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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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四組目の来訪者 壱

餓鬼とは

一、子供である

二、全身が黒く変色し、その色は着用している衣類にまで影響を及ぼす



銀次と麻理子の二人が共有する餓鬼の特徴に関して、大きな認識の違いは無い。

オウカノヒメから聞いた簡単な情報と、これまでの経験則から、餓鬼へのおおよそのイメージは出来上がっていた。

しかし、大きく開け放たれた戸の先、逆光に浮かんだシルエットに二人は息をのんだ。



大人―――。

そう見紛う程の背丈の影が、ゆっくりと敷居を越えて足を前へ運ぶ。

その姿は、まさしく異質。


とくに、衣類に於いては銀次にとって未知の形をしたものだった。

麻理子の知識で身に着けているものを言い換えると、それはズボンと、インナー。元々はベージュ色をしていたのだろう、薄汚れた生地は微かに黄色がかっている。

そして際立って目立つのは、頭に巻き付いたタオルとゴーグルだ。

見ただけではその用途を想像出来ない頭飾りに、銀次はこの男も未来の人間なのだと確信する。



一方、その装いの異質さを上乗せする真っ黒な巨躯に、隣の麻理子が身を固くしたのを感じて銀次が前に出た。

しかし―――




『勝手に入室してしまい失礼しました。まさか人がいるものとは思わなかったもので。自分は第二歩兵攻撃隊、木藤です。補給を願いたいのですが、可能でしょうか?』



踵を揃えて背筋をピンと伸ばした影が右手を直角に曲げ、額に向かって指先を伸ばす。

まるでカラクリ人形を思わせる、機械的な所作と声。

のちの世で「敬礼」と呼ばれるその動きを知らない銀次は、咄嗟に後ろへ飛んで間合いを取ってしまう。



「おいお前、どういうつもりだ!」



その言葉の意味も動作も、何一つ理解出来ず警戒心を露わにする銀次に対し、影は沈黙したまま微動だにしない。

互いに行動の意図が読めず緊張感を高め合う二人に、慌てて止めにかかったのは麻理子だった。



「やめて銀次君くん!この人はきっと大丈夫だから!・・・とりあえず落ち着こう、ね?兵隊さんも、すみません失礼しちゃって。」



『いえ、自分は気にしておりません。』



「ヘイタイサンだと?ちょっと待て、どういうことだ?」



未だに話の流れについていけない銀次だったが、

それまで悠然と成り行きを見守っていたオウカノヒメは急に立ち上がり、銀次の頭に拳骨を落とした。



「痛ぇ!」



「このうつけが。この者も餓鬼だとわからんのか。まったく、これまで通りしっかりもてなさんか!」



「が、餓鬼って・・・?嘘だろ、ほんとにそうなのか?」



「ヘイタイさんとは、(つわもの)のことじゃ。そしてこの装いは第二次世界大戦時の日本兵。貴様が知らんのも無理はないが・・・形質は餓鬼と変わらん。心せよ。」



改めて見上げた男は、少なくとも銀次と同じ歳、むしろそれ以上の年齢に見える。

賽の河原に送られる餓鬼は、等しく親より先に死んだ()()だと聞いていた。

そう、子供だ。

銀次の生きてきた価値観の中で、子供というのはもっと小さく弱くて―――



「あっ・・・っ!」



自らの常識の綻びに気が付いた銀次は、未だ微動だにしない謎の男に向かって問いかけた。



「なぁお前、歳いくつだ・・・?」



『自分は、18であります。』



無機質に返された問いを聞いて、銀次はようやく合点がいった。

未来に於いて、十八はまだ子供なのだ。

自らの誤解と無礼を理解しのち、銀次は目の前の男に頭を下げた。



「すまねぇな、早とちりしちまって。俺は銀次ってもんだ。お前さん、他の餓鬼達と一緒に来たのか?よく無事だったな。ここは狭ぇが、休んでいくといい。」



『自分のことはお構いなく。それより、皆さまにはこちらの子女達を保護頂きたいのであります。』




銀次とのやり取りも意に介さず、木藤は不思議な構えを解いて機械的に脇へ道を開けた。

すると引き戸の向こう、灰色の寒空の下でうずくまっているのは四つ分の影だった。

十歳程の男の子供と、その腕に抱えられた乳飲み子。それと眠っている四歳程度の女の幼児と、一歳程度に見える女の赤ん坊だった。

一帯どれくらいの道を進んできたのか計り知れないほど、どの子供もボロ同然の装いをしていて、既に困憊なのか泣きもせずただ座りこんでいる。

まだ大人しくしているとはいえ、ここまで年齢の低い子供達を連れて来る方も相当骨が折れたことだろう。



「こんなに小さい子たちを連れて・・・本当にお疲れ様でした。すぐに支度をしますので、ゆっくり休んでいってください。」



銀次と同じ感想を抱いたらしい麻理子が席へと促す。しかし、男は用は済んだとばかりに足早に敷居を跨いで行ってしまう。



『自分は大丈夫です。まだ大勢の捕虜が取り残されております。至急そちらの救援へ向かう必要がありますので。では失礼致します。』



「お、おい待てよ!せめてコイツだけでも持っていけ!」



一方的に会話を切り上げて行ってしまう木藤を追いながら、慌てて創り出したのは水入りの瓢箪と握り飯だ。

仁の無駄遣いなどと言われる前に走り出し、もう水たまりの手前まで進んでしまっていた背中に追いついて、その手にしっかりと握らせる。


真っ黒な双眸を少しだけ細めて手元を一瞥する木藤に、初めて感情の動きが見えて、銀次ははにかんだ。



未来の、機械のような、餓鬼とも言えない大人の餓鬼。

これまでと違い、何一つ経験にない類の対象ではあったが―――その有り余る行動力の源にはきっと、自分と同じ志がある。

だからこそ、困っている子供達を保護出来る場所をここまで探して歩いてくれたのではないかと、銀次は考えていた。


そんな深い畏敬の念を示す為に手向けた餞だったが、木藤はよっぽど時間が惜しいのか、再び機械的な動きで足を前へ進める。

しかし―――



『ご協力感謝します。また捕虜を連れて参りますので、受け入れをお願い致します。』



水たまりの手前、立ち止まった所で振り返った木藤が敬礼する。

その所作の意味は分からなかったが、銀次にはもう何となく、好意的なものなのだと分かっていた。



「ああ。任せろ。ただ、次は必ずうちで休んでいけよ。・・・待ってるからな」



だから、次の瞬間にはもう水たまりに木藤が消えていても、銀次は許してやれるのだった。






「ふむ。相変わらずせわしない男じゃのう」



静かに揺れる波紋を眺めていると、後ろから間延びした声が聞こえて銀次は振り向いた。



「その口ぶりだとあいつの事、知ってるのか?」



いつの間にかやって来ていたオウカノヒメは、目の前の黒い水溜りの縁に座り込むと、つまらなそうな表情を浮かべたままボヤく。




「あの男は以前もああして何度か、餓鬼どもを引き連れてここに預けに来ておったぞ。

妾が眠る前もじゃから、もしかすると妾が眠る間も・・・何百年も彷徨っておったんじゃろうの。」




「バカな・・・そんなことがあっていいのかよ!

ただ延々と餓鬼を連れて回ってるってことか?どうして前に来た時に、成仏させてやらなかったんだよ。」



「出来るものならそうしておる。前の主も休ませようとしたが・・・毎度毎度ああやって幼い餓鬼を預ける度に地獄に急ぎ帰りよる。

まだ他に餓鬼がいる、と言われれば行かせてやる他にあるかえ?


それにあの木藤という者、どういう訳か、ここに来るたびに前に来た記憶を失っておるのじゃ。

成仏させる為に何度説得しても、その度に初めましてじゃ、信用すらして貰えん。


おそらく死ぬ直前の傷か、もしくは死んだ後のなにかか、地獄で何かが起きているのか。何らかの原因があるはずなのじゃがな・・・ついに分からず仕舞いよ。」



そう言って肩を竦めるオウカノヒメだったが、銀次には納得がいかなかった。

何百年もずっと彷徨い続けるなんて、あまりにも木藤が不憫ではないか。

けれど、そう自らの感情に訴えかけても、具体的な方法は何も浮かばないのが現実で。


しかし、自分が知らないだけで木藤を救う手立ては、どこかにあるはずなのだ。

もういっそ、無理矢理にでもここに居てもらうような何か。―――上手い方法があるんじゃないだろうか。



「今の段階ではあの木藤の力を借りるほかあるまい。現状地獄へ行き、餓鬼どもを連れてこられる者がいないのは確かじゃろう。


今はただ耐えよ。餓鬼を救い、仁を集め、準備を整えればいずれ、前の主が遂げられなかったあの者を救う手立ても見つかろうぞ。貴様ももっと大人になれ。」



言葉に出来ない鬱憤をため込む銀次の心境を察したのか、オウカノヒメはそう付け加えた。

確かに、オウカノヒメの言う事は正しい。

現に木藤はもう地獄へ去ってしまったし、今しばらくは新しくやってきた餓鬼達のケアに手を尽くすしかない。

そう分かっていても、自分達の目標の達成の為に木藤を利用するという構図に、銀次は釈然としないまま立ち尽くす。





『そんなだから、てめぇはいつまでもガキくせぇままなンだよ』


いつの日か親父に言われて苛立された言葉が脳裏に浮かんで、銀次は慌ててそれを打ち消した。



分かってるっての。

思考に没頭した銀次の耳に、遠く、忙しく幼い餓鬼達の保護に走り回っていた麻理子の声が入った。






「銀次くん!銀次くーんってば!聞こえてる?」



「あ、ああ。すまねえ!」



「みんなのお世話したいから、ちょっと手伝って!」





「分かった。今行く。」



今はオウカノヒメの言う通り、目の前の餓鬼達を成仏させてやるのが先決だ。

でも、そのうち必ず。

あの訳の分からない男を捕まえて、成仏させてやる。

そう心に固く決めて、銀次は庵へと駆け込むのだった。


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