い血を見ていられず、タオルを手に止血に掛かろうとする。

しかしーーー





『鬱陶しいんだよ。僕の事は気にしないでって言ったでしょ?!』




声を荒げる餓鬼に抵抗され、突き飛ばされる。

思ってもみなかった抵抗に驚きながらも、もう一度向き直った銀次は再び声を上げる。




「そんな目に遭わされて、痛くねぇのかよ?!とりあえず傷口を塞ぐから、こっちに・・・」



『痛みとか関係ないでしょ。

そんなモノで手当された所で傷が早く治るワケ?治らないよねえ?

そういうの、ギゼンって言うんだよ。

自分がいい事したいだけの自己満足に、僕を巻き込まないでよ。

あーあ、大人はこれだから嫌だなぁ。

いつだって自分の為に子供を利用しようとするんだから。』




「そんな事は・・・」





少年の言葉が深く突き刺さって、銀次は口籠る。

反論する為に幾つも言葉を思い浮かべてみたものの、どれも説得力に欠けている気がして、返す言葉が見つからないのだ。



そんな銀次に見兼ねた麻理子が、台所で料理を続けながら助け舟を出してくれた。




「分かった。とりあえず君は手当は要らないって事でいいわ。

でも、下の子達は勝手に手当をさせて貰う。

別に偽善だとか自己満足だとか思って貰っても構わないわ。そうした方が、私達の精神衛生的にも良いってだけだから。」



思わぬ方向からの反撃に、少年は一瞬目を瞬かせたが、すぐに唇を歪ませるとため息を吐いた。




『あーあ。分かりやすい自己愛だねえ。気に入った子供だけ可愛がろうっていうヤツ?』




「こいつ・・・」




やたら突っかかってばかりの少年に苛立ち始める銀次を、目配せで黙らせた麻理子は皿に何かを盛り付けながら笑った。




「気に入った子達っていう訳じゃないわ。静かに過ごしたいって言う割には、思ってた以上にキミがお喋りで元気そうだから、心配ないのかなって思っただけだよ。


さあ、みんな、ご飯が出来たよ!まずは美味しいご飯を食べて、心と体にご褒美をあげましょう」




黒い顔を真っ赤に染めて歯噛みする少年と、そんな様子を横目に素早く子供達の手当てを始める銀次と。


嫌味をいったつもりなど微塵もなく、料理を茶卓へ運び続ける麻理子と。

ベビーチェアに座らされたまま、キョロキョロ全員を見渡すお美希と。


これから皆に待ち受ける波乱を予感しながら、ただ静観していたオウカノヒメは独りごちる。




「さぁて。今回も面白い者達が来よったのう。どうなることやら。



・・・とと、昼飯はソース焼きそばか。ああ懐かしいのう。妾も早く食べられる体になりたいものじゃて。」


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