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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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回復

「飯置いとくから、食っとけよ。」



「・・・ありがとう」




そう言いながらも手を伸ばすことはしない麻理子を見ながら、銀次は自分の皿を下げた。

これまで、子供達以外の食事を準備するのは銀次だったが、その料理が合わないとかで麻理子はいつも進んで食事を取ろうとしない。


しかし今回に限って言えば、麻理子の不摂生の原因はそこではなかった。


すっかり闇に包まれた庵の中、蝋燭の炎の周りをキラキラと光りを放ちながら室内を照らす粒子。

仁と呼ばれる、エスメラルダとの別れの化身が、辺りに深い影を落としていた。




「その・・・麻理子。すまなかった。成仏のこと、事前にもっとうまく説明してやれなくて」



自分の立ち回りの悪さが、その悲しみの原因と一つであることを自覚しながら、銀次は深く頭を下げた。

これまでの経験で、餓鬼との別れがキツいのは身をもって知っていた。

だからもっと、心の準備を促してやるのは自分の役割だったはずだ。そんな至らなさを恥じる銀次だったが、麻理子はかぶりを振って否定する。



「銀次くんは悪くないよ。ただ、私に覚悟が足りてなかっただけだから。」



そう言ってまだ腫れぼったい目のまま、ぼんやりと虚空の粒子に視線を戻す麻理子に、銀次は掛けてやれる言葉が見つからない。

いたたまれなくなって席を立つと、麻理子の言葉が続いた。



「私ね、成仏ってもっと時間が掛かるものだと思ってて。だから、あの子との楽しい生活が、もっと長く続くんだと勘違いしてたの。」



「・・・餓鬼の成仏に掛かる時間には個人差がある。すまない、その辺もあまり詳しく――」




「違うの!謝らないで。」




突然立ち上がり、こちらを見つめる麻理子の瞳とかち合って、銀次は思わず黙った。

沈黙しか選べなかった銀次の代わりに、お美希の寝息の音が室内に響いた。

こういう時、いつも周囲に惑わされずただ自らの営みを続けるお美希の存在に、銀次は毎度救われている。


それは麻理子も一緒だったらしく、その寝顔を視界に迎えいれた途端、表情の翳りを薄れさせた。




その愛らしい寝顔に思い出を重ねながら、麻理子はポツリポツリと言葉を紡ぎ出した。



「最初に私がエスメラルダちゃんを見つけたのは、森の中だった。」




以前、ここに来るまでの話はある程度聞いていたが、銀次は水を差すことなくただ頷く。



「なんていうか、すごく気持ち悪い森で・・・近くには血の色をした河が流れてて。ほとりは見たこともない化け物がたくさんいて。

隠れるために逃げ込んだ森の中に、泥だらけのエスメラルダちゃんがいた。」



そう言って目蓋を落とすと、当時の光景を思い出したのか麻理子は小さく身震いをした。



「その時のエスメラルダちゃんは凍えて・・・酷く怯えてた。

最初に抱き上げた時は、泣くことすら出来ずに固まって・・・これまでどんな酷い目に遭ってきたんだろ、って思った。


だから今回、あの子を連れてくる事が出来たのは、本当に良かったと思う。私もあの子に会えて、一緒に暮らせてすごく幸せだったよ。・・・お別れは、悲しかったけど。

だけど。


私と一緒にくる事がなければ、あの子はきっと今もあそこで苦しんでたよね」



時間をかけて、ポツンと告げた推測は、以前銀次の辿った考えと同じだった。

だから、銀次は力強く肯定する。



「ああ。それは間違いない。それに前も言った通り、きちんと向き合って大切にしてくれたから、あいつは・・・エスメラルダは成仏出来たんだ。

そして、あそこにはまだあの子以外にもたくさん、苦しんでいる子供達がいる。

俺はそこにいる子供達を救いにいきたいと思っている。」



キラキラと舞い落ちる欠片の中、銀次は光を受けた哺乳瓶を手に取る。

ここ数日エスメラルダの友として活躍してくれたこの画期的な道具は、まだまだ使い道がある。

これとミルクさえあれば、今まで対応に難儀していた赤子の餓鬼も、際限なく迎え入れてやることが出来るだろう。

つまり、受け入れ側に不備は無くなる。

あとはどうやって、迎えにいくかだが―――




「私、もう一度あの場所に行って子供達を連れてきてもいいかな?」




「お前、真面目に言ってるのか?」




「本気だよ。この前は成仏のお手伝いがしたいって言ったけど・・・やっぱり私は、自分自身の意志で助けてあげたいの。」





まだ腫れぼったさを残した眼に、もう涙は浮かんでいなかった。



しかし麻理子の決意表明を有り難く思う反面、やはり麻理子が足を踏み入れることに銀次は賛成出来なかった。

ただでさえ血を使わないと、鬼に見つかってしまうと言われる場所なのだ。

まして――――


と、そこまで考えたところで、銀次はとあることに気付く。



そもそも、麻理子はどうやってここまで辿り着いたのだろうか。



最初に倒れていた時、麻理子もエスメラルダも、泥まみれであったが特に血を使って身を隠しているような形跡はなかった。

泣きじゃくる赤子を抱え、普通にここまで逃げてくるなど、それこそ鬼に見つかってもおかしくないはずなのに。




「なあ、麻理子。一つ聞きたいんだが――――「貴様、こんな所で何をしておる。」



被せるように放たれた低い声。

唐突で、威圧的な第三者の声色に銀次は聞き覚えがあった。

しかし知る由もない麻理子はよっぽど驚いたらしく、後ろにのけぞったまま絶句していた。

無理もないだろう、声の主は2人の間、幽鬼のような煙の体を揺蕩わせ思い切り麻理子を睨みつけていたからだ。




「おい、久しぶりじゃねえか桜の精。無事に回復できたみたいで安心したぜ。おかげさまでお美希も回復した。ありがとうな。それと――――「馴れ馴れしいぞ。それよりそこな女、答えよ。何故貴様のような者がこの庵にいる。」



「そんな言い方してやらなくたっていいだろうがよ・・・」



以前あった時と異なる印象に違和感を感じながら、銀次は独りごちる。一方、刺々しい口調のまま詰め寄る桜の精に押されながらも、麻理子はがんばって姿勢を正してみせる。



「す、すみません。わ、私はかくかくしかじかで。き、気が付いたらこの家の外に倒れていました。今は銀次さんのお手伝いをさせてもらってます、木津原 麻理子と申します!」



どもりながらも、両手を着いて(こうべ)を垂れる麻理子に、一瞬虚を突かれたような表情を見せるも、桜の精はジリジリと距離を詰める。



「馬鹿な。童の手伝いじゃと?貴様、地獄の者じゃろう。そんなことをして貴様に何の得がある!何をたくらんでいる?白状せよ。」



「待ってくれ!そんな言い方しなくたっていいだろ?見て分かるだろ、麻理子は餓鬼じゃない。

俺と同じで生きた人間で、いい奴なんだよ!なんでこいつにだけそんな言い方をするんだ?!」




あまりの言い分に我慢できなくなった銀次が間に入るが、桜の精は信じられないとばかりに目をむく。



「・・・生きた人間だと・・?こいつがか?」



「ああ!そうだよ!その証拠にミルクを・・・赤子の乳まで創り出してみせた。それだけじゃない。風呂だって。

望むものを具現化出来るのは生者だけなんだろ?!」



「いや、ばかな。」



「実際に見れば分かる。麻理子、何か作ってみせてくれないか。なんでもいい。」



未だ銀次の言う事に疑念を隠せない桜の精の為に、銀次は麻理子を促した。

泣きそうな顔で右手を差し出した麻理子が創りだしたのは、小さな器に入ったなにかの菓子だった。




「ぷ、プリンという菓子です。どうぞ、食べてみてください・・・」



光を受けてテラテラと光沢を放つ菓子は、未来の菓子らしい。銀次も見たこともないものだった。

だが桜の精の為に菓子を作ったところで、触れることすらできないだろうと思っていたが、器を受け取る瞬間に煙が集まり圧縮された灰色の腕が現れていた。


まるで宝物のように、ゆっくりと両手で受け取ってそれを眺める桜の精は、どうやらこの菓子を知っているらしかった。



「プリンだと・・?あの男と同じ、いや。より先の時代か・・・しかしなぜ・・・」



訳が分からないといった顔のまま、ブツブツと独り言を続ける桜の精。

器のまま手元のプリンを口に運ぼうとするも、顔までは実体化出来ていないらしく、運んだ口元が透けてしまっている。

憮然とした表情のまま菓子を睨みつける老婆に、銀次は大きな咳払いをして注目を集める。



「言った通りだろ。麻理子は生者だ。そして未来からやってきた。その、ぷりんとやらも未来の菓子なんだろ?

なんで桜の精殿が知ってるんだ?


この世界のこと。仁のこと。隔離世のこと。地獄のこと。

ここまで回復するまで待ったんだ。

さあ、色々教えてもらおうじゃないか。」





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