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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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三組目の来訪者 弐

「あの・・・銀次くん、大丈夫?」



「あ、ああ。大したことじゃねぇよ。」



「・・・本当に?」



心配そうに顔を覗き込んでくる麻理子に動揺を気取られたくなくて、銀次は笑った。

しかしそんな強がりを見抜いたように、食い入るような眼差しで迫る少女をいなすことができず、銀次はほんの少しだけ、胸の内を吐露してしまう。



「もしお前がそんな遠い未来から来たってんだったら、俺たちは元の時代に帰れるのか不安になっちまっただけだ。」



「なるほど、銀次くんは帰りたいのかー・・・」



正直、麻理子に自分たちが帰る話題など、あまり聞かせたくなかった。

なぜならば、隔離世にとって異物である自分たちとは違い、死者たる麻理子たちはきっと・・・帰ることはできない。

若くして亡くなった麻理子ならば、親兄弟だっていたはずだ。元いた時代に未練がない訳がない。

そんな人物の前での気遣いを忘れることを銀次は―――



「私は帰りたくないなーっ。こっちの世界の方が、楽そうだもん。」



「えっ」



想定外の発言に、銀次は間抜けな声をあげてしまう。

へらへらと笑う麻理子の真意が読めず、瞬きを繰り返す銀次をよそに、麻理子は言葉を続けた。



「だって何もない方が、色々考えなくてすむし。学校も行かなくていいし、人付きあいとかもしなくていいし。

あっ、銀次くん達との人付き合いは別にイヤじゃないよ!寧ろ楽しいかな。」



「そうなのか・・・。それは良かった。」



ありきたりな、無難な台詞。

そう返すしかないほど、麻理子の態度が強がっているのか、本心なのかを理解できなかった。


けれど、のほほんと笑う表情のどこかに、何か語りたくないことがあるような、そんな気がしてならなかった。


だから、銀次も麻理子の過去の事に関しては、聞かない。

気になっても聞かない。

もっと別の事を、話下手な麻理子が話して楽しいと思えることだけを、話してくれればいいと銀次は思った。



「麻理子。未来の話を聞かせてくれ。未来の世はどんな風になっていて、どんなものがあるのか興味があるんだ。」



「うんっ!いいよ!」




麻理子の語る未来の話は、銀次の興味をそそるものばかりだった。


自分たちが生きた年が、のちの世に戦国時代と呼ばれていること。

それから漸くして世の中は泰平し、戦のない比較的穏やかな時代がやってきたということ。

その後世界的な戦乱があったが、便利なカラクリや品物がいくつも生み出され、人々の暮らしは豊かになったこと、など。



「子供はみんな学校へ行って勉強して、大人は働いてお金を稼いで・・・外には車や電車が走ってて、人を遠くへ運んでくれるの。あとは通信も発達していて、遠くの人とも一瞬で連絡が取れるようになったの。


ガスも電気も水道もそうだけど、あとは娯楽や休息とか、戦国時代より色んな楽しみが増えたんだよ。

あ、車っていうのはね、こんな大きさの鉄で出来た・・・」



「なんだか途方もねぇ話だなぁ・・・。」



麻理子のペースで語られるそれらは、どれも突拍子の無い話ばかりで、銀次は次第に想像が追いつかなくなってくる。

元の世界で暮らしていた時は、不便を感じる余裕はなかった。それよりも、戦や人々の貧しさが世相に蔓延していて、皆生きるのに必死だった。

しかし、のちの世の人々が様々な問題を解決し続けてきた結果なのだろう、時代は泰平し、とてつもない発展を遂げた。


そんな進化とも呼べる営みの変化を聞けることは、火鼠の銀次にとって非常に喜ばしいことだった。



そして未来の摩訶不思議な話を促せば、麻理子もまた嬉しそうに語る。

幼子たちの寝息に囲まれながら慎ましく進む談話の途中、先に小休止に立ち上がったのは麻理子だった。

改めてまじまじと室内を眺めた麻理子は、そういえば、と言葉を区切ってから、最初の衝撃を放った。



「この家って古そうなのに、電気もガスも水道も通ってるよね。どうやって引いたんだろう。銀次くん、知らない?」



「あぁ?なんだそりゃ?ガスとスイドウってさっきの話のやつか?・・・何言ってんだ。」



「え、ガスも水道もさっき銀次くん使ってたでしょ?ほら、あそこにあるでしょ。さっき重湯を作るときにさ。」



お美希達を寝かしつけるために作った重湯は、創り置きしていた米に例の筒から出した湯を掛けて、適度に冷ましたものだ。

この場所からも見える、その不思議な筒を指さして微笑む麻理子の表情を見て、銀次は首を傾げる。

もしかして―――。



「あの筒がガスとスイドウだってのか・・・?」



「え、知らずに使ってたの?!私てっきり、知ってて使ってるのかと思ってた・・・。

正確には給湯器で温めたお湯を、水道から出してるんだよ。


あれも私たちの時代にあった技術なんだけど、どうやってこんな場所に設置したんだろう。

どうみても浄水場もガス栓もなさそうなのに。」



未知の単語を連発する麻理子の話を聞きながら、ようやく銀次は合点がいった。

どうりで恐ろしく便利な訳だ。これまで普通に使っていた湯を吐く不思議な筒は、未来の道具だったのだ。


麻理子の言う、どうやって、という疑問に銀次は心当たりがあった。

最初に設置したのは麻理子と同じく未来の、生きた人間が()()だしたのだろう。


だとするならば、だ。



「麻理子。実はそのスイドウ・・・水道以外にもたくさん装置があるんだ。ちょっと見てくれないか。」



「えっ。そんなにあるの?」



忌避ではなく純粋な驚きを含めた言葉に、銀次は小さく頷く。

台所の奥、棚に収納されたそれらの前に麻理子を促すと、さらなる驚きを引き出すのに時間は掛からなかった。



「業務用オーブンにスチームレンジ、トースター、ブレンダー、冷蔵庫、ガスコンロに炊飯器、これはホットプレートかな。うそ、ホームベーカリーもあるじゃない!

なんでこんなに揃ってるの?!」



「やっぱりこいつらも未来の道具だったってことか・・・。」



錚々たる品揃えに興奮を隠せない麻理子とは逆に、銀次の心は晴れやかだった。

今まで気になって幾度か装置を触ってみたものの、全く使い方が分からなかった上、余計な所を弄って壊してしまわないか気が気ではなかったのだ。

長らく苛まれてきた疑問要素の解消のために、銀次は麻理子に頭を下げた。



「頼む。こいつらの使い方を教えてくれないか。」





*****

 




・調理するのに使う、がすこんろ。摘まみを押したままひねると火が付く。

・箱の中身を冷やしたり凍らせたりする装置、冷蔵庫。

食料の保管や、でざーとを作るのに役立つ。

・食料を温めたり焼いたりする装置、電子れんじ。

こちらもでざーとを作るのに役立つ。

・米を程よく自動で炊いてくれる装置、炊飯器。

こちらは―――



「なあ、さっきから連呼してるこのでざーとってのは何だよ。」



麻理子が説明しつつ装置を動かす様を見ながら、帳簿に筆を走らせる銀次。しかし、時折知らない単語が当たり前のように顔を出す事に難儀していた。

生きていた時代が違うのだから、知っている知識が異なるのは当然だ。

仕方ないと言えば仕方ないのだが、こうも常識のように語られてしまうと、それがなんなのか気になって、その度に集中が削がれてしまう。


そんな煩わしさを発散させる銀次にも、麻理子はわかりやすく説明してくれる。



「デザートいうのは銀次くん達で言うところの、甘味っていう食べ物だよ。未来にはパティシエっていうデザートを専門で作る仕事の人もいて、私もそれになりたくて勉強してたんだ。


でも結構体力いる仕事らしくて、私には無理だったから諦めちゃったけど、ちょっとくらいなら作れるよ!

今度作ってあげるから、楽しみにしてて。」



「麻理子の作る甘味か。・・・期待はせずに楽しみにしておこう。」




そこは期待してよー、と頬を膨らませる麻理子につられて笑ってしまいながら、話の内容を帳簿へ記していく。

室内に無かった筆と墨、帳簿を麻理子の目の前で創り出した時は、大いに驚かせてしまい説明するのに時間がかかった。

麻理子が成仏した後でも失念することが無いよう、出来るだけ事細かく情報を載せて頭に叩き込んでいると、横から麻理子が覗き込んできた。



「銀次くんって、魔法を使うだけじゃなくて文字も書けるんだね」



「魔法じゃねえよ。さっき説明しただろ。桜の精の力ってやつだ。

あと文字が書けるってのは、全部お袋に習ったおかげだ。」



火鼠の中でも字の書けないものは多かった。

しかし母親が元々寺の娘だったこともあって、銀次は幸いなことに読み書きを教えてもらう事が出来たのだ。

とはいえ、墨も紙も高価だったので、そうそう字を書く機会なんてない。

創ることが出来なければ、こうやって麻理子の話を書き留めることなんて、出来やしなかっただろう。

そう銀次が悲観していると、麻理子が帳簿の文面を辿りながら口を開いた。



「漢字とひらがなが書けるのかー。カタカナは書ける?」



「いや、分からんな。」



「じゃあ、私が教えるよ。未来風だけど。」



「・・・すまねぇな」



麻理子は、こういう自分に得がない申し出をよく行ってくる。

それは生来の性格の良さのせいもあるのだろうが、どこか下の者を見るような、庇護するような響きを銀次は感じていた。

これまで聞くことの無かった、その問いをすべきか否か。銀次は塾考の果てにそれを口に出した。



「なあ、麻理子って年はいくつだ?」



「えっ。私は16だよ。銀次くんは?」



「俺は17だ。もうすぐ18。」



えええええええっーー?!



響き渡る絶叫に驚いて泣き出す赤子達、半眼になる銀次。慌てて自分の口を押える麻理子。



「うそでしょ。絶対私よりも年下だと思ってた!」



「そんな気はしてた。だってお前の方がでけぇからよ。」



「うっ・・・なんか、ごめん。」



女性にとっては痛い『でけぇ』という言葉の反撃に唇を噛みながらも、麻理子は素直に謝罪する。

事実、銀次の身長は麻理子よりも一回り小さい。

そんな風体から鑑みて、おのずと小さいほうが年下だと思ってしまうのは仕方のないことだった。とはいえ、最初から銀次はその未熟さから、麻理子が年下だとうっすら気付いていたのだが。


そんな無礼を(つまび)らかにしておきながら、銀次は言葉大きく告げる。




「いいんだ。年下だろうが、カタカナはきちんと教えてもらうからな。」



「うう。任せてください・・・。」




反省の意を逆手に取って、悪辣な笑みを浮かべる銀次。

けれど、その意志が悪意など無いただの戯れだということは二人とも承知しているのだった。




「『ふにゃーっ!ふにゃーっ!』」




「ああー・・・ったく、お前の声がでけぇから完全に起きちまったじゃねえかよ。」



「うっうっ、面目ないです。・・・って多分お美希ちゃんも餓鬼ちゃんも、お腹空いてるんだと思います」



「あぁ、やっぱりそうだよな。そんな気はしてた。

もともとずっと乳が欲しかったのを、重湯で誤魔化しながらやってきたもんだから・・・」



そもそも本来お美希も餓鬼の赤子も、重湯を与えるには月齢が早すぎるのだ。

これ以上重湯を与え続けるとなると、餓鬼はともかくお美希は腹を壊してしまう。

いよいよ状況が逼迫しているにも関わらず、母乳を手に入れることが出来なかったのが悔やまれた。


赤子達には申し訳なく思いながら、手元から重湯を創り出そうとしたところで、麻理子が声をあげた。




「銀次く―――銀次さん。ここにはミルクや哺乳瓶はないんですか?赤ちゃんに飲ませるものです。」



「気持ち悪いから前の話し方でいい。未来の道具か?それなら探せばあるかも知れねえな。一緒に探すから特徴を教えてくれ。」



「粉ミルクは大体これくらいの大きさの缶に入ってて、舐めてみると少し甘くて。

哺乳瓶はプラスチック製かガラスの容器に――――「おい。」




それは、よく分からない単語を並び立てた事への制止ではなかった。




「キャップの所にはシリコン製の乳首がついていて・・・あれっ?」



2人の間、それらの輪郭を描き終わった純白の欠片が浮かび、消えて。


光が消えた場所、そこに鎮座していたのは金属の缶と、不思議な形をした透明な容器。

恐らく麻理子の言っていた、粉ミルクや哺乳瓶と呼ばれていたもの。


無から有を生み出すそれは、紛れもなく桜の精の力を使った奇跡の御技。

つまるところ、それが意味するのは――――




「麻理子、おまえ、生者だったのか?」






創り出した人間の、命の灯が消えていないという事実だった。

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