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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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三組目の来訪者 参

「・・・ごめん。限りがあるなんて、知らなくて・・・。」



正座したまましょんぼりと声を落とす麻理子に向かって、ため息をついた。



「気にするな。俺もまだ説明してなかったからな。そんな力が手に入れば自分の欲しいものに使いたくなるのは、普通のことだ。


仁は餓鬼達が成仏したときに出づる奇跡の力でーーー詳しい話は桜の精から俺もまだ聞けてねえが、限りがあるのは確かだ。だから大人の欲求のためにおおっぴらに使うのは控えてくれ。」




「・・・はい。」



「分かってくれたならいいんだ。そんなに落ち込むんじゃねえよ。」



思った以上に落ち込む麻理子に申し訳なく思いながら、銀次は頭を掻く。

自分だってもし仁に限りが無いと思えば、間違いなく同じことをしていたと断言出来る。


それに、麻理子の様なお人好しが自分のためだけに風呂場を創る訳が無いのは分かっていたし、早々銀次に風呂を誘っていた所を見ても、善意のつもりで創っただろうということは、銀次も察していた。


だからこれ以上の説諭には意味が無いと判断し、立ち上がった銀次は改めて目の前の建物を観察することにした。




「これが未来の風呂か・・・。なんて言うか、思っていたのと違うな・・・。」



率直な感想は、「意外」の一言だった。

銀次の時代では、富があればあるほど人間は黄金色を集めたがる習性があった。

だから、多くの人が豊かになっている未来では、何もかもが金色なのだろう、と銀次はなんとなく思っていた。


しかし風呂場だと言われたそれは、構造物のほとんどが真っ白で、どちらかといえば豪華さよりも清潔さを際立たせた色味だった。



「プレハブ小屋の中に、脱衣所とお風呂を再現してみました・・・」



おそるおそる解説を挟む麻理子に促されるまま、擦り硝子の付いた扉を開けると、知らない装置と巨大な鏡のはめ込まれた家具が目の前にあった。

丁寧なことに蛇口もついていて、明るいオレンジ色の光を放つ照明に照らされて、自分の顔がよく見える。



「火を使わずにこんなに室内が明るくなる照明があるのか。不思議な感じのする台だな・・・こっちはなんて言うんだ?」



「それは洗濯乾燥機って言って・・・その鏡の付いたのは洗面台っていうの。手や顔を洗ったり、身だしなみを整えるのに使うよ。横についてるそれはドライヤーで、髪の毛を乾かすのに使う道具よ。」



備え付けられた棚に並ぶ容器は洗う為の洗剤らしい。いい匂いがする。

試しに蛇口を捻っていると、背中に背負っていたお美希が鏡に反応して興奮だした。



「なんだお美希、鏡が好きなのか?」



「あー!あー!」



鏡に映った自分の姿に何かを感じているのか、満面の笑みを浮かべてバタバタする。

銀次はお美希に鏡が見えやすいように抱き直しながら、今度はその先にある別の擦り硝子の引き戸を開いた。

すると扉は中央で曲がり、折りたたまれて浴室への道を開いた。



「なんだこれ、引いただけで畳まれたぞ。見たことの無い仕組みだな・・・。」



未来の風呂と言われるだけあって、中も明るく綺麗で、特に石っぽい素材でできた風呂釜は美しい。

そして当たり前のように、ここにも大きな鏡と蛇口があった。

鏡の脇の小さな棚には、赤子達の為に作っていたのと同じシャンプーとトリートメント、ボディーソープの他、色とりどりの知らない容器が陳列されていた。

試しに風呂釜近くについた蛇口のノブを倒してみると、なぜか手元の蛇口からではなく顔面に湯が降ってきた。



「あばばぼべ!!?」



「あっ!それシャワーに切り替わってるよ!」



目の前の惨事に笑いを隠せていない麻理子が、蛇口の横にある摘まみを捻る。するとカチッという音がして、今度は蛇口から湯が流れ始めた。

シャワーと呼ばれた、湯の吹き出し口は帯の先についており、自由に動かす事によって体を自在に流すことが出来る仕組みになっているようだった。


湯を無制限に使える、未来の豊かさを象徴した仕組みは、どうやら摘まみを捻ることで、吐水口が切り替わるようになっているらしい。



「なんだよこれ。天才が作ったのか?」



余りの精巧さに目を剥いていると、麻理子が洗面台の下にある収納から分厚い手ぬぐいを出してくれた。

手ぬぐいというには大きいそれに顔を埋めると、これまた肌を撫でるようなフワフワな生地が心地よすぎて、思わず頬ずりしてしまう。



「クソ・・・手ぬぐいさえ未来仕様かよ。ふざけやがって。」



想像以上に快適そうな浴室に、銀次は謎の怒りが湧いてくる。麻理子を叱った手前、仁を浪費した建物を安易に絶賛するのは恰好が付かないのだ。


しかし、隔離世に来てからは一度も湯浴みが出来ず、ようやく相まみえた恐ろしく快適そうな風呂に、心惹かれて止まないことも事実で。



ーーーくそ。風呂に入りてえ。



そう、永禄の時代ではどうやったってこんな風呂には入れない。欲求が意地と虚勢に挟まれて煙をあげる銀次に、雰囲気を察した麻理子が、悪魔のように耳元で囁いてくる。



「どう?ちょっとお湯溜めるからさ、未来のお風呂、入ってみたいと思わない?」




「・・・・・・子供達と一緒なら、入ってやってもいいぞ。」









*****




「ああああああああっ!極楽、極楽。」



お美希とエスメラルダを抱えたまま、銀次は湯に浮かんでいた。

麻理子に教えられた通り、洗面桶の湯が黒くなくなるまで徹底的に髪と体を洗い、出来上がったピカピカの体を紫の色をしたいい香りの湯に肩まで漬ける。

そうしてありついたこの世界初めての湯に、銀次はとろけそうな心地だった。



「まるで、全身の疲れが湯に溶けていくようだ。」



日々の育児で疲れ果てた背中が、肩が、腰が、足が腕が。急速に癒されていく。

これぞ至高。最高。極上の湯と言って差し支えない。

まだ癒えていない傷が若干沁みるが、それを差し引いても大満足だ。


最初は腕にしがみついて離れなかったお美希とエスメラルダも、湯につけてからは機嫌よく湯面を叩いて喜んでいる。

それなら、と湯船の淵に用意されていた小さな黄色の鳥の人形達を浮かべると、今度は競うように捕まえて遊び始めた。



「フフ。お前たちが気に入ってくれるなら、こんな風呂があっても許せるな。」



誰にでもになく、つぶやいた言葉。それを耳聡く聞き取ったのは、脱衣所の方で何やらずっと物音を立てていた麻理子だった。



「そう言ってくれると、ママも創った甲斐がありますよーっと。」



摺り硝子に顔を押し付けて存在をアピールする麻理子に、幼子達がキャハハと声をあげて笑う。

叱った当初は落ち込んだように見受けられた麻理子だったが、そのおどけた表情に反省は微塵にも感じられない。



「お前、実は反省してないだろ。」


そんな麻理子に見かね、呆れた銀次が脱衣所を覗き込むと、麻理子がセンタクカンソウキから取り出した衣類を、突きつけてきた。





「はい、洗濯も乾燥も終わってるから。

反省はしてるよ!・・・でも強いて言えば、無駄遣いはしない範囲で、時々こんな風に未来の道具を作らせて貰えれば、餓鬼ちゃん達をもっともてなせるかな~って・・・?

だってホラ、極楽だったでしょ未来のお風呂。それにお美希ちゃんもエスメラルダちゃんも嬉しそうだし!


ね、ママの作ったお風呂、最高でしょ?」




『あー!まー!』

「あぅーぁーっ」



「・・・っ!それはそうだが・・・。」



突きつけられた着物には、ずっと不快に感じていた血生臭さも汗の匂いも消え、太陽と花の香りがした。

まるで布という物質の中から、汚れだけを抜き取ったかのような仕上がりに、銀次は言葉を失う。


そもそも、洗ったという割には全く水気が残っていない。一体どういう仕組みなのだろうか。



「・・・くそ。めちゃくちゃじゃねえかよ。」



ドヤ顔を晒す麻理子の様子を見て、風呂に入った時点で負けだったと感じる。

受け入れがたい事だが、未だかつてないくらい風呂も洗濯も最高なのは本当だ。


赤子達の笑顔と、湯気の上がる体、いい匂いのする着物。

非のうち用の無いもてなしに、内でせめぎ合う可否かの均衡の果てに、銀次は出来る限りの譲歩を口からひり出した。




「・・・・次創るときは、必ず事前に相談してくれ。」





暗くなり始めた隔離世の灰色の空。

やったー!という歓声と赤子達の笑い声がこだまする。

いい感じに話を終わらせようとする雰囲気に流されそうになって、銀次は慌てて否定した。



「俺が必要だと思ったものだけだからな!今回みたいに勝手にするのは無しだぞ。今後はーーー」



「分かってますって。じゃあさっぱりした事だし、みんなでご飯食べよ。ささ、古桜庵にもどりましょ!私は夕飯後に入るから。」




「あっ!こら!その感じ、やっぱり分かってないな!?」




口やかましく追いかける銀次と、ご機嫌なエスメラルダを抱えたまま庵へ駆け込む麻理子。そして冷たい外気に眠気を誘われるお美希。

湯上がりの火照った体を、仄かに夕餉の香のする冷風が撫でて、誰もが心地良い空気に包まれていく。



騒々しくも温かい、快適な空間。

家庭の団欒に似た、幸せの香り。



ずっと探し求めていたその空気を感じ取り、その心と魂は花開く。

種子が萌芽するのに似た、縛りからの解放。

その胸元から感じる温かみと、二度と訪れないこの時を甘受し、愛し、魂に刻み付けて、そして―――――





『まー、まー』




「エスメラルダちゃん?・・・どうしたの?」


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